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ささやきごと  作者: 梨藍
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肉を切らせて骨を断つ

沙羅夢幻想 本編 第十一章 開始直後。

7月下旬。


鴻儒 翠琉、瑞智 由貴

鴻儒 緋岐、瑞智 紗貴

天海 将、楼条院 蘭子

神々廻 槃


―― カーンッ!!


打ち合う音が、道場に響く。


「すげえ……」


神々廻(ししば) (ばん)は思わずと言ったように、本音をポロリと零した。


目の前では瑞智(みずち) 由貴(ゆき)鴻儒(こうじゅ) 翠琉(すいる)の打ち合い稽古が繰り広げられている。


何がキッカケだったのか……もう、そんなことは居合わせた面々の記憶の彼方だ。


目で追うのがやっとな応酬が繰り広げられていた。


「結局、本気を引き出せなかったのは、実力不足だったってことか」


冷汗が知らずのうちに一つ流れる。思わず渇いた笑いと共にそう呟いたのは翠琉の実兄である鴻儒(こうじゅ) 緋岐(ひき)だ。視線は、由貴と翠琉の打ち合い稽古に釘付けになっている。


由貴と翠琉は両名共に袴姿で。応酬は舞を踊っているかのように美しくもあった。


目下、由貴が一度憧れを抱いた相手に対しては、絶対に勝つことが出来ない。


自分が勝ってしまえば、そこで“憧れ”は終わってしまう。だからこそ、本人も無意識のうちにブレーキをかけてしまうのだ。


それは、女性に対しても同じことだった。

決して、侮っているわけでもなければ、見下しているわけでもない。


傷付けてしまうことを恐れて、本気になれない。だから、緋岐はもちろん、由貴の実姉である瑞智(みずち) 紗貴(さき)、そして幼馴染の兄貴分、姉気分にあたる天海(あまみ) (しょう)楼条院(ろうじょういん) 蘭子(らんこ)、はもちろんのこと、「カッコいい!」と憧れてしまった同級生である槃にすら勝ったことがなかった。


―― というのに……


翠琉の猛攻に対して、由貴はブレーキをかける余裕すら失われており、本気の真剣勝負が繰り広げられていたのだ。


―― つまり、それは……


「由貴の本気を引き出せないのは、俺の実力不足だったってことか……」


悔しそうに吐き捨てるのは、槃だ。


ずっと同じ剣道部に所属しているからこそ、心から願っていたことだ。本気の由貴と一度打ち合い稽古をしてみたいと。真剣勝負をしてみたいと。


敵と見定めた相手への容赦のなさは、見ていて気持がいいくらいで。でも、だからこそ、その本気が自分に向けられることがない……それがもどかしかった。


だが、目の前で繰り広げられる打ち合い稽古は、無言のうちに槃の実力不足を嘲笑っているようだった。


ちなみに、呪力の使用を一切禁止した、正真正銘の手合わせだ。


由貴は、基本に則った攻撃が中心なのだが、翠琉の攻撃は自由そのもので実戦を想定している動きで。


由貴の繰り出す攻撃を、ひらりと空を舞うように交わしながら、その反動を利用して蹴りを入れる。

その蹴りを腕で防ぎながら反対の手に持つ木刀で薙ぎ払う。


すると、その木刀を由貴の肩にトンと手を添えると、そのまま空中で一回転して着地し、息衝く間もなく攻撃へと転じる。


更にそれを由貴が防ぐという攻防が続いていた。


由貴は、内心穏やかではない。


(ヤバいって!!防げないって!!!)


