第92話 天使達の住まう聖域
活火山地域の中ボス、火の精霊王イフリートは厄介な敵ではあったが、強敵ではなかった。
溶岩に包まれた体とそこから繰り出される拳の一撃は強力で、魔法に関してもレベルは高め。
だがそれは、あくまでも中層レベル帯の探索者にとってだ。
Tier2の下層とは違い、水のコーティングで接近戦が可能で、かつ魔法が通用するのなら何の制限もなく俺が戦えるという事。
竜乃の援護のもと望月ちゃんに支援をしてもらい、最終的には繰り出された腕を使用して頭上からの爪の振り落としで脳天を貫いた。
こちらのダメージがゼロというわけではないものの快勝を記録し、俺達は1つ目の施設を攻略したのである。
そんな出来事があったのが大体10日前。
そして今、俺達は光の地域、宙に浮かぶ浮遊街に居る。
火の地域を攻略した俺達は、2番目の地域として光を選択した。
地は俺達の得意な雷が通用しない敵も出現するそうなので却下。闇はTier2下層で散々痛い目を見たのでこれまた却下だ。
水と風に関しては地面がないか、あるいは不安定なのがデフォルトなので、地の利的な意味から最初から選択肢に入っていない。
光の地域は地面のない地域に浮かぶ空中都市群から成る。
これだけ聞くと空を飛びながら戦わないといけないのかと思うかもしれないが、敵が出現するのは空中都市内部だけ。
つまり戦うときは常に地面があるという事だ。
俺が力を入れすぎて床を突き破ることがなければ落ちることはない。
基本的にダンジョンの床はかなり硬質で、かつ時間が経つと自然に復旧するので穴を開けるのは無理だと言われているが。
そんな光の地域に足を踏み入れて7日目。
空中都市を歩き回りながら敵を倒しつつ探索をした結果、ついに近くまで来ることが出来た。
やや遠くに見える、黄昏の光を受けて輝く巨城。
それを見上げながら望月ちゃんは呟いた。
「ようやく光の城……だね」
あれは中ボスの居るこの地域の施設だ。
Tier2下層での暗黒の城といい、どうやら俺達は城に変な縁があるらしい。
俺達が立っているのは白い大地の上。
土台となる浮遊島の大地も白く、その上にある道路や家も主に白をメインカラーとしている。
浮遊都市は全てがそんな感じで、まさに光の地域にぴったりだった。
そして地域の奥にそびえる城は白色というよりも白銀が似合い、沈むことのない黄昏の光と相まって常に神秘的な印象を与えてきた。
神々の住む居城とは、こういったものを指すのかと。
離れた位置にある都市群を見つめていた望月ちゃんは視線を配信ドローンに向け、説明する。
「かなり長引きましたが、あと少しで光の城には到着しそうです」
“この地域来てから、モンスターマジで強かったからなぁ”
“最初は虎太郎の旦那頼りだったからなぁ。竜乃の姉御もすぐに戦えるようになったけど”
“2つ目の地域は敵のレベルが上がるって言ってたけど、あんな見て分かるほど強くなるとは”
“もう光の兵士はうんざりです”
“最初は可愛いと思ってた天使ちゃんも、途中から見飽きたしな”
“顔めっちゃ整ってるのに無表情で目に光が無いの怖すぎるんだよ……”
この中層が難関と言われている理由に、地域のレベル差というものがある。
1つ目の地域を攻略した段階で、そのパーティが2つ目の地域に行ったときにはレベルが上昇したモンスターと戦うことになる。
これは施設を一つもクリアしていないパーティには適用されない。
そのため施設をクリアしている状態とそうでない状態では、そもそも戦っている敵の強さが異なる。
言ってしまえば、この中層でやっとの思いで中ボスを倒した後に、さらに強い――それこそ層が変わったかと錯覚するようなクラスのモンスターや中ボスを倒さなくてはならないようなものだ。
中層の探索に時間がかかり、かつここで行き詰るパーティが多発するのも無理はない。
天元の華のような実力のあるパーティでさえ中層である程度の時間は使っているので、むしろ俺達の攻略スピードが異常という事に他ならない。
中層でこれだと下層はどれだけ強い敵が待っているんだと、恐ろしくなるばかりだ。
自分のレベルを端末で確認して竜乃に目線を向けた望月ちゃんは頷き、決意の籠った目で配信ドローンに向き直った。
自信の籠った声で今後の話をし始める。
「私のレベルも上がりましたし、それに応じて竜乃ちゃんも強くなりました。
明日くらいには光の城に挑戦したいですね。そのまま光の地帯の中ボスも撃破です」
むんっ、と握りこぶしを作るクッソ可愛い望月ちゃんを見て、心が湧きたつ。
神秘的な光景と相まって大天使望月エルが降臨なさっていた。
“大丈夫かー? 敵ちょっと強くね?”
