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第85話 この魔法を、見せるために

 望月理奈。

 今更説明するまでもないと思うが、彼女は俺達の飼い主であり、職業はテイマーだ。


 そんな彼女は一人リングの中に入る。

 望月ちゃんの前には、火の鳥のオブジェを先端に付けた杖を持ったモンスター。


 魔導士タイプの上層ボスが、望月ちゃんの敵だ。


「よ、よろしくおねが――っ!?」


 礼儀正しくお辞儀をしようとした望月ちゃん。

 しかしそんな彼女の心遣いむなしく、試合開始のゴングの音が鳴り響いた。


 音に驚いた望月ちゃんは当然固まってしまい、そんな望月ちゃんの姿に何を思ったのか魔導士モンスターも動きを止めていた。


 ちらりと、たった今銅鑼を鳴らしたモンスターに視線を向ける。

 望月ちゃんのお辞儀を邪魔するなんて……喰い殺してやろうか。


 ――コンコンッ


 音が響き、リングに目を再び向けると、どうやら魔導士が杖でリングを二回叩いたらしい。

 驚いている望月ちゃんに対する合図だろうか。光の文字といい、こちらを気遣うような言動に調子が狂いそうだ。


 しかし、親切だとしても敵は敵。

 魔導士は杖を両手で握り、背面に波紋の走る水面をいくつも浮かべた。


 水の中級魔法、アイスニードル。多数の氷柱を殺到させる魔法だ。


「…………」


 水面がさらに揺らぎ、射出の準備に入る魔法。

 その全てを、眼鏡越しに望月ちゃんがじっと見ている気がした。


 これまでの俺達の戦いを見ていると、望月ちゃんがサポートしか出来ないと考える視聴者も多い。


 だが、これは間違いだ。確かに真骨頂はシークレットスキルを用いた俺達のサポートにある。

 けれどそのために、彼女はあらゆる戦いでテイマーに必須で、なくてはならないことをしてくれている。


 彼女が戦いの中で敵の攻撃を受けないのは何故か。

 それは彼女が、防御ではなく回避に特化しているからに他ならない。


 テイマーにとって一番大事な死なないを体現しているのが、優等生、望月理奈だ。


 襲い掛かる氷の凶器から逃れる為に、望月ちゃんは右方向に走る。

 身体強化を自らにかけている望月ちゃんの動きは素早く、無駄がない。


 その中で彼女は右手を魔導士に向け、


「ここっ!」


 雷の初級魔法、ライトニングを3発魔導士に落とした。

 挨拶代わりとしては十分な威力と数。


 だがそのいずれも、魔導士の張った結界によって防がれてしまう。

 通常、魔法使いなら魔法による防御を張るのが普通だ。この魔導士もその例に漏れないのだろう。


「まだっ!」


 ブレーキをかけた望月ちゃんがリングに少しだけしゃがみ、魔法を放つ。

 彼女の頭上から出現するのは、雷で出来た剣。


 雷の中級魔法、サンダーストライク。

 おそらくはリングに上がる前に準備していた魔法の一つだろう。


 雷の両刃剣は切っ先を魔導士に向け、高速でその体を貫かんと飛ぶ。

 先ほどのライトニングよりも強力な剣。


 それを魔導士は、斜め上に八角形の形をした魔法の盾を召還することで防いだ。

 常時展開している結界では防ぎきれないと判断させた。それだけで十分だ。


「っ!?」


 望月ちゃんはすぐにリングから手を離してその場を跳び退く。

