比翼の鳥
私の手足は動かない。ただ付いているだけだ。
幼少時。私が小学校に上がる直前のことだ。交通事故に遭った。体を強く打っただけで外傷はほとんどなかったらしい。だが、打ちどころが悪かったようで、手足が麻痺してしまった。退院と同時に車椅子での生活が始まった。
初めは共働きの両親が私のために頑張ってお世話してくれたようだが、一年も経てば仕事が忙しくなったと言い始めた。そこで、私にあるものを与えた。
身の回りのお世話をするロボットだ。簡素な容姿をしていた。
音声機能の付いていない、比較的安いタイプを買い付けたようだ。学校にも連れて行くから喋らないロボットの方がいいだろうと言っていたが、どうだか。
私の一日の大半は無口なロボットと二人きりで過ごすことだ。ソレは命令をすれば私の言った通りに動く。淡々と私の要望に応えるその姿は、私の手足というよりは奴隷に近い。動く手足を持っているのに考える頭がない。私はソレを見る度にいつも思うことがあった。だからある日、こう言ってあげた。
「君はかわいそうだね」
ソレは首を傾げた。命令だと認識していたのだろう。私の瞳をジッと見つめながら、「その命令はなんですか?」と訴えてくる。
やっぱり君は、かわいそうだよ。
※
そして、私は中学生に上がった。時を同じくして、父がとある提案をした。ロボットに言語機能をつけ、喋れるようにするかどうかの提案だ。
私は人と話すことが少なかった。両親はクラス担任から言われていたのかもしれない。「おたくの娘さんはいささか暗すぎませんか?」とか、そんなことを。家の中でも必要最低限のこと以外は喋らなかったから、余計に心配したのかもしれない。それを改善するための、今回の提案なのだろう。
いつも私と一緒にいるロボットに、そんな事まで任せようと言うのだ。まったく、呆れる。
正直どうでもよかった。むしろ、生かされている私に拒否権はないのだろうと思った。「好きにしなよ」と私が言うと、両親は喜んでいた。
男の声か女の声かを選べるようだった。種類も豊富のようで、どの声にしようかと両親がカタログを開いて悩んでいる。すると唐突に、ソレが動いた。なんの命令もしていないはずなのに、ソレは男の声を指し示していた。
両親は揃って私の方に目を向けたが、私は首を横に振ることしかできなかった。
翌日に何らかの誤作動かと思い、ソレをメンテナンスに出したが異常は見当たらなかった。結局、昨夜の不思議な行動の理由は分からずじまいだったが、両親はソレの希望に応えることにした。
一週間後、ソレが初めて発した言葉は「よろしくお願いします」だった。
今まで散々お願いをしているこちらとしては、ちょっと複雑な思いをした。
やっぱり君は、なんだかかわいそうだよ。
※
中学を卒業した。来月からは高校生だ。私の付き人とも言えるロボットのおかげで、普通の学生生活を送れたと思う。
そういえば、彼に名前が付いた。ソラという名前だ。父が幼い頃に飼っていた犬と同じ名前らしい。
でも私は、一度も名前で呼んだことはない。
ソラと私が二人きりになっても、会話をすることはなかった。彼から話しかけてくることはなかったし、私も話すことはなかった。私と二人きりの時は声を出さないようにと指示したことすらある。その時は彼の声を忘れそうになった。私とお喋りするために取り付けた機能のはずなのに、皮肉なことだ。
新たな生活が始まろうとしていた矢先、父から再び提案を持ち掛けられた。
「義肢を使わないか?」
そんな提案をするなら、初めからロボットなんて使わなければいいのに。そう言ってみると、父はこう返した。
「最新の義肢は手足を切断し、神経や筋繊維とつなぐ作業があるそうだ。つまり、お前は長年連れ添った手足を切り落とさなくてはいけない。だから……」
だから、私が判断できる年まで待っていたという。両親はそんなことで悩んでいたようだ。
私は即答した。「それでいい」と。
動くのなら、何でも良かった。
春休みを利用して、私は義肢接続のための手術を施した。入院やリハビリなども含めて一週間ほどで終わってしまった。細かい動きは実際の生活の中で覚えさせることが出来るようだ。現代の技術にはまったく恐れ入る。
私は自分の意思で動く手足に酔いしれた。何も用はないのに歩いたり、字を書いたりした。無意味な動作に価値が生まれた。あんなことも、こんなこともできると感動した。
一週間もすればようやくその高揚は収まった。その代わり、あることに気付いた。