傷付けたくないと思いつつ、力を抜く余裕が全くない。つい全力になってしまうのだ。


同時に、初めて心の底から負けたくないと感じていた。


それでも、傷付けることを、心のどこかで恐れてしまっていて。


(どうやって勝てばッ)


だが、それは翠琉も同じだった。


(楽しい……)


命のやり取りではない。

殺気を向けられているわけでもなく。


そこにあるのは、純粋な闘気で。


心地よい緊張感に、

凛とした気配に、


楽しいと感じていた。


だからこそ、負けたくないと思ってしまう。


(兄様は、褒めてくださるだろうか)


勝てば、緋岐が「よく頑張った」と言ってくれる気がして。


故に、何としてでも勝ちたいと思ってしまうのだ。


(由貴の、癖……見つけた)


内心、ほくそ笑む。攻略方法が見付かれば、あとはチャンスが巡って来るのを待つだけだ。


翠琉にとってのチャンスは、直ぐに訪れた。


由貴からの攻撃をさっと避けると同時に更に木刀を一振りする。

その攻撃が防がれることは想定済みで。


翠琉は由貴の攻撃を誘導する。


(そこだ!!)


心の中で呟くのと同時に、翠琉の肩に激痛が走った。……が、怯まずにそのまま攻撃を繰り出し、由貴の首元に木刀の切っ先を突きつけた。


由貴は由貴でまさかの事態である。

翠琉が防ぐであろうことを想定した容赦のない打ち込みが、翠琉の肩に直撃したのだから。


「な!!?」


由貴は、喉元に切っ先を突きつけられたことよりも、全力で木刀を打ち付けてしまった時の感触に固まってしまった。顔色は真っ青である。


翠琉は、勝てたことが嬉しくて、肩で息をしながらも期待に胸を膨らませて緋岐の方へと振り返った。


―― のだが……


「翠琉ッ……肩ッ……肩を見せろッ!!!」


顔面蒼白の緋岐が、グイッと翠琉の胴着を剥ぐように肩を出す。


「ちょっと緋岐くん落ち着いて!!……男子は回れ右!!こっち見るな!」


慌てたように紗貴が言いながら、緋岐もベリッと引き離す。


「全く、無茶をしおって……」


蘭子が顔を顰めながら破魔武具(はまぶぐ) 瀞月輪(せいげつりん)を顕現するなり、治療を始めた。


「なんで、あんなことしたの……」


だがしかし、肝心の翠琉自身は、なぜこんなにも周囲の人間が心配するのか、皆目検討がつかなくて。


「由貴は、大きな一振りを繰り出した後、少しだけ隙が出来る癖があることに気が付いたので、これなら勝てるかも……と、作戦を思いついたので、試してみました」


「いやいやいやいや、捨て身過ぎるから!!」

「将くん、こっち見ない!!」


将は、思わず振り返って渾身のツッコミを入れた。そんな将に鋭く紗貴が言い放つ。


「……どうしても、勝ちたかったのです。勝てば、兄様に褒めてもらえると思って……」


治療が終えて、傷がもうないことを確認してから、乱れた胴着をもう一度きちんと整えてやるのは蘭子だ。


「……私の傷は、どうせ直ぐに治しますし、真耶(まや)は、喜んでくれていたので……」


その言葉を聞いた瞬間、その場の空気が固まった。


イイ笑顔のまま、緋岐はくるりと振り返る。


「どういうことだ?」


なるべく、怖がらせない様に、努めて優しく言えば、翠琉は重たい口を開いた。


「邪狩りの際に、よく使っていた手法です。多勢に無勢の場合は、自らを囮として使い、そのまま切らせてから油断を誘い祓う……と」


(あの野郎、どうせ「俺を守るために傷付いた翠琉も美しいね」とかで悦んでたんだろ!!)


