第78話 政府専属職員の神宮さん
あまり思い出したくない女襲来事件の翌日。
俺と竜乃がダンジョンで呼び出されたのは探索者用の簡易テントの中で、目の前には望月ちゃんが。
そしてその後ろには久しぶりに出会う優さんと、初めて出会う女性が立っていた。
「配信では何度も見ましたが、実際にこの目で見るのは初めてです。虎太郎君も竜乃ちゃんも、結構大きいんですね」
政府の職員の制服に身を包み、黒いウェーブのかかった長い髪。
切れ目の目元は凛々しいクールビューティさを演出している。
彼女は膝に手を置いて少しだけ前のめりになり、俺達と視線を合わせて微笑んだ。
「初めまして虎太郎君、竜乃ちゃん。望月さんの専属職員になった神宮です。よろしくね」
『『よろしく』』
竜乃と二人して返事をすると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「すごいですね。本当に私達の言葉が分かってるんですね」
「そうなんです。正確な意思疎通は出来ませんが、私達の言っていることは分かりますし、そのうち竜乃ちゃん達の言っていることも分かるようになりますよ」
「それは望月ちゃんだけなんじゃないかな。僕は全然分からないよ……」
結構長い付き合いなんだけどなぁ、とぼやいた優さん。
こっちの言いたいことは正確には伝わらないかもしれないけど、あなたがどんな人かはよく分かっていると軽く吠えておいた。
挨拶もそこそこに、三人は簡易テント内に設置されたテーブルと椅子に座る。
俺達はその脇で待機だ。けれど耳を澄まして、三人の会話は聞いておくとしよう。
「キミーという方が学生であることに驚きました。結構配信で主導権を握っていましたし、色々と情報に詳しそうだったので大人の方かと。……ちなみに君島優と名乗っていましたが、もしかして……」
「あ、はい。僕の姉は君島愛花です。以前は姉のパーティにも参加していました。Tier1の上層で離脱してしまいましたが……」
「確かに天元の華に所属していたならダンジョンには詳しいですよね。うーん、なるほど……そうなるとダンジョンでの情報のバックアップはこれまで通り優さんにお願いして、私は政府との橋渡し、および今後の相談などを中心に行いたいのですが、いかがでしょうか?」
「はい、それでいいと思います」
まずは優さんとの役割分担について決めたようだ。
とはいえ神宮さんの役割は新しく追加された部分がほとんどのようだが。
「では望月さん、今後の予定なのですが、もう東京のTier1ダンジョンに挑戦するという事でよろしいでしょうか?」
「はい……ただもう少しレベルを上げたいなと思っていますので、あと数日ここの奥でモンスターを狩ろうかなと」
昨日のような小さな事件もあるにはあったが、ここの奥深く、それこそボス部屋近くを探索していれば他の探索者に会うこともあまりないだろう。
それに、望月ちゃんのレベルを考えると入り口付近では効率が悪くなってしまう。
「了解しました。それではその間に次に挑むTier1ダンジョンの情報を提供しておきますね……あ、優さんに渡した方が良いでしょうか?」
「そうですね。僕に回してください」
「かしこまりました。ちなみにですが既にTier1ダンジョンに挑戦することは周知させていますので、いつでも挑戦は可能です。念のために挑む際には連絡だけ頂けるとありがたいです。……あとはTier1上層に関する情報も優さんがある程度持っていると思われますので、本格的に情報を提供して私の方から説明するのは中層からですかね」
「はい、お願いします」
どうやら神宮さんの中では俺達がTier1上層を突破するのはそうなるのが当然の流れのようだ。
実際、上層だけで考えるならここの下層よりも難易度は低いと考える探索者も居る。
今の俺達ならば、上層の突破は望月ちゃん以外は容易だろう。
