第77話 テイマーとしての差
ダンジョンは広大だが、同じ層の中でモンスターがランダムに出現するわけではない。
どのダンジョンの層であっても入口に近い程弱いモンスターが登場し、ボス部屋に近づけば近づくほどに強くなっていく。
俺達はあの女達を連れて、下層を少し奥へと進んだ。
位置的には、ダーク・ナイトクラスのモンスターが出現し始めるくらいだ。
“懐かしい景色”
“片っ端から出会うモンスターを倒していたのはいい思い出”
“一騎当千の強さを思い出すなぁ”
“今となっては強化された竜乃の姉御も居るから無敵だぜ”
「こ、こんなに進んでも堂々としているなんて、本当に望月さんはお強いんですね……」
奥に進むことを提案した女は、戸惑っているようだ。
見せてくれって言ったのはお前なんだけどなぁ……
‘大丈夫? ここ来たことないよね?’
‘望月さんが居るから大丈夫’
‘望月さん、お願いします!’
‘姫様、ここに来るの初めてなんです!’
(おい……来るの初めてなのかよ……)
思い出してみれば、俺がこの姿になるときには中層ボスに挑むところだったはずだ。
あの後中層ボスを倒して下層に来ても、探索とレベリングを考えるとこの進行度が限界だろう。
『あら、珍しいわね』
竜乃の言葉に前を向けば、目の前には騎兵。
黒い馬に漆黒の甲冑、闇の体を持つダーク・ナイトが一体。
これまで集団の中の一体として出てくることが主だったので、竜乃は珍しいと言ったのだろう。
「ひっ……なに……あれ……」
「だ、ダーク・ナイトだ……ダーク・ソルジャーの上位種ですよ」
「ぜ、全然違うじゃない……」
背後からダーク・ナイトの威圧感に圧される女たちの声が聞こえてくる。
(……っていうか、下層のモンスターの情報くらい調べておけよ)
言葉を聞くにパーティを組んでいる男たちに情報は調べさせ、細かいことは聞いていないのではないだろうか。
探索者としては落第も甚だしい。
『一体だし……私がやるでいいわよね?』
『あぁ、構わないぞ』
後ろのパーティには呆れかえるしかないが、こっちのパーティには頼もしいお姉さんがいる。
一体のダーク・ナイトくらいならば、竜乃一人でお釣りがくるだろう。
敵は彼女に任せ、配信のコメントに目を向ける。
“キター、竜乃の姉御の独壇場やー!”
“格の違いを見せてやれ”
“ダーク・ナイトみたいな雑魚、やっちゃってくださいよ姉御”
“へっへっへっ、姉御なら楽勝っすよ”
“姉御に勝てるやつなんざ、いやしませんよ”
(……なんなの、その三下ムーブ)
少し前から俺に対してやけに下に出た発言はあったが、最近は竜乃にもそういった発言が増えている。
まあ配信特有の雰囲気という奴だろう。望月ちゃんの配信の色と考えればいいかもしれない。
そんなことを考えている間にも、竜乃はダーク・ナイトを蒼い炎で燃やしていく。
離れた位置、かつ空からの襲撃で敵の体に火をつけ、器用にランスでの攻撃を避けている。
この下層に来た時ならともかく、今となっては竜乃の動きに危うさはない。
適切な距離を取り続け、蒼い炎で敵のHPを削っていくのは慣れたものだろう。
結局、竜乃は一撃もダーク・ナイトから受けることなく勝利した。
敵が複数であっても攻撃を受けることが稀なのだから、単体相手に苦戦するはずがない。
ダーク・ナイトが消滅するのを見届けてから、俺は首を動かして背後を見た。
後ろで見ていた女たちは竜乃戦いを見て、次元が違うと思ったのか言葉を失っているようだ。
(……参考になってないとは思うけど、十分見せただろ)
ダーク・ソルジャーにダーク・ナイト。これだけ倒せば十分なはずだ。
「あの……これでいいですか?」
望月ちゃんも同じことを思ったようで、振り返って女に声をかけた。
「え? あ、ああ……ありがとうございます。そ、その……最後に探索者としての心意気みたいなやつを教えてもらえますか?」
「心意気……ですか?」
女の言うことがよく理解できないのか、望月ちゃんは聞き返す。
これまで言葉に詰まっていたのに、急に女は饒舌になって話し始めた。
「はい、私はテイマーとして戦うのはもちろんですが、敵のモンスターや仲間にも敬意を払っています」
「敵のモンスター、にも?」
(……? なにを言いたいんだ?)
