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第98話 紫紺の弾丸

 どうやら俺は一つ勘違いをしていたようだ。

 紫電が目覚めたのが無垢の白球戦で、意識がなかったことも原因の一つかもしれない。


 この電撃は、そもそも一撃ではないのだ。

 今ならそれがよく分かる。むしろなぜ今までそう思っていたのか不思議なくらいだ。


 瓦礫の中からゆっくりと立ち上がり、息を大きく吐く。

 体中は痛むが、戦闘を続行するにあたっては大した問題ではないと感じ、思う。


(……ピストルの弾を丁寧に1発ずつ込めて撃っていたようなものか)


 これまでの紫電の使い方を何気なく例えたが、思いのほかピンときた。

 自らの武器も正確に使えないとは、俺もまだまだのようだ。


 ――けれど、これで一つの道は切り開いた


 目の前の白い虎はこれまでの紫電の動きに警戒し、こちらの出方を伺っている。

 先ほどまでは完全に向こうの流れだったが、ここで空気が変わってきた。


(それなら、このまま形勢ごと変えさせてもらう)


 大地を踏みしめ、目を瞑り、心を落ち着かせる。

 イメージは、ピストルに弾を3発。


 黒い銃身に紫の弾が1つ、2つと入り、内部で何かが2つ回転する感覚を得る。

 目を開けば、俺の体をより強い紫電が包んでいた。


 先ほどの俺は特定の場所で紫電を放つ獣だったが、今は違う。

 常に放電しているような――それこそあの化け物のような姿だ。


 紫電の強さやオーラの量に関してはあれの足元にも及ばないけれども。


 四肢を折り曲げ、体を地面に近づける。

 弾けるように全ての脚を伸ばすと同時、四つの脚全てに紫電が宿り、刺激を与えてくれた気がした。


 これまでよりも速いスピードで俺は白い虎へと急襲。

 こちらを警戒しつつも、そんな俺の動きについてこれずに目を見開く奴の横顔を力の限りに殴りつける。


 スピードは速くても反応速度はそうでもないのか、避けれなかった奴は俺の一撃をモロに受け、吹き飛ばされた。

 家屋群をぶち破り、遠くに転がる奴を見て、さらに無意識に地面を蹴る。


 ――速い


 自分でも驚くほどのスピード。

 けれど先ほどまでも白い虎の動きに対して反応はできずとも捉えられてはいた。


 つまりこの紫電は、頭の中の動きのイメージを実現させてくれるバフのようなものだ。

 魔法でもなんでもないので、ドーピングかもしれないが。


 そんな事を思いつつ、俺は奴に飛び掛かり、互いにもつれ込むように床に転がる。

 奴の首筋を一度噛むと脚で腹部を蹴られ、突き放されるが、すぐに着地して突進し、奴を吹き飛ばした。


 互いに死力を尽くしての攻防。

 いや、お互いに防御を捨てているという意味ではノーガードの殴り合いか。


 もつれあい、殴り合い、爪で引っ掻き合い、噛みつき合う。

 態勢が悪ければ敵を吹き飛ばし、場所が悪ければ内壁に叩きつけて次の家へ。


 そうして獣同士の名にふさわしい戦いを繰り広げている中で、俺は気づく。

 奴の体の傷が、癒えていることに。


(ちっ! 次から次に!)


 奴の白い風の盾は近距離の物理攻撃を使用することで解決した。

 奴の超スピードに関しては、紫電を正確に使用することで対策できた。


 しかし、奴の持つ最後の力、再生能力に関しては何一つ解決していない。

 先ほどから一定のダメージを与えると自動で傷が癒えているようだが、仮に紫電を最大限解放した一撃でも、奴のHPを一気に0まで持っていくのは難しいだろう。


 HPと防御力に関してはこちらの方が上。だからまだ戦えてはいる。

 けれど戦いが長引けば長引くほどに、俺と奴の状態の差は広がってくる。


 ――でも、無限に再生するはずはない


 頭の中で銃弾を3発込める。

 銃内部で弾が2発分回転し、一瞬だけ頭に違和感が走ったが、すぐに消えてしまった。

 表面の紫電が、膨れ上がる。


 地面を蹴り、威嚇する奴に対して接近し、右の前脚を振るう。

 奴は後ろに跳んで避けようとするが、それすら読んでいたために鋭い爪は奴の首筋を捉え、鮮血が宙を舞った。


 着地すると同時に左前脚の感触を確かめつつ、前へと出る。

 奴もまた着地する瞬間に地面を蹴っていたが。


 先ほどよりも僅かに上げたスピードで、こちらへと突っ込んできた。


(っ!?)


