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第96話 白き虎、襲来

 ユニークモンスターは今居る階層の一つ上か、あるいは一つ下の階層から出現する。

 この白い虎は、間違いなくこの東京ダンジョン下層からの来訪者だ。おおよその強さはともかく、攻撃手段もどういった戦い方をするのかも分からない。


 ユニークに遭遇した場合、それが下の層から来たのなら逃げろ、というのはよく言われている話だ。


 自分たちの手に負えない敵と戦う必要はない。 まだ全員が無事なうちに、逃げるべきだと。


(無理……だな……)


 けれども目の前の白い虎は、赤い眼を俺に向けて離さない。

 少しでも動けば、それこそ逃げるそぶりでもすれば殺すと言わんばかりの眼光だ。


 やつの正体が不明な以上、背中を見せるのは得策ではないという事。

 それに須王も気づいているのか、声を張り上げた。


「ユニークよ! 攻撃して様子を見て、逃げられそうなら逃げる!」


 声を聞いて光の騎士たちとの戦闘を終えた響達が戻ってくる。

 全員が一瞬息を呑むが、そこは歴戦の探索者達、すぐに武器を構え直した。


 弓に矢を番えた響は、率先して声を上げる。


「先制で攻撃します!」


 俺のパーティ、エルピスでの斬りこみ役だった響は矢に風の魔力を纏わせ、弦を引く。

 矢じりを向けられても、白い虎はそこを一歩も動かなかった。


 指が離れると同時、風の魔力が増幅して緑色の風のヴェールを纏いながら奴へと飛来する。

 弓使いの中でも使用者が限られるブラスト・アロー。響の使える攻撃の中でも、指折りの威力の一撃。


 矢は、奴の眉間へと全く落ちることなく飛ぶ。


 矢が頭に当たるか、あるいは弾かれるか、それとも超スピードで避けるか。

 これから先に起こりうるあらゆるパターンを頭の中で想定したとき。


 白い風が、吹いた。


 俺の予想にも反して、奴の眼前に出現した白い風の集まりに矢は突き刺さり、消えていく。

 まるでブラックホールにでも飲み込まれたかのような光景に、後ろに立つ皆の、とくに響の息を呑む音が聞こえた。


「どう……なって」


 目の前で理解不能な出来事が起これば、響がそう無心で呟いてしまうのも無理はない。

 一瞬動きが止まる俺達の中で、一番早く次の一手を打ったのは、頼れる相棒だった。


『呆けてる場合じゃ……ないでしょ!』


 響を叱責するかのように竜乃は叫び、赤と蒼のブレスを放つ。

 白い風の塊はもう消えていたので、これは当たるかもしれないと思われたが。


 結果は、同じ。

 白い風の前に、竜乃のブレスは吸い込まれるかのように消えていく。


 響の矢のような一過性のものではなく、竜乃のブレスのように継続するものですら通じない。

 それを知り、俺の中に一つの考えが過ぎる。


(スキルではなく、特性か?)


 先ほどから白い虎はこちらを睨みつけてはいるが、白い風を発生させるモーションを取っているわけではない。

 むしろあの白い風がひとりでに、白い虎を護っているように見える。


 探索者が脅威に対して防御魔法を放つようなものではなく、あのクイーンのように遠距離攻撃が効かないような特性を、あれが所持しているのではないだろうか。


 なら、次に確認するべきは。


『竜乃、そのままブレスを放ち続けろ』


 竜乃にそう告げて、俺は体内の魔力に命令をする。

 一瞬だけ準備した魔法を放つことにためらったが、すぐに考えをかき消す。


 もしダメなら、この戦いではここから先使わなくなる魔法だ。

 ここで撃ってしまっても、構わないだろうと。


「落ちろ!」


 白い虎を中心に黄色い線が走り、円を形成する。

 竜乃のブレスを受け続けている奴は動けない。


 普通なら、体で受けるしかない。

 俺の得意とする雷の魔法の最高峰、トールハンマーを。


 全てを灰燼と帰す雷が面で落ちる。

 轟音が響き渡り、奴が土埃に包まれる。


 竜乃がブレスを辞める中で、俺は右の前脚に力を入れて爪の感触を確かめた。

 すぐにこれが必要になると、分かっていたから。


 屋外であるため、風に吹かれて土煙は消えていく。

 そしてその中は本来ならば灰となっている筈だった。誰も居ない筈だった。


 けれど先ほどと変わらぬ様子で、白い虎は立っていた。


(……だろうな)


