第83話 1対1の決闘
天国のような地獄のような日を乗り越えて、今日俺達は上層ボスの扉の前に居る。
いや、乗り越えたのは俺だけだったわ。
上層ボスの居るピラミッドに来るまで半日、ピラミッド攻略に残り半日を費やしたので、今日は日付も変わり万全の状態だ。
上層ボスは今の俺達からするとそこまで強敵ではないが、油断せず戦って勝利をおさめよう。
「じゃあ、行くよ」
以前のクイーン戦の時と比べてあまり緊張していない望月ちゃんが扉に手をかける。
あの時は時間に追われていたし、クイーンが強敵であることも知っていたのでガチガチになっていたが、今回は余裕が見受けられる。
“今回はさっくりやっちゃって!”
“リラックスしてていいね!”
“自然体が一番や”
“モッチー達の力見せてやれ”
コメント欄も激励のコメントで溢れている。
この期待を裏切るわけにはいかないな。
扉がゆっくりと開き、その奥が目に入る。
これまでのボス部屋と同じような広さの空間、壁にはピラミッド内部の壁と同じ材質が使われているようだ。
部屋中央には少しの段差を経て、戦闘を行う古代のリングのような場所が存在する。
そしてそのリングを囲むように、透明な光の壁も見受けられた。
「うー、ちょっと緊張するなぁ」
部屋の奥を見ながら望月ちゃんが唸る。
光の壁とリングを隔てた向こう側には、三体のモンスター。
それぞれが古代エジプトのファラオの仮面を被ったモンスターだ。
ちなみにあの仮面は現実世界では見受けられないものらしい。
同じような仮面を被ったモンスターが2体左右に立ち、その間には彼らよりもやや装飾が多い仮面や服を身に纏ったモンスターが仁王立ちしていた。
“1対1、頑張って!”
“虎太郎の旦那と竜乃の姉御は大丈夫だと思うけど、モッチーは行けるか……?”
“支援全般だったからなぁ……”
“でもレベルは十分足りてるはず、頑張れ!”
コメント欄では望月ちゃんを心配する声が多い。
彼らが今まで以上に望月ちゃんを心配しているのは、この上層ボスのギミックにある。
強さだけで考えれば、ここのボスはクイーンには及ばない。
クイーンを倒しているパーティからすれば、ここのボスを突破することは容易い筈だ。
けれどそれは、全員の実力がほぼ同じなパーティなら、という話だ。
ここのボス「達」はこちらの人数に合わせてその数を変えてくる。
四人パーティなら四体、五人パーティなら五体という形だ。
そして中央のリングで一人の冒険者と一体のモンスターが戦うことになる。
このとき、冒険者側も敵モンスター側も手出しは一切できない。
攻撃を加えることはおろか、支援魔法や回復魔法すらも弾いてしまうのだ。
つまり、篩い分けである。
ここはTier1ダンジョン。実力のないものは、ここから進む資格がないという事だ。
これまでのダンジョンで他者に頼り過ぎていた、要は寄生者や伸びしろがなくなった探索者を弾くのが目的だろう。
実際、優さんはTier2の下層で成長限界を迎えていたが、この階層で進むのを諦めた。
君島愛花のような上位探索者がパーティに居るだけでは突破できなかったのだ。
俺達の前方情報に光が集まり、文字を形作り始める。
いつかの暗黒城でも見たような光景だ。
【試練に挑む者達よ、一人選べ。敵は、高速の剣技を持つ古の使徒なり】
「高速の剣技を持つ……右のだね」
向こう側のこちらから見て一番右のモンスターは両手に剣を持っている。
美しい曲線を描き、宝石などの装飾がなされた剣だ。攻撃属性は間違いなく物理。
“まずは竜乃の姉御か”
“竜乃の姉御、やっちゃって下せえ!”
“ブレスでボッコボコにすんべ”
“余裕、余裕!”
“でもそうなるとモッチーは次か”
“これからだと思ってたけどここで少し時間が空くのか”
“モッチー、あんまり緊張するなよ!”
上層ボスの敵はこちらの職業で形を変える。
物理特化職なら今回のような双剣のモンスターや大剣モンスターが、魔法特化なら俺達から見て左に位置するような杖を持つモンスターだ。
なぜかテイマーだけはテイムモンスターとテイマーの2体分用意される。基本的に前線を張るテイムモンスターに対応する敵の方が強く、テイマーに対応する敵の方が弱い。
きちんとダンジョン側もテイマーの仕様は理解しているのか、リング内にテイマーの支援魔法は届かないものの声は届くし、敵の強さも控えめだ。
特にテイマーの相手をするモンスターは魔法使い系統の職業の場合よりも弱めに設定されている。
なぜテイマーだけこんな試合方式になっているのか分からないが、おそらくリング内で戦えるのが2人までとか、テイマーとテイムモンスターでそれぞれ違う能力を試したいとかそういう事なのだろうか。
この情報は事前に分かっていたので戦士系のモンスターを竜乃が、魔導士系のモンスターを望月ちゃんが、そして最後の1体を俺が担当することに決めていた。
初戦は、竜乃のようだ。
「竜乃ちゃん……頑張ってね!」
『えぇ、任せなさい。あっさりと終わらせてやるわ』
望月ちゃんの声援を受けて竜乃は小さく鳴いた。
ゆっくりと前に出て、光の壁の前で止まる。すると光の文字が形を変えた。
【挑むのは、この者で良いか?】
『ええ!』
【よろしい。聖なる竜の子よ、健闘を祈る】
聖なる竜の子、ねぇ。
表示されている文字を見るに、ここでは俺達を激励しているように見える。
これまで挑んできたダンジョンやこの先の中層を考えるとダンジョンは探索者をあざ笑っている気がしたのだが、ここだけは別なのだ。
それがどうも気持ち悪いというか、なんというか。
そんな事を思っているうちに竜乃は光の壁を越え、敵の双剣モンスターもリングの中へと気合を入れて入ってきた。
力強く羽ばたく竜乃とステップを踏む双剣士を見ていると、テレビで見た格闘技の試合を見ているようだ。
これから始まるのは、格闘技も真っ青な剣と魔法の戦いだが。
正直、竜乃に関しては全く心配していない。
以前の彼女ならともかく、クイーンとの戦いで覚醒した彼女の強さはここの中層でも十分通用するレベルだ。
こんなところで、相手に後れを取りはしないだろう。
リングの向こうから太い棒を手にした一体のモンスターが現れ、備え付けられた銅鑼の側へ。
勢いよく両手で振る構えをし、そして。
試合開始のゴングの音が、響き渡った。