 咄嗟に地面を離れそうになる左前脚に力を入れ、切り裂きから頭突きへと移行する。

 急な変化に体の反応が一瞬遅れ、体勢を崩しそうになるがなんとか堪えた。


 直後、ぶつかり合う俺と奴の頭。

 奴は完璧な姿勢で。俺は最高スピードには乗れず、体勢を崩しかけたが紫電のサポートのお陰で吹き飛ばされずに済んだ。


 作用反作用の力が加わり、互いにはじけ合うように首を、体を後ろに逸らす。

 けれど今回は奴の方が早かった。


 奴は傷の癒えつつある体に力を入れ、体を上方向目がけて横に一回転。

 俺の胴をしっかりと尻尾で捉え、宙へと浮き上がらせた。


(いってえ!)


 体を突き抜ける痛みを感じながら、俺は眼下の白い虎を見据える。

 俺がこれまで噛みついた傷も、先ほど鮮血が待ったはずの切り傷も、もう消えている。


 このままでは、奴の再生能力が限界を迎える前に俺が持たない。


 奴の四肢に力が入る瞬間、奴によって浮き上がらせられた俺の体が、僅かに建物の外壁の高さを越える。

 常に俺達を照らしてくれる黄昏の光が、俺の目に入ってくる。


 頭の中で、ここが浮遊街であることをぼんやりと思い出す。

 同時、奴が地面を蹴った。


(ここっ!)


 決意の籠った目で右前脚を振るう。

 奴の頭が胴体に突き刺さりつつ、力任せに思いっきり殴りつけた。


 俺は胴体に衝撃を受けて僅かにだが、さらに打ち上げられ、奴は俺によって左側に飛ばされる。

 ダメージは五分五分だが、奴には再生能力がある。


 その差は一切縮まることはなく、広がるばかりだ。


 ――なら


 風の魔法を行使。背面に風を吹かせ、自身を地面に叩きつける勢いで射出させる。

 斜め下に打ち出したおかげで地面とは衝突せずに済み、また奴もまだ吹き飛ばされたばかりで態勢を立て直すには至っていない。


 けれど立て直した瞬間に、また攻撃を加えてくるだろう。

 だからその前に、この一撃で決める。


 ――その差をなくす


 地面を蹴ると同時に、弾を4発込め、2発回す。

 発生した紫電は全て体の強化に使い、これまでにないスピードで奴へ。


 まるで闘牛場の牛のように、一目散に向かう。

 そんな俺の突進を、かろうじて態勢を立て直した奴が避けようとした。


 ――逃がすものか


 1発回す。


 さらに紫電を纏い、俺はやつを捉える。

 その胴体を頭でしっかりと捉え、体ごと持ち上げ、四肢に力を入れる。


 そのまま奴ごと頭から家の内壁に激突し、もう1発回す。

 壁の内壁にヒビをいれ、打ち崩し、次の家へ。


 そうして家々を破壊しつつ、奴を連れていく。

 終わりの地へと、連れていく。


 俺が何をしようとしているのか気づいたのか必死に脚や尻尾を動かして抵抗するが、もう離すつもりはない。

 俺はそのまま力の限りに奴を押し込め続け。


 浮遊城の一番外の外壁に奴を叩きつけた。


 流石は街の外壁。硬さは家屋のものとは違うようだ。

 今の俺の突進をもってしても、僅かにひびが入るばかり。


 ――なら、もっと


 回す。回す。

 2発回し、頭に一瞬だが鋭い痛みが走った気がした。


 街の外壁にひびが入り始め、崩壊する寸前。

 奴の抵抗も必死になるが、もう間に合わない。


 ――お前の負けだ


 1発込め、回す。

 身を纏うオーラが、あの化け物と同じくらいの厚さになったような、そんな気がした。


 音を立てて外壁は崩壊。

 それを感じ取るや否や、二歩だけ踏み出し、首を振り払った。


 崩れる外壁の向こうで、宙に投げ出される白い虎。

 これまでの全てのエネルギーを受けて、浮遊城の領域を越えた空へと、奴の体が浮く。


 そしてしばらく待てば、重力に従って落ち始める。


 白い虎は跳びあがることは出来ても飛ぶことは出来ない。

 だからあの場から帰還することは叶わない。


 奴に訪れるのは、遥か下すら確認できない場所へと落ちていく、死のダイブ。

 遥か高みの天空からの落下。耐えられるものならば、耐えてみればいい。


 ――落ちろ


『■■■■■■■■■――!!!』


 言葉にならぬ悲鳴を上げて、奴は落ちていく。

 それは悲嘆か、怒りか、怨嗟か。


 今となっては分かる筈もない。

 奴は落ち続け、その体は小さくなり、やがて雲に包まれて見えなくなってしまったのだから。


 ともかく、これで脅威は去った。

 外壁部分で楽な伏せの姿勢を取れば、体を熱が包む。


 どうやら、この浮遊街から落とすことでも倒したという扱いにはなるらしい。

 本来なら喜びに叫びたいところだが、少し疲れた。


(体が怠い……)


 背後から聞こえる愛しの飼い主の声を聞きながら、俺は筋肉痛のような痛みにうんざりして大きく息を吐いた。


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