第81話 頭脳プレイ?
“何の結果も……得られていません”
“今進捗何パーセント?”
“分かれば苦労しないけど、分かったら分かったで残酷な答えになりそう”
“明日までかかりそう”
“モッチーの目が死んでる!”
“竜乃の姉御と虎太郎の旦那も雰囲気めっちゃ暗い……”
“クーラーの効いた部屋で配信見てて、なんかごめん”
目の前に広がるのは俺達をあざ笑うような先の見えない迷宮の通路。
例え行く先がボスの元でなくても、その先には多数のモンスターが居るのは間違いない。
正直、上層のモンスターに後れを取るわけではないが、進んだ先が行き止まりなのは心に来るものがある。
進路変更の回数が10回を越えたあたりから、俺達の間の会話は完全になくなった。
「……はぁ」
深いため息が響き、そして。
「もういやぁ!!」
望月ちゃんの悲痛な叫びが、狭い通路に響き渡った。
“【悲報】モッチー壊れる“
“モッチーの華の女子高生なわけで、そりゃあこんな汗と砂まみれになったらそうなる”
“モッチーの汗……”
“普通の女の子ってTier2下層のように暗い場所に化け物みたいなやつが嫌いかと思ってたけど、モッチーはここなんだな”
“こんなところに置いてかれたら発狂する自信あるわ”
“叫びたくなる気持ち、分かります”
“乙女の天敵ですよね……“
先ほどまでいくつかの煽りが散見されたコメント欄も、今では同情のコメントが多めだ。
天井がくりぬかれた迷路なら、壁をよじ登って上からゴールを目指すような方法も取れるだろう。
だが地下の空間ではそれが出来ない。
仮に壁を破壊して進もうとしても、砂の大地の地下空間では崩落の危険性がある。
地上から地下に直接行く方法も昔考えたのだが、この地域の大地は特殊で、ある程度穴を掘るとそこから先は掘れなくなる。
つまり、俺達は頑張るしかない、という事になるわけで。
(……だーりぃ)
ここだけの話、一番ストレスが溜まっているのは誰かという話だが、間違いなく俺だ。
地下空洞は地上と違って日差しを受けないとはいえ、暑さはある。
地面に一番近いのは俺なので、直接熱を受ける形になるのだ。
さらに黒い毛並みには、めちゃくちゃ砂が入る。
砂をくりぬいて作られた通路を、恨みの籠った目で見つめた。
(……なんで俺、こんなことしてるんだ?)
自分から砂に突っ込んで、砂まみれになって。
大した経験値の足しにもならないモンスターを狩って。
嫌がる望月ちゃんを砂まみれにして。
竜乃の心を殺して。
(……結局、この地下迷宮が全部悪いんじゃん)
こんな先の見えない作業をずっとやり続けることに、強い怒りを感じる。
どうすれば終わらせることが出来るだろうか。
暑さでぼーっとする頭で考える。
(……頭回んねえや)
「こ、虎太郎君!?」
望月ちゃんと竜乃に被害が及ばないように土の上級魔法、ロックフォートレスで彼女達を護る。
それと同時に、事前に準備していた雷の中級魔法、ボルテックスを放った。
狭い通路に雷が落ちる。モンスターなど居ないので、効果はない。
けれど、少しだけすっきりした。
(……もう一発)
上級魔法は魔力消費が重いために、中級にしよう。
そう思い、続いて水の中級魔法、ウォーターフォールを放つ。
真上から奥に向けて一直線に天井が割れて滝が降り注ぐ。
地面へと落ちた水は衝撃で跳ね、俺の体を少し濡らした。
快感と冷たさで、すっきりした。
あぁ、気持ち良い
ストレス発散のため、続いてライトニングの魔法を複数回撃ち、さらに力を込めたプラズマ・ウェーブも放つ。
壁に跳ね返る青紫色の電流の軌道を見て思う。
(ちょっと面白いな……)
試しにもう一発。青紫色の電流は壁に跳ね返って奥へと進んでいく。
さらにもう一発、そういえばこんな光景を何かで見たことがある。学校の理科の教科書かなんかだったか。
昔のこと過ぎてもう覚えていないな。とりあえず、もう一発。気分が乗ってきたのでさらにもう一発。
もう一発、もう一発、もう一発、もう一発、もう一発。
…………。
「虎太郎君!? なにをしているの!? 虎太郎君!?」
(あ、やべ)
ふと我に返ると、通路の向こうへと沢山の電流が消えていくところだった。
体内の魔力が結構消費されているので、夢中で魔法を放ち続けていたのだろう。
先ほどまでは、頭に靄がかかっていたようだったが、今はすっきりとしている。
ロックフォートレスを解除すると、驚いた表情で辺りを見渡している望月ちゃんが中から出てきた。
『……あんた、ストレス解消に魔法連発してたでしょ』
『た、耐えられなかったんだ』
『ふーん。ま、刺激があったからいいけどね。じゃあ、ストレスも発散出来たところで進みましょうか。先は長いしね』