 トールハンマーが奴に落ちる瞬間、俺は確かに見た。

 奴の上側に、白い風が集まるのを。


 つまり奴のあの白い風は遠距離からの攻撃全般に作用する防御という事だ。

 しかも、おそらくだが無垢の白球のように全方位に対して作用できるほどの。


 けれど、対処法はもう見出している。

 俺は首を動かして須王を見上げる。視線を向けられた彼女はまだ分かっていないようだが、きっと分かってくれるはずだ。


 そう思い、俺は飛びだした。

 奴の防御は絶対ではないという確信があったから。


 ユニークモンスターは必ず上か下の層の『フロア』モンスターが該当する。

 奴らは通常のフロアモンスターにはない特性を持つことが多いが、それでもボスモンスターでは決してない。

 ならば、その特性が全ての攻撃を無効化するような理不尽なものであるはずがない。


 あの理不尽な強さを持つTier0ですら、殺せはするのだ。

 つまりダンジョンは、ダメージを受けることのないモンスターを許容していない。


 風の魔法に後押しされて奴に近づき、前足を振るう。

 初めて、白い虎が嗤った気がした。


 轟音。


 甲高い音を響かせたのは、俺の爪と奴の爪。

 俺の爪は紫電でコーティングされているにもかかわらず、その一撃を奴は同じように爪で受けてみせた。


 しかし、力比べは俺の勝ち。

 流石に一撃で光の騎士の体力を大きく削る爪の一撃を防ぎきることはできず、奴は腕ごと弾かれる。


 俺の爪をまさか爪で返されるとは思っていなかったが、今は良い。

 それよりもやはり予想通り、白い風は見えない。


 つまりあの風は、近距離攻撃には作用しないという事だ。

 ならこいつを倒せるのは。


 白い光がより強く俺を包み、力をくれる。

 体中を走る紫電を額に集中させ、腕を弾かれて隙のある奴目がけて地面を蹴る。


 頭から突っ込む突進攻撃に対しても、もちろん白い風は作用しない。

 最後に首を勢いよく上げて吹き飛ばせば、俺の横を風が通り抜けた。


 吹き飛ばされ、地面を転がる白い虎。

 黄昏が照らす奴の体に、影が差す。


 俺の行動を読み、その場に白い虎が吹き飛ばされることを悟っていた俺の元相棒。

 剣を両手に振りかざし、その胴体を斬り裂かんとするパーティリーダーが叫ぶ。


「潰れなさい!」


 ダンジョンレアドロップの両手剣に、望月ちゃんと音の援護。

 それに自らの体重をかけた一撃が、振り下ろされる。


 十分なダメージを与えられると思われた一撃は。

 その腹ではなく、切っ先で奴を捉えるにとどまってしまった。


 振り下ろされるその瞬間、奴は目を開き、後ろに跳んだのだ。

 そのせいで避けられてしまった。切っ先は胴体に傷をつけたが、大きなダメージを与えるには至っていない。


(くそっ、声をかけられないから!)


 須王を見上げることで今の連携を作り出したのだが、急ごしらえかつ連携が難しいだけあって失敗した。

 かつてのように言葉でのやり取りができていれば、間違いなく今の一撃は決まっていた筈だ。


 悔しさで内心で叫ぶと同時に、須王は叫んだ。

 まだ終わりではないと言わんばかりの、大きな声だった。


「響さん、お願い!」


 飛び退き危機を脱した奴の背後から再度、影が射す。

 影に気づき、首を動かした奴が見たのは、矢を番える響の姿だったはずだ。


(そうか……お前は、俺の代わりに……)


 ずっと不思議に思っていた。

 いくら須王が強いとはいえ、俺の抜けた穴をたった一人でなんとかできるわけがない。


 彼女に2人分の働きをするのは、無理な話だ。

 だから、その穴の残りを響が埋めた。


 妹の音には絶対に出来ないが、彼にならできる。

 浅倉とは違い、強さも早さも兼ね備えた真の弓使いである響ならば。


「ブレスト・ロア」


 小さく呟き、指を弾くように離すと同時に矢が分裂。

 数え切れぬほどの軌道が矢と垂直に放射線状に放たれ、突如90度回転して奴に襲い掛かる。


 たった一発の矢から複数の連撃へとシフトする弓使いの上級スキル。

 矢の奔流が、奴を捉える。


 放たれた矢の軍勢が、まるでレーザー光線のように地面に衝突する。

 土煙を生じさせる程の衝撃を与えた響は満足したように頷き、風の魔法を使用してこちらへと戻ってきた。


 緩やかに着地するその姿には、安心すら感じる程だ。


「ありがとうございます虎太郎君、須王先輩、奴に隙ができて助かりました。

 それにしても、イチかバチかでやってみましたが、近くで矢を放てば当たるんですね。

 あの白い風の防御みたいなものは、一定距離からの攻撃を防ぐという事なのでしょう」


 軽い感じで状況を説明する響に対して、俺は内心で呆れた溜息を吐いた。


(本当……天才は何やらせても上手くいかせてくれる……)


 あくまでも個人的な意見だが、俺は天王寺響のことを天才だと思っている。

 彼はそんなことはないと言うが、あの一瞬で初見の敵の動きをここまで予測出来て、しかも動ける探索者はあまりいない。


 本来ならば最初の一撃が白い風に防がれた段階で動揺するはずだ。

 にもかかわらず、響は俺と須王の動きまでも加味してその先を位置取った。


 今の動きには、素直に花丸をあげたい気分である。

 まぁ、だからこそ以前の俺は彼に劣等感を感じていたのだが。


 ――タンッ


 音が耳に響くのと、俺の体が動くのは同時だった。

 響の一撃を受け、土埃に奴は包み込まれたが、これで勝負が決まったなどとは誰も思っていない。


 けれどまあまあなダメージは与えられたはずだし、状況を整理する暇はあると全員が考えていた。

 一撃を加えた響も、望月ちゃんも、須王だって土埃の方を警戒はしていた。


 けれど、警戒はしていてもこの早さは予想外だった。

 迫る脅威を感じ取り、俺は須王の脇を通り抜けて彼女の前へ出る。


 土煙から飛び出してきた白い光に対応できたのは、俺が獣の勘で気づいていたから。

 そして間に合ったのは、この中の誰よりも早く動けたから。


 光に対して、俺は首に力を入れて頭突きをする。

 体を突き抜ける衝撃と頭の痛さに顔を顰めながら、俺は見た。


 赤い瞳に、獰猛な色を隠さない表情をした「無傷」の白い虎を。


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