“もうちょっとレベリングしてからの方が良いかも?”
“そうそう。別に焦る必要なんかないだろ。もうちょい探索してレベリングした方が良いべ”
“キミー:勝率は十分あるけど、時間もある。光の地域の浮遊街を虱潰しに回っても良いかもね”
“ミヤ:私もそちらに賛成です。やりつくしてから光の城に入るでいいかと”
気合入りまくりな望月ちゃんには悪いが、俺も優さんと神宮さんの意見に賛成だ。
火の地域ほど楽ではないにせよ、今の俺達なら勝ち目は十分だとは思う。
けれど竜乃はどちらかというと、ようやくここのモンスター相手に優位に立てるようになってきた感じだ。
念のためにもう少し強くなっておきたいという気持ちはある。
俺達の言いたいことを分かっていたのか、望月ちゃんは苦笑いをした。
「あはは、そうですよね。頭では分かっていたんですか、どうも雰囲気に流されちゃったというか。すみません」
かわいい。
先ほどの発言が本気ではないことは分かっていた。
望月ちゃんの言う通り、ここはどこか不思議な気持ちになるというか、気分が高揚するというか。
“かわいい”
“知ってた”
“なんか、ここに居るとマジで自分が世界の中心って感じよね”
“お前達は探索者の中心だけどな”
“ここのモンスターは結構不気味だけど、世界観は一番好きかもしれんなぁ”
“神々しい”
「では、先に進みますか」
望月ちゃんが俺達を確認して、崖の側に置かれたオーブを拝する台座に触れる。
俺達を光の球体が包み、次の浮遊街へと連れていってくれる。
ついに移動手段すらファンタジーになったダンジョンの構成に感動し、黄昏に照らされる城を見ながら思う。
(あいつら……元気かな)
かつて自分が在籍していたパーティ。
4人ながら、攻守ともにバランスの取れた上位パーティだった。
この中層で、1つ目の水の地域をクリアしたときは全員で喜びを分かち合ったものだ。
けれどそれすらも数年かけての攻略だった。足を引っ張ったのは間違いなく俺だった。
成長の限界が、もう見えていたから。
嫌なことを思い出しそうになり、首を振って追い出す。
けれど、ふとあることを思い出した。
(そういえば、2つ目は光の地域が良いって言ってたな)
何気なくパーティリーダーが言った言葉。けれどそれは夢のような、次の目標のようなものだった。
それは、俺が死んだことでもう叶わないけれど。
パーティメンバーが死亡したパーティは同じような境遇のパーティと合併するか、新しい探索者を入れて再スタートするしかない。
どちらも中層まで到達していた俺達のパーティでは難しいが、できれば解散はして欲しくないなんて、そんな身勝手なことを思っていた。
光の球体が次の浮遊街へと到着してすぐ、音が聞こえた。
魔法が、金属音が聞こえてくる。戦闘が起こっている証拠だ。
音は大きく、苛烈で叫び声のようなものも聞こえる。
どこか嫌な予感がした。
『望月ちゃん』
愛しの飼い主にアタックして注意を引くと、言いたいことが分かったのか配信ドローンを下に向けて保留モードにしてくれた。
俺達は音のなる方へと走り出し、白の街を駆ける。いくつもの倒壊した建物を越え、通りを直進。
(こんな場所に来る実力のあるパーティだ。大丈夫だと思うが……)
そんな事を思っていると、近づいているのにもかかわらず段々と音は小さくなっていく。
俺の考えが杞憂だったかと思い始めた時には、音はもう止んでいた。
嫌な予感はそこまで強くはない。
そう思って通りを一回左に、そして少し進んで右に曲がったとき。
目の前には驚愕の光景が広がっていた。
消えていく天使たちの姿に、怪我を負ってボロボロな3人の探索者の姿。
彼らはダメージを負っているが大事はなさそうだった。
けれどその姿は、俺がこれまで知っていたような余裕に満ちたパーティの姿ではなかった。
(お前……なんで……)
内心で泣きそうになりながら、俺は地面に剣を刺して座り込み、肩で息を吸う女性に問いかけた。
声に出していないし、鳴き声も上げていないのだから答えなどあるはずもない。
けれどその背中は――俺が在籍していたパーティ「エルピス」の頼れるリーダー、須王桜の背中は、とても小さく、そして遠く見えた。