ソラが家の中にいないのだ。
両親に彼はどうしたのか? と聞いてみた。まさか、不要だからといって処分したのだろうか? 心配とかをしているわけではない。だけど、長年連れ添ったせいなのか、彼の行方が気になった。
父は笑いながら明日になれば分かると言った。母はくすくすと笑うだけで、ごまかした。不自然さの目立つ両親に疑問を持たざるを得なかった。が、翌日まで待った結果、一人の男の子が家に来た。
両親は笑顔で迎え入れたが、私には誰だか分からない。強めの口調で「誰?」と聞いてみる。すると、彼は無表情に答えた。
「ソラです」
さすがに、驚いた。一瞬なにも考えられなくなったけど、慌てて両親に問い質した。
曰く、息子のような愛着を持ち始めていたらしい。単純にロボットではなく、人として一緒に暮したいと言われた。そのため、見た目を人間そっくりに変えたらしい。
私にはそんなものはなかったけれど、両親が良ければそれでいいと思う。どうせ私は生かされている身なのだから。ペットの名前を付けたくせにと思いつつも、私はそれを受け入れることを伝えた。
新しい生活が始まっても、彼は相も変わらずに私に従う。そんなことはしなくてもいいはずなのに。家事のお手伝いの傍ら、私の我が儘を淡々とこなす。良く働く奴だ。
やっぱり君は、少しかわいそうだよ。
※
一年が経ち、クラスが変わった。私は義肢にしてから人と話すようになった。自分でも少しは明るくなれたと思う。手足は他の人たちと変わらない、精密な動きが出来るようになっていた。機械でできている分、生身より頑丈だ。他の人よりも優秀な手足だと心の中では思っていた。
この一年でちょっとだけ変わったことがある。
ソラのことだ。
彼は機械の手足を取り除き、生身に近い手足を取り付けていた。人工皮膚と人工筋繊維などを使って作られた、人工の肢体。見た目は人間のそれとほぼ同じだ。だけど、まだまだ試作段階であり、ロボットであるソラに移植することで実験しているのだという。使い心地などのデータを送ると、無料でメンテして貰えるらしい。
聞いた話では、触覚や痛覚があるようだ。ソラはいつも無表情だから、それが分かりにくい。
神経に関する実験も兼ねているみたいだ。将来的には麻痺した手足を治すことに繋がるかもしれない。そんな実験だ。
私はソラの義肢を見る度に苛立った。
生身を捨てた私に対して、彼は生身に近い肉体を手にしようとしているのが原因だろうか?
そして両親の言を信じるなら、ソラが自らの意思で決めたという。そんなことは、さすがに信じられない。
それが本当なら……、まるでソラが、私の浅はかな決断を否定しているように見えるからだ。
私は意図的に彼を視界から外して過ごし始めた。声をかけられないように気を付けた。彼の無表情な顔を見たくない。彼が両親と話す声すら聞きたくない。
そう。
私はソラが大嫌いになった。
※
その日、時間がないから私は手足のメンテを怠った。
とは言っても、前日までしっかりとメンテしていたのだ。一日くらい怠ったところで、問題はないはずだ。手足は正常に動くのだから。
通学の際にはバスを使っている。停留所までは歩いて数分だ。
早朝のバス停にはお婆さんが一人立っていた。姿勢の正しい人だった。私はその隣に立ってバスを待った。
「あら?」
お婆さんはこちらを見ると、声を上げた。
私は義肢の手足をほとんど隠さない。スカートの下やブラウスの袖口からは機械が露出している。いくらロボットがその辺を歩き回る時代だからと言って、私のように義肢をむき出しにしている人は少ないだろう。義肢を使う人のほとんどは、肌色の皮膚に見せたカバーを取り付ける。だから、私の格好は年寄りには少し刺激が強いのかもしれない。
すみません、と私が謝ろうとするより先に、お婆さんはにこりと笑った。
「あなたの手足、立派ね」
「そう、ですか?」
「すごい時代になったわよねぇ。昔のロボットはもっと武骨だったのにねぇ。今ではこんなに精巧になってしまって……」
ふと、ソラのことが頭をよぎった。私より、よっぽど人間らしいロボットだ。
「そうですね。今のロボットは人間と近すぎます」
「あら? ロボットは苦手かしら?」
私の口調から察したのだろうか? お婆さんは申し訳なさそうな顔をした。私は慌ててソラのことを話した。人間に近づく、ロボットのことを聞かせてあげた。
「陰湿なヤツなんです。きっと私に、見せびらかしているんです。頭の回路がおかしくなっているんですよ」