不思議に思う俺達を他所に、女は話を続ける。
「はい。流石にさっきみたいな怖いモンスターはどうかと思いますが、可愛らしいモンスターならなるべく傷つけたくないと思います」
(……あぁ、そういうことか)
これがこの女お得意の方法であることを理解し、すーっと俺の体の芯が冷たくなる。
こいつは望月ちゃんとの違いを見つけようとしているのだ。
実力では俺達に勝てない。
だからこそ慈愛の心を見せつけることで望月ちゃんにテイマーとしての心意気だけは勝っていると思いたいのか。
‘これ、聞きたかった’
‘最強テイマーの望月さんが何を考えてダンジョン探索しているのか気になる’
‘大きな志とかあるのかな’
‘流石にあるやろ’
いや、配信を見ている視聴者達にそこだけは勝っていると思わせたいのか。
(だるいな……)
正直に思ったことを内心で呟いたその瞬間。
「モンスターを、傷つけたくない?」
いつもと変わらない望月ちゃんの声が響いた。
「え? は、はい。敵とはいえ、可愛い子もいるじゃないですか」
「そうですかね?」
「…………」
望月ちゃんの返事に、苦い表情をする女。
「だ、だって望月さんのテイムモンスターも元はモンスターじゃないですか。だ、だから……」
「でも敵のモンスターは竜乃ちゃんでも虎太郎君でもありません」
「え、えっと……その……」
口ごもる女の様子を見て、望月ちゃんは「あぁ」と呟いた。
「あなたは博愛主義者なんですね。ごめんなさい、私は竜乃ちゃんと虎太郎君以外どうでもいいです」
「……自分達だけ良ければいい、ということですか?」
やや低い声で聞く女。その声音には、糾弾するかのような色が混じっていた。
しかし望月ちゃんは首を横に振る。
「いえ、竜乃ちゃんと虎太郎君だけ良ければいいです。私も含めて他は正直、どうでも……」
「…………」
望月ちゃんの本音に、黙り込んでしまう女。
“で、出たー! モッチー理論!”
“竜乃の姉御と虎太郎の旦那を語らせたら右に出る者はいない”
“右に出たい者もいない”
“心意気なんて高尚なものはないんよ。単純に竜乃虎太郎キチってだけなんよ”
“自分の子のために他全てを切り捨てる勢いの女”
いつもの調子の望月ちゃんにコメントも盛り上がっている。
予想と違うことを言われて返答に困っている女に対して、うちの飼い主はいつも通りの様子だ。
「あ、そう言えば心意気でしたっけ。簡単ですよ、自分のテイムモンスターを愛せばいいんです」
「……は?」
堂々と宣言する望月ちゃん。
彼女は両手を広げ、まるで演説するかのような様子で女に近づく。
「簡単です、自分のテイムモンスターの事だけを考えるんです。どうすれば竜乃ちゃんと虎太郎君が強くなれるのか、どうすれば二人が活躍できるのか、どうすれば皆に知ってもらえるのか、寝てる時以外ずっと、ずっと考えるんです」
「…………」
一歩、近づく。
後ろから見ているだけだが、なぜかその姿がヤバい宗教団体のシスターのように映った。
「全ての時間を使います。ダンジョンの勉強もしますし、二人に関する情報もしっかりとまとめます。その日その日で変わってきますからね」
「…………」
また一歩、近づく。
「自分の配信を見返して、二人の雄姿を目に焼き付けます。そういった意味では、まるで親のような感じかもしれません」
「…………」
触れられるほど近づき、まっすぐに視線を交差させる女と望月ちゃん。
俺からは望月ちゃんの表情は見えないが、女が一歩後ずさった。
「捧げます。全てを」
「…………」
何も言わないままに視線を逸らして、そして。
「きょ、今日はありがとうございました。と、とても参考になりました。私達は……これで」
「送らなくて大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。入口の方に向かうだけなら、モンスターからは逃げればいいので……」
「そうですか」
「で、では私達は失礼します……」
“姫様おつかれー”
“これ以上進むと危ないからねぇ”
“あーあ、モッチーがキチるからドン引きしちゃった”
“確かに初対面であの狂気は引くわ”
“まあでもモッチーの事はよく分かったと思うし、これからに生かせるやろ”
“姫様も優秀なテイマーだしな”
配信のコメントに後押しされ、逃げるかのように去っていく女を見ながら思う。
視聴者達は思いもしないだろうが、あの女はもう俺達の前に現れないだろう。
俺達の潜るダンジョンが変わるという事もある。
だがそれ以上にあの女は望月ちゃんに負けたようなものだ。
実力だけでなく、心意気もあの女は望月ちゃんに勝てなかった。
望月ちゃん自身も視聴者も、あの女が心意気だけでも望月ちゃんに勝とうとしていることは気づかなかった。
本当の狙いに気づかせることなく、少しでも望月ちゃんを陥れようとした。
性格は最悪だが、手腕は見事と言える。
だが結果は負け。
人知れず戦いを挑み、敵と認識した相手にも悟らせることなく、敗北した。
これ以上ない惨めさがあの女の中には芽生えているのではないだろうか。
負けたことを自分の視聴者に知られなかったという事だけは不幸中の幸いかもしれないが。
(もう、会うこともないだろうな)
小さくなっていく背中を見送りながら、視線をゆっくりと外す。
視界から外してしまえば、もうあの女の事など全く気にならなくなっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
因縁の相手との決着を迎え、虎太郎達はTier1ダンジョンに向かいます!今後もお楽しみに!
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