はらわたが煮えくり返る思いとは、まさに事のことである。


「……自分の身を犠牲にするような攻撃は、これから、一切禁止だ」


そして、なるべく冷静を保ちながら、そうキッパリと言い切る。珍しく首を振ったのは翠琉だ。


「大丈夫です。蘭子さんのお手を煩わせることはありません。私についた傷は、どうせ直ぐに塞がりますので」


「それでも!!」


そんな翠琉の声を遮るように声を上げたのは紗貴だ。


「それでも、痛いものは、痛いでしょ?痛いことは、辛いことでしょ?私たちは、みんな、翠琉ちゃんに痛い思いも、辛い思いもして欲しくないの」


「頼むから、翠琉……自分のことをぞんざいに扱わないでくれ……」


祈るように言いながら、そっと抱き締めたのは緋岐だ。


「ごめん、翠琉……痛かったよな?俺が目いっぱい攻撃したから……」


攻撃を受けたのは翠琉のはずなのに、何故か翠琉以上に痛そうな……今にも泣きそうな面持ちでそう言って来たのは由貴だ。


「あれだけ戦えるんなら、攻撃受けなくても良かっただろ。攻撃ってのは、身を守るための手段でもあるんだぞ?その攻撃を受けてどうするんだって話だな!!」


そう言い放つのは槃。


「攻撃が……身を守る手段…?奪う手段ではなくて?」


不思議そうに聞き返す翠琉に、思いっきり自信満々に槃は頷く。


「そうだ!強ければ強いほど、それだけ守れることが増えるってことだ!その“守るもの”の中に自分を入れなきゃ、動けなくなった段階で、守ることが出来なくなるだろ?」


「……確かに……」


仁王立ちで、堂々と言ってくる槃に翠琉は躊躇いがちに頷いた。


「翠琉、約束してくれるな?もう、自分のことを傷付けないって……」


その、緋岐の切実な声音に、翠琉はただ頷くことしかできなくて。


心配をかけてしまったことが、ただひたすらに申し訳なくて。


「すみませんでした……勝てば、兄様が、喜んでくださると思って……」


しょんぼり……という効果音が付きそうなほど落ち込んでしまった翠琉に、緋岐は苦笑を漏らすと、少しだけ身体を離して、頭を優しく撫でる。


「確かに……翠琉が無茶したのはいただけないけど、勝負とは別の話だな。翠琉、良く勝ったな。兄様は、すごく嬉しいぞ?」


優しい微笑みを浮かべて、そう言えば、僅かに目を見開いてから、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべてコクリと一つ、頷いた。


―― のを見てから、緋岐は再度、翠琉を抱き締めた


その様子を若干目を潤ませながら見ているのが将だ。


「そっか、そうだよね……お兄ちゃんに褒めて欲しかったんだよね、翠琉ちゃん……」


そんな感動している将とは対照的に、紗貴と蘭子はちょっと冷めた視線を緋岐に向けていた。


「……見ろよ、あの、ニヤけただらしのない顔……」

「あれは、絶対に……“俺の妹、可愛い!!!聞いてくれ!!!俺に褒めて欲しくて頑張ったんだって!!!可愛すぎないか!!?”って、心の中でシャウトしてるよね」


その紗貴の予想が外れていないことが判明するのは、それから直ぐのこと。緋岐、紗貴、将、そして蘭子のグループLINEに、「もっと見る」と表示が出るほどの惚気が送られて来て、思わず顔を引きつらせるのだった。


それまで黙って事の成り行きを見守っていた由貴と槃は、緋岐と翠琉の様子を見てうんうんと頷いていた。


「弟妹って、ホント……愛おしいよな!!判る、判るぞ先パイッ……俺も、会いたくなってきた。ああああ撫でたい!!構い倒したい!!!」


「槃ちゃんも、大概には兄バカだよな。事あるごとに、色々語ってるもんな」


うんうんと頷きながらそう宣う槃に、続けてうんうんと頷きながら言うのは由貴だ。


槃そんな由貴にジト目を向ける。そして、息を思いっきり吸うと、苛立つままに声を上げた。


「っていうか、由貴!!!テメエ……本気で戦えんじゃねえか!!!クソッ!!!勝負だああああ!!!!!!」


言うなり、由貴に突進して行く。


「はああ!!!???槃ちゃん、ちょっと待った!!!俺は、いつでもどこでも本気なんだってばあああああ!!!!!」


そんな槃から逃げるように、由貴は全力で走り出す。


呑気な昼下がりの道場に、由貴の悲鳴が響き渡るのは、それから暫く経ってからのことだった。



END

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