 先ほどまで彼女が立っていた場所に、岩の柱が立ち上がった。


 俺も使える地の中級魔法、ストーンランスだ。

 出てくる本数は一本ではなく全部で四本。


 それをしっかりと把握している望月ちゃんは、まるで踊り子のように器用に避ける。

 その姿を見て、俺は絶句していた。


 綺麗だ、と。


 テイマーの上位者に会ったことはあるし、なんなら俺の元のパーティに所属しても居た。

 だが彼らと比較して、望月ちゃんの敵の攻撃を避けるという技量だけはずば抜けている。


 もちろん彼女が熱心な努力家であることは間違いない。

 けれどこれまでの動きを見るに、敵の攻撃を避けることに関しては才能すら感じる動きだ。


 絶対に攻撃に当たるものか。絶対に死ぬものか。

 そんな強すぎる思いを感じ取ったが、少し冷たいものを感じてすぐに考えることを辞めた。


 うん、望月ちゃんは最強だからね。


「…………」


 岩の槍を避けながら素早く口を動かす望月ちゃん。

 ここまでの戦い方は完璧だ。この戦いでは距離を詰めるようなことはしない。


 どちらの魔法が優れるか、勝負はその一点だけで決まる流れになった。

 望月ちゃんは魔法の詠唱を終わらせ、伸ばした右手の手首を左手で掴む。


 左手首のシンプルなフレームの腕輪と、右手中指の指輪が光り輝いた。


「落ちて!」


 その魔法が見慣れたものであることに、誰よりも早く気付いた。

 魔導士は危険を察知したのか、自らの頭上に二枚の盾を展開。


 だが、それで足りるかな?

 今から降るのは、雷の中級魔法、ボルテックスだぞ。


 同じ雷の中級魔法でもさまざまな種類がある。

 だが威力のみで考えるならばボルテックスに勝るものはない。


 望月ちゃんの魔法の努力と才能、それが腕輪と指輪でブーストされた雷が落ちる。

 二枚の盾を打ち砕き、魔導士の頭へ。轟音を立てて、落ちる。


「■■■■■■――!!」


 仮面でくぐもった声を出しながら、痛みに堪える魔導士。

 自身と周辺を帯電させ、ダメージも十分。けれどその体内で、魔力が動いた。


 望月ちゃんが、左へと転がる。

 さっきまで居た場所から、火柱が打ちあがる。


 魔導士はそれだけでは足りないと言わんばかりに、光で出来た鎖を望月ちゃん目がけて飛ばしてくる。

 捕まればただでは済まないそれらの鎖も、望月ちゃんは完璧に避けてみせた。


「っ~!」


 しかし一瞬だけ回避が遅れ、足を火柱にとられる。

 回避に必須な足を持っていかれたことで俺の中で焦りが生まれる。


 けれど、望月ちゃんは冷静だった。


「お願いっ!」


 傷む足を堪えて着地するや否や、先ほどからずっと詠唱していた魔法を放つ望月ちゃん。

 彼女の前に展開した青色の電気の集合体は、光の鎖をかき消した。


(マジか)


 俺自身も驚いた。あれは中級魔法、プラズマ・ウェーブだ。

 いつの間に習得したのか、あの魔法を使っているところは初めて見た。


『私達を愛してくれる理奈が、虎太郎の使う魔法を覚えたいと思うのは当然でしょ?』


『……そう、だな』


 竜乃の声を聞きながらも、ニヤけてしまうのが止まらない。

 え、俺が推しである望月ちゃんを助けてるだけじゃなくて、推しである望月ちゃんが俺の魔法を覚えてくれてるの?