「今のところはこのくらいですかね。あぁそうだ、政府側からイベントをする際に参加をお願いすることがあることだけご了承ください。直近でそういったイベントの予定はありませんが……その場合の報酬を振り込むのは以前と同じ口座で大丈夫ですか?」
「はい、構いません」
「……これはただの興味本位で聞くだけなのですが、お金の管理は望月さんが?」
「いえ、お母さんにお願いしています」
「そ、そうですよね。望月さんのような方の前例が居ないので気になってしまって、すみません」
安心したように微笑む神宮さん。
言われてみればお金に関してはどうしているのか気にしたことはなかったが、望月ちゃんはまだ未成年。
そりゃあ親御さんが預かっているに決まっている。
「配信の収益も同様に保護者様が?」
「はい、そうです」
「そうですか。それなら安心ですね。予定通りこの後挨拶に伺わせていただきますので、その際にお話しさせていただければと思います」
「……神宮さん、一つお願いがあるのですが」
話がまとまりそうなところで、優さんが呼び止めた。
やや深刻な声音に、俺の耳もピーンと立つ。
「その……できれば望月ちゃんのお母さんに望月ちゃんを甘やかさないように言って欲しいんです。僕からは何回か話したのですが……全然聞いてくれなくて……」
「ちょ、ちょっと優さん、辞めてください……」
「毎回毎回、君を止める僕の身にもなって欲しいんだけど……」
「うっ……す、すみません……」
恨めしそうな優さんの声。
望月ちゃんからは家族の事を聞いたことはなかったが、どんな人なのだろうか。
「……えっと、どういうことなのでしょうか?」
「望月ちゃんのお母さんはお金を管理はしているんですけど、望月ちゃんが欲しいって言うとすぐに渡しちゃうんです。持っているだけって感じですよ、あれ」
「……それが普通では?」
子供が何かを買いたいときに、自分のお年玉を親に預けていたから引き出すような感覚だろう。
俺も神宮さんの意見に賛成なのだが、優さんは溜息を吐いた。
「自分の欲求を満たすためだけに数百万もの大金を要求する望月ちゃんもどうかと思いますが、それを学生にポンッと渡すのも困りもので……。なんというか望月ちゃんのお母さんは望月ちゃん馬鹿と言いますか……まぁ、それも分からなくはないのですが」
望月ちゃんが俺達を愛してくれるように、望月ちゃんのお母さんは望月ちゃんに溢れんばかりの愛情を注いでいるという事だろうか。
そういった意味では、やはり母娘というか、血のつながりを感じられるというか。
「とにかく、少しお話をしてくれるだけでいいんです。お母さんの方で判断がつかなければ、万単位のお金を要求されたときに僕か神宮さんに確認するだけでもいいんです。今は事前に気づいて止められていますけど、いつ何が起こるのか分からないので」
「……それは確かに危険ですね」
優さんの言いたいことが伝わったのか、神宮さんは慎重な声で返した。
「うぅ……私の竜乃ちゃん虎太郎君資金が……」
「使っちゃいけないとは言ってないし、適正な価格に修正してるだけだから……どっちかというと感謝して欲しいくらいなんだけどなぁ」
「はい……」
しょんぼりとした望月ちゃんの声。
でも俺達のためにそんな大金は使わないでいいと心から思います。
「それではその件も含めてお母様にご挨拶しに行きましょうか」
「はい……あ、事前に今日職員の人が来ることは伝えてあるので、今から行くと連絡入れますね」
「お願いします……っと」
何かを思い出したかのような声を出して、神宮さんは視線を俺達に向けた。
「ごめんね二人とも、今日は望月さんお借りするね。今日だけだから、明日からは探索頑張ってね」
テイムモンスターではなく、まるで人間に向けたような言葉に心が温かくなる。
この人は、俺達を竜乃や虎太郎といった個体として見てくれている。
『ああ』
『ええ』
二人して返事をすれば、神宮さんはにっこりと微笑んだ。
望月ちゃんや優さんと同じ、笑顔だった。