第76話 格の違いを、見せつけろ
“なんでこんなことになってるんだっけかー?”
“まあ、見学したいっていうだけなら……”
“しゃーないな。モッチーの凄さ見せたるわ”
“後方視聴者面”
“謎の上から目線”
“雑魚に時間を割くモッチーは神”
“つーか今更だけど、モッチーって他のテイマーにとって参考になるのか?”
“なる……のかぁ?”
“なるにきまって……うーん?”
“ならなさそう”
俺達が前方を歩き、その少し後ろからあの女達が着いてくる。
望月ちゃんの最初の要望通り、ある程度の距離を取っているようだ。
向こうの配信でも様々なコメントが流れている。
‘なんでこの人姫様のこと知らないの?’
‘姫様が迷惑をかけて、本当にすみません’
‘ありがとうございます! 参考にさせてもらいます!’
‘あの望月さんの探索を間近で見れるのは熱い’
‘どうせ探索しすぎて他の事に興味ないんでしょ。配信者失格だろ’
‘おい、あんまり他の配信者に迷惑かけるなよ。そういうルールだろ’
望月ちゃんに感謝する人や、楽しみにしていた人、一方で文句を言うような人も居る。
配信中にいきなり他の配信者と行動を共にすればこうなるかと思った。
「あ、来ましたね」
おっと、そんなことを考えていたらモンスターだ。目の前にはダーク・ソルジャーが4体。
今の俺達にとってみれば、他愛ない相手だ。
「だ、ダーク・ソルジャーですね。下層での普通のモンスターですけど、私達だと強敵です。お、お願いします! 望月さんの力でさっくり倒しちゃってください!」
なんだかなぁ……。
チラリと女の様子を観察して思う。
どうもこの女の言動の裏を考えてしまう。
例えば今の発言も、必要以上に望月ちゃんを持ち上げているような気がするのだ。
それで実際に望月ちゃんの実力を見て、大したことないというニュアンスの伝え方をしたいかのような。
……流石に考えすぎか。
人は嫌いな人の事を考えるときにその人の欠点ばかりを考えるという。
おそらく今回の俺の考えもその延長線上の考えなのだろう。
そう思ったところで一番前を飛んでいた竜乃が口を開き、蒼い炎を吐いた。
一直線に進むそれはダーク・ソルジャーに直撃し、見た目以上の大ダメージを与える。
相手のHPを永続的に削り続け、そして0にした。
結果、ダーク・ソルジャー(剣)は近づくことすらできないまま消滅する。
「……え?」
驚いて唖然とする女を他所に、竜乃はブレスを中断させて再び息を吸う。
次の狙いは、奥に居る2体のダーク・ソルジャー(弓)か。
ダーク・テイマーやダーク・ナイトといった上位種ならともかく、ダーク・ソルジャー程度ならば苦戦することはもうない。
火を吐こうとする竜乃に目を向けた瞬間に、視線が交差した。
蒼い炎を吐きながら竜乃は訴えてくる。
……やるしかないようだ。
正直乗り気ではないが、竜乃がダーク・ソルジャー(弓)を相手にしてくれるので、残りはダーク・ソルジャー(槍)のみ。
働かないと竜乃お姉さんに怒られてしまう。
(あんまり戦いたくないんだよなぁ……これがダーク系統相手でなければ……)
そんな事を思いながら、前へ進み出て槍兵に突撃する。
風魔法で追い風を起こさせて、すばやく間合いへ。
紫電でコーディングした爪で、敵を一回、二回と斬り裂いてHPを削りきる。
俺が乗り気じゃない理由は、自分でも子供じみた理由だとは思う。
竜乃が一撃で倒せる相手に、俺は二撃必要だからだ。
戦う相手が悪いというのは分かっている。
魔法で倒すなら必要以上に強大な魔法を使わなければならない。
触れることはできないために、どうしても物理攻撃の威力は下がる。
対して竜乃の蒼い炎はダーク系モンスターに対して特攻を持っている。
今の俺達にとって下層のモンスターは竜乃が相性が良く、俺が悪い。
でも、なんか負けた気になるから嫌じゃないですかー!
