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第93話 かつての仲間たち

『私、この4人ならどこまででも行ける気がするんですよ!』


 それは、いつかの日の誓い。


『私達と、織田先輩と須王先輩の四人なら前衛と後衛のバランスもいいし、何より皆強い! 最強ですよ。最強!』


 元気溌剌な双子の妹のモンスターテイマーと。


『音、あんまり先輩たちを困らせてはいけないよ』


 落ち着いた年よりも大人に見える双子の兄の弓使いと。


『いや、音さん達が良いなら私は構わないわ』


 ぶっきらぼうと冷たい印象の中に、人知れず温かさを抱えた剣士と。


『俺もいいぞ。他にパーティを組んでるわけでもないからな。四人で行けるところまで行ってみるか』


 そして、今はもうこの世には居ない、一人の男。


『すみません先輩方……ほら、音も感謝して』


『マジで感謝です!』


『お前は本当に……』


『あ、それならパーティ名を決めないとなんですけど、これっていう候補があるので言ってもいいですか?』


『音さんがわざわざ事前に考えてきたの? どうぞ』


 テイマーの少女に告げられた俺達のパーティ名。


『はい! エルピスってどうでしょうか? 神話のパンドラの箱の中に残った最後の希望! 私達がそれになるって意味も含めて! 探索者界隈の最後の希望になるんです!』


『いや、最後ってそれはそれでどうなんだよ』


『そうだよ音。それにパンドラの箱の中身は希望じゃなくて絶望っていう見方もあったと思うけど……』


『もう、響は細かいことは気にしないの! 私達が希望って言ったら希望なんだよ。

 だから織田先輩もそんな微妙な顔しないでください。私達が全部のダンジョンを攻略すれば最後です!』


『いいじゃない』


『……須王が良いなら構わないぞ』


『やったー! 決まりですね!』


『はぁ……なんかすみません本当に……』


 後に東京のTier1ダンジョン中層まで攻略を完了させる上位パーティの一つ。


『ズバリ、目標は最強の探索者パーティ! 誰よりも深く、誰よりも強く、ですっ!』


『めちゃくちゃ曖昧だな』


『あら? 別にいいんじゃない。悪くはないと思うわよ』


 そんな俺達「エルピス」の誓い――いや、夢物語だ。

 もう叶うことのない、過ぎ去った夢だ。






 ×××






 つい先ほどの戦闘の爪痕が残る白い広場。

 神秘的な光の射しこむその戦場で、三人の勝者は肩で息をしていた。


 茶髪のミドルヘアで、自分の傷を魔法で癒しているのが天王寺音てんのうじおと

 彼女の使役する5本尻尾の狐に治癒魔法をかけてもらっている、同じく茶髪を短く切り揃えた男性が、兄の天王寺響てんのうじひびき


 そしてダンジョンで入手できる回復薬をたった今飲み干したのが、このパーティ「エルピス」のリーダー、須王桜(すおうさくら)だ。

 彼らは、俺の元パーティメンバーである。


 俺は隣に立つ望月ちゃんを見上げた。

 彼女と目が合えば、俺の意図をくみ取ってくれたらしく、小さく頷いた。


 本来、他の探索者の戦闘に横槍を入れるのはNGだが、今は戦闘も終了して須王達も怪我をしている。

 この状態で黙って無視をするという選択肢はなかった。


「大丈夫ですか!? すぐに回復しますね!」


 望月ちゃんが、三人の中で一番状態がひどい須王の元に近づいて回復魔法をかける。

 俺達が背後に居ることには気づいていたのか、須王が驚いた様子はなかった。


「ありがとう」


 ぶっきらぼうな言葉。けれどその言葉が冷たいのは表面上だけであるのは、俺がよく知っていた。

 ゆっくりと時間をかければ須王の傷は癒えていき、その頃には比較的怪我の少なかった天王寺兄妹も全快していた。


「嘘……望月さんじゃん」


 先ほどまでは怪我をしていて気づかなかったようだが、妹の音が望月ちゃんに気づいた。

 彼女も俺ほどではないが配信を見るタイプの人間だったので、知っていたのだろう。


 いや彼女だけではない。兄の響も目を見開いていた。

 やはり俺達も名前が売れてきたという事だろうか。そのことに関しては少しだけ誇らしく思ったとき、須王の困惑する声が耳に届いた。


「音さん、この方と知り合いなの?」


「え!? 須王先輩、望月さんを知らないんですか!? 今配信者界隈でめちゃくちゃ有名な人ですよ。JDCランキングでも最高1位を取ったっていう……」


「そ、そうなの……名前は聞いたことあるのだけど、配信は見ないから」


「あー、先輩は昔からそうでしたもんね」


 須王は機械関連が致命的に音痴で、探索者用の端末すらギリギリ使えるレベルだ。

 連絡用メッセージすらそっけないのは彼女の性格もあるが、長い文を打つと修正するのが大変だからだろう。


 しかし、今の須王の言い方はどこか引っ掛かる。

 そう思い、少しだけ前に出る。目の前には、かつて一緒に戦った3人。


 彼らがまだ探索者をしてくれていたのは嬉しく思うし、今再会を果たしたのも小さな感動を俺の中に産んでいる。

 けれどそれ以上に、どこか言葉に出来ない違和感があった。


(なんで三人で……こんなところに……)