お婆さんは私の話を真剣に聞いてくれた。だから、ポロッと本音を吐いてしまった。
私の話が終わった頃に、バスが来た。私たちは乗車すると相席に座った。なんとなく、お婆さんからの言葉が欲しかった。
「そうね、ロボットにも色々あるんだろうね。人間みたいに、色々と……」
「ソラに関しては、ちょっと特別だと思います。友人に話すと、いつも笑われるので……」
「私はそのソラさんに、いつかお会いしたいわ。ゆっくりお話ししたい」
「無口な奴ですから、たぶんつまらないですよ」
「だったら私が延々と話を聞かせてあげるわ。なぞなぞを出したり、昔の想い出を語ったりしたいわ」
お婆さんはくすくすと笑った。私なんかよりもよっぽど可愛く笑う。この人もまた、変わった人だ。
二駅分走ったところで、バスは停車した。お婆さんは席を立つ。降りる駅なのだろう。
「あなたと話せて良かったわ。またお会いしましょう」
「はい、また機会があれば……」
お婆さんが降りると、バスはまた動き出した。窓からお婆さんを目で追ったが、やがて見えなくなった。
そして私は思う。ロボットと楽しく会話なんて、考えたこともなかった。ロボットなんて、かわいそうなモノでしかない。ソラだけが、ちょっとおかしいんだ。
たぶん、私にはできそうにない。
ロボットと会話だなんて、きっとできないだろう。
教室に着くと、友人たちは噂話で盛り上がっていた。
なんでも、近隣のスクラップ置き場には一ヶ所だけ花が咲いているところがあり、そこにいる朽ち果てたロボットにお願いをすると夢が叶うらしい。
馬鹿馬鹿しいと思った。なによりも、人間がロボットに頼むという事に煩わしさを覚えた。
学校から帰宅しても、ご飯を食べても、お風呂に入っても、そのことが頭から離れない。焦れた私は、その噂を確かめに行こうと決意した。次の日は学校が休みなので、ちょうどいい。ロボットが出来ることなんて、身の回りのお世話だけなんだから。それを証明したい。
夜の十一時になると、両親の部屋からいびきが聞こえ始めた。私はあまり音を立てないよう、静かに玄関を出るとスクラップ置き場まで夢中で駆けた。住宅街を抜け、大きな道路を渡れば問題のスクラップ置き場に着いた。そこまでは十分もかからなかった。
門はまだ開いている。人気もない。私はこっそりと中に入った。
いくつかの山が見える。全部スクラップでできた山だ。一番近くにある山へと向かっていると、背後で物音がした。急いで振り返ったが、誰もいない。ほっとした。
見つかる前に奥へ行ってしまおう。私はスクラップ置き場をどんどん横切って行った。
一番奥だと思われる場所に辿りつく。そこには大穴があった。縦も横も深さもある、巨大な穴。どうやら、スクラップをそこへ捨てているようだ。
持って来たライトで照らしてみたが、降りてみないとちょっと分からない。付近を探してみると、斜面になっている場所があった。そこから下へと進む。ライトを当てながら、改めて眺めてみると、かなり広く感じた。さっそく、噂話にあった場所を探し始める。
近くで見れば見るほど、スクラップだらけ。こんなところに花なんて咲くわけがない。しかしそれでも、しばらくは懸命に探した。
そうして始めてから、三十分ほどが経った。歩き疲れて空を見上げた時、不意に何かが頬をうった。雨だ。こんな場所で本格的に降られてしまったら、さすがに危ない。すぐに帰らなければならない。
諦めて、斜面を登りながら思った。
なぜ、こんなくだらない事に熱くなってしまったのだろう。自分の行動がどれだけ幼い事か。冷静になると嫌というほど分かってくる。斜面を登り切る頃には雨足が強くなっていた。大穴のふちに立って一望する。やっぱり噂なんて、本当にくだらない。
もうどれだけ濡れても構わないけど、とりあえず急いで帰ろう。そして走り出した、その時だった。
右足が上がらなくて、「あれ?」と思った瞬間。左足を滑らせてしまい、私は転んだ。運悪く、転んだ先にあるのは大穴だった。
右手をふちへと伸ばしたけれど、雨のせいで掴み損ねてしまった。
あとはもう、一瞬の出来事だった。身を守るために手で地面に着いた気がする。ハッキリとは覚えていない。
分かるのは、私の両手足が壊れてしまったという事だけだ。
いくら命じたところで動きはしない。私は再び、動く手足を失った。久々にあの頃の自分を思い出した。
「うそでしょ……」