……こうなると早くTier1ダンジョンに向かいたくなる。
Tier1ダンジョンにはダーク系統の敵は今のところ確認されていない。
ここまで相性が悪い敵と戦うこともないだろう。
そこまで考えて、首を横に振った。望月ちゃんのレベリングを待たずに行くわけにはいかない。
「な、なにこれ……」
声を聞いて振り返ると、あの女が体を震わせて俺達を見ていた。
自分で言うのもなんだが、俺達の戦いが参考になるとはあまり思えない。
「……化け物じゃない」
普通の人間以上に耳が良い俺は、その言葉を聞いてむっとした。
自分が化け物の体を持っているという事には納得しているけれど、それをこの女に言われるのは腹が立った。
嫌なモノを見た。と思い、視線をずらした先には望月ちゃんの配信ドローン。
コメントはいつもよりも速いペースで流れている。
“どやぁ”
“竜乃の姉御と虎太郎の旦那のモンスター蹂躙教室”
“結局モッチーが最強なんよね”
“こうなるにはどうすればいいかって? 蒼い炎を口から吐いて、紫の電気を自在に操ればいいんだよ”
“あ、やっぱり参考にならないっすこれ”
“姫様ポカーンやんww”
“( ゜Д゜) ←まさにこれ”
皆さん楽しそうっすね。俺と変わって欲しいっすよ。
そんな事を思いながら、念のためにあの女の配信ドローンの方にも目を向けてみた。
‘これが……望月さん’
‘虎太郎の旦那と竜乃の姉御って言われるのがよく分かる……’
‘こんなの、そもそも格が違うじゃないか’
‘あ、虎太郎君カメラ見てる。やっぱりカッコいい’
‘虎太郎くーん!’
‘凛々しい! カッコいい!’
コメントを見て、すぐに目を背けた。別に気恥ずかしくなったからではない。断じてない。
……俺達の戦いに驚いているコメントが多かったなという印象だ。
でも無理もないだろう。
蒼い炎を出してTier2ダンジョン下層を蹂躙する白いドラゴンと紫の電流で同じく蹂躙する黒い獣。
そしてそれら2体をテイムしているシークレットスキル持ちのテイマーを見た日には、かつての探索者の俺でも同じ感想を抱くはずだ。
強さに胡坐をかいてはいけないとは思うけれど、ちょっと鼻高くなっちゃうのも仕方ないよね。
『正直、下層モンスターくらいだと物足りなくなってきたわね。もう一度、クイーンいっとく?』
いやいや竜乃さんや、倒したボスをまた倒しても経験値もボス報酬も貰えないんですよ。
え、本音? 鼻ボキボキにされたことを思い出すので嫌です。
苦い顔をしていると、思いが伝わったのか冗談よ、と竜乃に苦笑いをされた。
遠い目をしていたために、彼女もクイーンに挑むのは絶対に嫌みたいだ。
「あ、ありがとうございます、参考になりました! も、もしよければもう少しだけいいですか? も、もう少しだけ強いモンスターとの戦いも見せて頂けたらなーと」
苦笑いしながら、女は望月ちゃんにお伺いを立ててくる。
(参考になったって、本気か? さっきの発言を見るにそうは思えなかったが)
「……探索することに変わりはありませんし、いいですけど……危険にはなりますよ?」
「だ、大丈夫です! 探索者なんですから危険は覚悟の上です! そ、それに見てるだけですから!」
「……念のためあまり奥には行きませんからね」
特に断る理由もないために、望月ちゃんは渋々ながら承諾した。
望月ちゃんの言う通り、下層を探索することに変わりはないのだが一言、言わせてほしい。
まだついてくるんですかぁ?