 これが彼ら三人のみならず、他にも探索者がいるならまだ良かった。

 4人でも5人でも6人でも、彼らが前を向けるならそれで。


 けれど、彼らはまだ彼らのままで――俺という穴がぽっかりと空いたままでここに居る。

 おそらく俺が死んだあの時から彼らはずっと、3人だ。


 そんな事を思っていると、須王が珍しく戸惑いの表情を浮かべ始めた。


「あの……えっと……」


「虎太郎君?」


 望月ちゃんの言葉ではっとし、俺は須王に無意識に近づいていた事を悟る。


「わぁ! 虎太郎君だ! 初めて見た……やっぱり大きいー!」


「おい音、あんまり望月さんに迷惑をかけるな」


 前に出てしまったために、天王寺の妹の方に捕捉されてしまった。

 彼女は兄の制止にも関わらず、俺をあらゆる角度から観察している。


 ……以前は妹のように感じていた女性にここまで見られるの、ちょっと嫌である。


「音さん、望月さんの邪魔をしてはいけないわ」


「あ、全然大丈夫ですよ。でもそろそろ私達も行きますね。皆さんもお気をつけて」


 当然の流れで、望月ちゃんは探索を進めようとする。

 けれど俺はその場から動かなかった。いや、動けなかった。


「虎太郎君……?」


「…………?」


 この場から動いてエルピスの皆と別れたら、なにか良くないことが起こる。

 そんな悪い予感がずっと体の中にあったから。


「…………」


 じっと無言で須王を見る。俺に見つめられて、彼女はやや困惑気味だ。

 須王は以前の須王だ。風貌も、武器も、雰囲気も、何もかも変わらない。


 けれど、その奥底で不確かだが「違い」を見た気がした。

 そうして須王に目線を向け、お互いに沈黙で時間が少し過ぎたとき、おずおずと望月ちゃんが手を上げた。


「……あの、もしよければなんですか、一緒にこの地域を探索しませんか?」


「……私達はここは2つ目なのだけれど」


「先輩、それなら大丈夫です。望月さんも2つ目だったはずです」


 話が想定外の方向に動きつつある。

 いや想定外ではあるが、俺が内心で希望した通りには。


 俺達の進行度を聞いた須王は無表情だが、一瞬驚いた雰囲気を出した。


「……たった一人で……とても優秀なのね」


「そ、その……望月さんと一緒に探索できるんですか!? 光栄です! あ、でもちょっと何十万の人に見られながらはちょっと……」


「さ、流石に僕も……」


 天王寺兄妹が配信に難色を示す。

 響はともかく、音はこういったことに乗り気だとは思ったのだが、流石に莫大な人数に見られるのは気が進まないらしい。


 そうなれば、リーダーの須王ももちろん断るだろう。


「望月さん、申し出はとてもありがたいのですが……」


 案の定の返答。しかし望月ちゃんは「あぁ」と小さく呟いた。


「それでは配信はつけないので、それでどうでしょうか?」


「……え? いいんですか?」


「はい、うちの虎太郎君がテコでも動かなさそうですので」


 背中に視線を感じるものの、俺はその場から動かなかった。

 態度でくみ取ってくれた飼い主には感謝しかない。


「……そういったことでしたら……それに」


 そこでいったん区切り、須王は俺に目を向けた。


「私もこの子が気になるので……」


「……須王先輩」


 音の何ともいえないような声を聞きながら、俺達は視線を交差させる。

 今度は須王が俺をじっと見つめる展開だ。けれど俺もまた、彼女に視線を向け返す。


 この違和感の正体が何なのか、知らなければならないと感じたから。


「じゃあ、ちょっと保留にしていた配信を切りますね」


 端末を取り出し、操作をし始めた望月ちゃん。

 配信にコメントを残した後に、切って配信ドローンを収納した。


 その様子を黙って見ていた須王は、頭を下げる。


「すみません」


「大丈夫ですよ。虎太郎君の反応を見たときから配信はしないつもりだったので」


「助かります……実は、配信はあまり好きではなくて」


 須王のその言葉に、時間が止まる錯覚を覚えた。

 かつて一度だけ、俺は須王に聞かれたことがある。そんなに配信ばかり見ていて飽きないのかと。


『あぁ、飽きないね。楽しいからな。……お前は配信は嫌いか?』


『いえ、好きよ。ダンジョンに関する情報を発信するのは素晴らしいことだと思うわ。

 自分では恥ずかしくてできないから、凄いと思うだけだけれど』


 俺の中にあった不確かな「違い」が一人の青年男性の探索者、織田隆二へと形を変えた。


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