何が原因だったのだろう? 朝、メンテナンスを怠ったから? こんな場所で少し無理をしたから? それとも、罰が当たったのだろうか……
どのみち、私にはもう何もできない。仰向けのまま暗い空を見上げる。雨が冷たい。体をよじるとスクラップが背に当たって痛いだけだった。涙を拭う事すらできない。朝までこのままなのだろうか? 雨に打たれ続け、一人寂しく死んでいくのだろうか? やっぱり、私なんかには手足なんて不要だったんだ。調子に乗った結果がこれだ。大人しく生かされ続けていればよかった。誰かのお世話になっていればよかったんだ。
ざまあみろ、だ。
血の気が失せていく感じだ。瞼が重い。目を閉じて、雨の音を聞く。もう考えたくない。
どうにでもなってしまえ。
こんな状況なのに、すぐにでも寝むれそうだ。近くで物音がしたけれど、確認すら面倒だった。ただ不思議なことに、その音への集中は途切れなかった。徐々に近づいてくるのが分かる。物音はわずかな振動を連れて私の傍にまで来ると、止まった。
気力を振り絞って目を開けば、そこにはソラの顔があった。私を見下ろしている。
「どうして、ここにいるの?」
つい、その言葉が口を吐いた。ソラは質問に答えず、黙ったまま私を抱えた。
無表情のまま、淡々と歩き始める。
「落ちる前に、助けたかった」
彼は静かに話した。こんな声をしていたんだ。
「でも、キミが帰ろうとしていたから油断した。転んで落ちることを予想していなかった」
「予想だなんて……ロボットじゃ、無理でしょうね」
「ボクも、そう思う」
私の嫌味にも彼は丁寧に答える。そうだ、そういう奴なんだ。
ソラはひどく歩きにくそうだった。こんな足場じゃ無理もないけれど、理由は他にあると思う。彼の手足は人のそれとほとんど変わらない。ロボットのくせに常人の筋力なのだ。私を運ぶだけでも辛いはずだ。
「うっ!」
途端に視界が揺らいだ。ソラが転びかけたのだと私は理解した。彼の右足が目に映りこむ。尖った棒が足に刺さっていた。試験的に導入された神経が、動くなと命じているのだろう。ソラは歩みを止めたまま動かない。表情こそ変わらないが、きっと辛いはずだ。
私は「大丈夫?」の一言さえ口にできなかった。彼を心配する言葉の数々は、喉で詰まったかと思えばすぐに飲み下してしまう。なんて情けない人間なのだろう。なんて非道な人間なのだろう。
私っていう奴は……やっぱり……
「大丈夫。たった今、神経回路を遮断した」
心を読まれたのかと思った。彼は確かな足取りで進み始める。
「歩ける。まだ、歩けるよ。キミを助けられる」
ソラは黙って歩き続けた。スクラップの足場を越えると、今度はぬかるんだ坂だ。一歩ずつ、慎重に踏みしめる。足は泥だらけに加えて、スクラップの上を歩いたせいでボロボロとなってしまった。いや、私のせいでボロボロにさせてしまったんだ。
一言でもいい、言わなくちゃいけない。
「ねぇ……、私なんて放っておけばいいよ。それよりも、人を呼んだ方がよっぽど効率的だよ。あんたが無理をしても、なんの意味もないんだよ」
違う。そうじゃないんだ。思ってもいない言葉だけが口から出てくる。嫌味しか言えないこの口が、憎い。
でもやっぱり、ソラは淡々と答えてくれた。
「緊急の連絡は済んでいるよ。じきに救急車が来る。でも、ボクはキミの手足だから。その前にやれることをやっておきたい」
ロボットだから、そういう命令に従って動いているの? 『ソラ』ではなく、『ロボット』だから私を助けるの? 自分の身を顧みず、ただただ、命令通りに……
「やっぱり君は、かわいそうだよ」
一瞬だけ、ソラの動きが止まった。私の瞳をジッと見つめてから、再び歩き始める。
ソラは急に、ぽつぽつと語り始めた。
私に「かわいそうだね」と言われた時のこと。私に対して初めて発した時の言葉。私に初めて人間の姿を見せて驚かせた時のこと。私と話す機会が減ったこと。
それは、いわゆる想い出だ。私だって覚えていないこともあった。
「そして、未だに名前を呼んで貰っていない」
「そうだった?」
「うん。命令以外で会話をするのも、これが初めて」
「そう、だったんだ……」
目の錯覚かもしれない。けど、下から眺めるソラの表情は少し嬉しそうだった。いや、私が今まで気づいていなかっただけで、彼には僅かながら表情というものがあったのかもしれない。いつもそばに彼は居たけれど、私は目を逸らし続けていたから。勝手に蔑んで、勝手に嫌いになって、勝手に避け続けていたから、知らなかったんだ。