 最高じゃん。


『っ!? 理奈!』


 竜乃の焦る声を聞いて視線を戻せば、望月ちゃんの立っているところを赤の線が囲っていく。

 先ほど火柱が起こる前兆。しかし望月ちゃんはその場から動こうとしない。


 彼女は自分の足を治癒魔法で治すことに夢中なようだ。

 このままでは、彼女は火柱に飲み込まれてしまう。


『――、力を貸して』


 前半は何を言っているのか聞こえなかったが、望月ちゃんの声を聞いた瞬間、火柱が立ちあがる。

 火に飲み込まれる望月ちゃんを見て叫びそうになるが、すぐにあることに気づいた。


 彼女との絆は、全く変わっていない。弱まることも、揺らぐこともない。

 その証拠を、リングの上に見た。


『おいおい……マジかよ』


 消える火柱の中で、それは起こっていた。

 望月ちゃんを護るように展開している立方体の電気の箱。


 迫りくる脅威を全て退ける、雷における最高の防御魔法。

 雷の上級魔法、ボルト・ゼロ。


 俺がプレゼントした腕輪か、あるいはクイーンから入手した指輪のどちらかに魔法の使い捨て保存機能があったのだろう。

 事前に装備に魔法を仕込んでいたのは間違いない。


 だが、俺が驚いているのはそこではない。あれは俺がこの体になってからも使ったことがない魔法だ。

 流石勉強熱心な望月ちゃん。自分で調べてモノにするなんて、俺の飼い主は最高だ。


 とはいえ防御は一回きり。

 消えてしまい、再使用に再び詠唱が必要と考えるともう一度は難しいだろう。


 けれど望月ちゃんの背中からは自信を感じる。

 このまま勝負を決められるという、強い自信が。


 だが、ここからどうする。魔導士との戦闘の間で稼いだ時間で出せるのは中級魔法が限界。

 それではもう少し時間がかかる様に見えるが。


『……そういうことか』


 彼女の中に魔力が練り上がっていくのを感じ、俺は望月ちゃんの戦略を悟った。


 狭い空間で縦横無尽に襲い掛かるプラズマ・ウェーブを魔導士は魔法盾を展開して必死に防ぐ。

 そんな奴に、攻撃に出る余裕はない。


 プラズマ・ウェーブは狭いリング上を縦横無尽に跳ね返り続ける。

 敵に当たらない限り止まらない電撃は、魔導士の魔法の盾すらも跳ね返りの対象にしている。


 けれど俺のとは違い、望月ちゃんの実力では魔導士を倒しきる威力になる前に消えてしまう。

 だが、それでいい。望月ちゃんのこの一撃の役目は時間を稼ぐことなのだから。


 火柱に飲み込まれてボルト・ゼロで防いだ時から、彼女はずっと詠唱を続けている。

 今も自らが放ったプラズマ・ウェーブを避けながら、詠唱を辞める気配はない。


 それは長いと十分感じる程の時間が過ぎた、プラズマ・ウェーブが消えた後でも止まらなかった。

 これまでの、どの魔法よりも詠唱の時間が長いことは間違いない。


 魔導士は望月ちゃんが何をしようとしているのかに気づき、妨害しようと試みる。

 火柱に、岩の槍に、光の剣。その全てが、かつて俺が放ったことのある魔法。


 目の前で放たれた魔法をずっと見ていた望月ちゃんが、今更それに当たるわけがない。

 光の剣、プリズムソードを避けた瞬間に、ようやく詠唱は完成する。


 彼女がこれまで長い時間をかけて準備してきた魔法が。


「見ててね」


 それが他ならぬ俺に言われたものであると、本能的に受け入れた。

 望月ちゃんはリングに手をつき、魔導士をまっすぐに見つめ、叫ぶ。


「トール・ハンマー!!!」


 幾度も窮地を救ってきた俺の雷の上級魔法を。

 降るのは点ではなく面で落ちる雷。


 その威力も範囲も、俺のそれには遠く及ばない。

 しかも、組み上がる魔力は不安定だ。


 どれだけ時間をかけて詠唱をしても、望月ちゃんの本職はテイマーであって魔導士ではない。

 けれど彼女は俺と竜乃が倒したモンスター達の経験値で成長した。


 彼女自身の努力で、必死に成長してきた。

 俺たち三人の集大成、それを一言で表すなら望月理奈に他ならない。


 そんな彼女が放つ雷の魔法を、魔導士が防げるはずがない。

 奴がギリギリで頭上に展開した三枚の盾の魔法をまるで紙か何かのように破り、落ちる。


 ボルテックスよりも強い雷撃が、一発。

 魔導士のHPを全損させるのに十分な雷が、一発。


 轟音と砂ぼこりの広がるリング。そこに目を向けながら、頭上に現れた光の文字。


【勝者、挑戦者!】


 その表示と共に光の壁は消え、中に収まっていた煙が霧散していく。

 相手側に誰も居なくなったリングに飛び乗り、竜乃と一緒に望月ちゃんに殺到した。


「っ……」


 苦しそうな声を上げ、リングに座り込む望月ちゃん。

 すぐにその傍へと駆け寄って、目の前に伏した。


「……ありがとう」


 そういって俺の体にもたれかかってくる望月ちゃん。

 かなり呼吸は荒く、無理をしたようだ。


 彼女の本職はテイマーで、今のように魔法を連発することではないのだから当然だろう。


(本当……よく頑張ったよ)


 相手は中級の魔法がいくつか使えれば、テイマーならば突破可能だったのではないだろうか。

 おそらくはあのまま中級魔法で戦っていても勝利は収められたはずだ。


 それでも、わざわざ時間をかけて上級魔法を決めたのは彼女の思いなのだろう。

 自分はいつも俺を見ているという、そんな。


(温かすぎるだろ……)


 望月ちゃんを竜乃に任せ、俺は一人リングの中に残る。

 最愛の飼い主からの愛は受け取った。だから、すぐに終わらせて彼女を安心させる。


 今の俺を止められると思うなよ。

 向こう側からリングに上がってくる豪華な装飾をした剣士型のモンスターを、まっすぐに見つめた。


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