『……気持ち的には少しマシになったけど、終わりが見えないことに変わりは――』
少しだけ気持ちよくなったのだが、また単純作業に戻らなくてはならないということで気を少し落としたときだった。
急に天井から砂が落ちたかと思いきや、大きな揺れに見舞われる。
望月ちゃんを護るために彼女の近くによるが、揺れは一向に収まらない。
(地震……じゃない。この揺れ、どこかで……)
何やら覚えのある揺れを体感していると、不意に右の壁が崩れ始めた。
だがそれはこちらに被害が及ぶような砂崩ではなく、開いていくような動きだった。
砂が動き、壁に穴を作る。
次々とその奥の砂も崩れていき、斜め上方向に道が出来始める。
(ここの中ボスを倒したときと同じ? ……あ……ひょっとして……)
知っている地下迷宮の動きに、なんでと思っていたが、一つの答えに行きついた。
この地下迷宮は層のボス部屋と違い、扉などがあるわけではない。
ただ広大なだけで、やや広い空間に出る際に妨げになるものはないのだ。
ならそこで、壁に当たると無限に跳ね返るプラズマ・ウェーブを放てばどうなるか。
力を込めて何度も放った青紫の電流は跳ね返りながら威力を増していき、奥へと向かうだろう。
分かれ道ではその数だけ分裂し、進み続けるはずだ。
当然やや広い空間に出れば、埋め尽くすほど跳ね返り続ける電流がモンスターを倒すだろう。
そして一番奥へと向かったプラズマ・ウェーブはおそらく。
(中ボス……倒したんだろうなぁ……)
以前望月ちゃんにプラズマ・ウェーブを注意されたときよりも俺は強くなっている。
しかもこの階層の敵は俺からすればそこまで強くはなく、Tier2下層のように魔法に耐性があるわけではない。
そんな俺が、体内の魔力がかなり減ったと分かるくらいにはプラズマ・ウェーブを連打したのだから、おびただしい量の電流が中ボスに襲い掛かったはずだ。
(砂漠の女王、南無……)
会うことなく倒してしまった巨大なサソリに目を閉じて黙祷。
デカいので沢山電流に当たったことだろう。なんか、すまない。
「……えっと……これは……うーん」
地上へと続く通路を見上げながら、望月ちゃんは考え込む。
ロックフォートレスの中に居ても電流の音は聞こえる筈なので、俺が何かしたことは気づいているだろう。
“キミー:なんかよく分からないけど、中ボス倒したみたいだね”
“えぇ? どういうこと?”
“虎太郎の旦那が何かしたのか?”
“ロックフォートレスで見えなかったけど聞こえた電気の音……”
“プラズマ・ウェーブ使っただろ旦那ww”
“いや、他にもいくつかの魔法の音がしたから、色々使ったのか?”
“この状況を打開するために色んな魔法を試して、効果的なものを見つけたってこと?”
“え? 虎太郎の旦那めっちゃ頭良くない?”
手放しで褒めてくるコメント欄。
『状況を打開するために、色んな魔法を試した。なんて知的な旦那。頭いい。頼れる。流石旦那』
『やめてくれ……コメントを読まないでくれ』
ストレス解消目的で魔法を連発していたことに気づいている竜乃にコメントを読み上げられ、悶えそうになる。
色んな魔法を使ったのはスッキリするためで、プラズマ・ウェーブを連発したのは跳ね返る電流が気持ち良かったからなんです。
そんな頭脳プレーとかじゃないんです。
今ばかりは説明できない獣の身が歯がゆく思った。
×××
地上に鍵が出現していることは知っているので先陣を切って進みながら、なるべく配信ドローンと目を合わせないようにした。
地上は相変わらずの強い日差しでうんざりするが、今まで暗かった地下に居たことを考えると少しはマシだった。
ただ囲むように砂嵐の壁が生じていて、砂竜の墓場からは出られなくなっている。
あれはむしろ外からの侵入を妨げるのが目的だ。
砂竜の墓場中央に出現した台座にある鍵を取れば消えるのだから。
「あ! 鍵! 虎太郎君、本当に中ボス倒してくれたんだね、ありがとう!」
『え、ええ、どうってことないですよ……』
キラキラした目を向けてくる望月ちゃんと称賛コメントで溢れる配信ドローンから目を逸らして返事をする。
そこ、視界の端で笑いをこらえている白竜、覚えておくからな。
「これで上層ボスに挑めるね」
望月ちゃんの声を聞き、遠くに出現した光る鍵を見ながら思う。
(俺と竜乃は問題ない……望月ちゃんも、まあ先に戦ってもらえば問題はないか)
鍵は手に入れたので、その先にある上層ボス戦を考えて結論を下す。
この地下迷宮で多くのモンスターを倒し、望月ちゃんはさらに強くなっただろう。
砂竜の墓場に挑む前の段階でも問題はなかったと思うが。
(行くか、上層ボス)
初のTier1階層ボス挑戦。
久しぶりに快勝して、気持ちよく先に進むとしよう。