彼は人間に憧れを抱いていたのだろうか? 人間になりたかったのだろうか? 人間として扱って欲しかったのだろうか? 知らず知らず、人間に近づこうとしていたのかもしれない。少なくとも、私なんかよりはできた人だと思う。
坂を登り切る。遠くの方で声が聞こえた。門のある辺りに赤い光が見える。視界が霞んでしまって、よく見えなかった。でも、人が駆け寄ってくる気配は伝わってきた。
突然、視界がガクッと落ちた。ソラが膝をついてしまったんだ。頭を垂れて、今にも眠ってしまいそうな顔をしていた。身体が限界なのかもしれない。
小さな声で「ソラ、ありがとう」と言った。
彼の口元が緩むのを見た。
それが最後に覚えている光景だ。
※
翌日、病室で意識を取り戻すやいなや、父と母に抱きつかれた。泣いたり怒ったりと目まぐるしく感情を入れ替える両親に、ぼんやりとした私の頭では追いつかなかった。でも、最後にソラの話を聞かされた時は全員が冷静になっていたと思う。
結論から言って、ソラの行動は正しかった。
私は落下した際に、ちょうど痛みを感じにくい部分を切っていたらしい。腕と義肢を繋ぐ境目の部分は感覚が鈍くなっているので、知らない間にかなりの血を流していたみたいだ。発見が遅れていたら、失血死や重大な後遺症を残していた可能性もあったと聞かされた。ただ、少し安静にしていれば日常生活に戻れるという事だったので早く退院できる。
問題は、ソラ自身だ。
彼の頭の中にある回路はほとんど焼き切れてしまい、二度と目覚めることはないらしい。原因は人工皮膚が持つ痛覚だ。彼は痛覚を遮断したと言ったが、そんな機能は本来ついていない。あまりの負荷に彼の回路は耐え切れなかった。
ロボットに対しておかしな表現かもしれないが、ソラは死んでしまったんだ。
口も利けなくなった私を二人は励ましてくれたが、一番つらいのは私ではないはずだ。父も母も笑顔がぎこちない上に目が腫れてしまっていては、どういう心境なのかを勘付くことくらいなら出来る。謝っても謝り切れない。謝って済む問題でもない。
私が黙っていると両親は部屋から出て行った。察してくれたのかもしれない。
私には、一人で泣くことしかできなかった。
※
靴を履く。踵がヒールカウンターを、足のつま先がローファーの先端を感じ取った。
もう少し、大きめの靴がいいかもしれない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
立ち上がってから、つま先でトントンと地面を小突いた。振動がふくらはぎまで響く。ちょっとだけつま先が痛い。力の配分が、まだ上手くいかなかった。
「今日、帰りに病院に寄って来るから、遅くなるかも」
「りょーかい。気を付けてねー」
母に手を振って、挨拶は終わり。バス停まで数分の道のりを歩く。途中、人懐っこい猫と遭遇した。頭を撫でてやると気持ちよさそうに鳴いた。毛並みはふわふわとしていて気持ちよかった。
この手で、この足で、触れて感じることが出来る。それだけで嬉しかった。
私は退院後、ソラの手足を新しい義肢として使わせて貰うことにした。それなりに修繕が必要だったけれど、ほとんどそのまま流用することが出来た。女の子にしてはちょっと太めのサイズが気になるのだけど、我が儘は言えない。何よりも大切なモノなのだから。かけがえのない、手足なのだから。
後になって父と母の二人に聞かされたことだけど、ソラは私のために人工皮膚などの実験に協力していたのだという。一日でも早く、『感じ取れる身体』へと戻れるように、彼なりに行動を起こしていたんだ。
手足として頑張ってくれたばかりか、命まで助けてくれた。さらには私の未来まで考えていた彼に、感謝という言葉では足りない。だから私は考え続けることにした。
猫に別れを告げ、改めてバス停に向かう。
今日の太陽は一段と眩しい。手の平で陽の光を遮る。人工皮膚が透けた。
彼は私の手足となって、生き続ける。一緒に生きていく。
感謝と謝罪を繰り返しながら、共に歩いて行くんだ。
私の手足は、まだまだ不具合が多い。これからたくさんの調整が必要だ。不器用なところも誰かさんに似ている。
でも、そんな手足が大好きだ。
「ソラ、ありがとう」
ロボットと人間の感動系作品書きたいなぁと思って制作しましたその2。
こちらも楽しんで書けた思い出があります。
物語を少しでも楽しんでもらえたらこれ幸い、ありがたや。
なむ。