表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/214

第75話 強くなりすぎて、どうでもよくなったってこと

 怒りで真っ赤に染まる視界。前脚に力が入り、女に飛び掛かりそうになる。

 奴の息の根を止める為に体を前に出そうとした瞬間。


「こんにちは。探索頑張ってくださいね」


 背後から、望月ちゃんの声が聞こえて我に返る。


(そうだ……俺は今望月ちゃんのテイムモンスターだ。思うところはあるけれど、ここで飛び掛かってはいけない)


 この女に対する怒りはあるものの、望月ちゃんに対する気持ちの方が上回った。

 長い時間が経って、怒りの火が小さくなったという事かもしれない。


 ふと、目の前の女を見て望月ちゃんが何かに気づいた。


「あれ? あなたも配信者なんですか? 配信頑張ってくださいね」


「……は?」


 望月ちゃんの発言に、目を見開く女。

 その間抜けな表情に笑いそうになってしまう。


 というか、それもそうだが……


 チラリと望月ちゃんに視線を向けると、彼女はいつも通りの笑顔だった。

 俺のように怒りを感じているわけでもなく、自然体だ。


「うそ……姫のこと……知らないの?」


 女は狼狽えながらなんとか言葉を紡ぐ。

 この女、姫宮姫乃は企業所属のダンチューバーであり、有名配信者だ。


 ただ、おそらく望月ちゃんは。


「そうなんですか? すみません、他の人の配信はほとんど見ないので……」


「え、えっと、○○所属の姫宮姫乃って聞いたことない?」


「えっと……その……すみません」


 望月ちゃんは本当にこの女の事を知らないようだ。

 なにせこれまでの時間をほとんど俺達に使ってくれていたくらいである。


 他の事に時間を割いていなかったのではないだろうか。


「……そ、そう……ですか……は、はは……」


 女は望月ちゃんが嘘をついていないことが分かったのか、乾いた笑みを浮かべるしかないようだ。

 先ほどまでフレンドリーな感じだった口調も、敬語調に戻っている。


 女の後ろにいるパーティメンバーの男性達も、どうしようという顔をしていた。


“モッチーの興味は人間には向いてないから……”

“ダンジョン関連でモッチーが認識してる人間ってマジでキミーパイセンだけなんじゃ?”

“雑談配信で明らかになった、人間関係が酷い女”

"たまーに他の探索者に出会っても挨拶で終わりだからなぁ"

“一応姫様も有名な配信者ではあるのだが……”

“うちのモッチーがすみません”


 配信のコメント欄も望月ちゃんについて言及している部分が多い。

 女の方でも配信をしているのか、向こうの配信ドローンでは女の事を知らない望月ちゃんに驚く視聴者達のコメントが流れていた。


 じっと向こうのコメントを見るに、俺達と出会ったのは本当に偶然らしい。

 あと望月さん、望月さん、と流れているのを見ると普段はモッチーと呼ばれているので不思議な感じだった。


「あ、あの! わ、私もモンスターテイマーなんです!」


「あ、そうなんですね」


 鷹型のモンスターを見せつけるようにする女に対して、望月ちゃんはあっさりと返答する。

 女の腕に止まる鷹は、最後に見た時と同じく目に光が宿っていなかった。


『……ちょっと、虎太郎』


『……あんまり触れてやるな』


 竜乃が声をかけてくるが、制止した。

 俺達の会話を聞いても全く反応しないことから、あの鷹は心が死んでしまっているのではないかとさえ思った。


 心のないロボットを見ているような、そんな気分だ。


「そ、その……これも何かの縁ですし、良ければパーティを組みませんか!? きゅ、急で申し訳ないのですが……」


 こいつ、何言ってるんだ?


 それが俺の正直な感想だった。

 ダンジョンで出会った探索者とパーティを組むことがないわけではないが、それにしても、ある程度共に探索をしてからが普通だ。


 こんな風に初対面で提案してくるなど、普通ではない。

 ただよく見てみると女は混乱しているようで、焦っているようにも見受けられる。


 向こう側のコメント欄でも女の言葉に疑問を呈したり、止めている視聴者が多い。


「……ごめんなさい、私達近いうちにTier1ダンジョンに向かってしまいますので」


「あ……その……えっと……」


 正論を真正面から浴びせられ、言葉に詰まる女。

 望月ちゃんとこの女では、すでに居るステージが違う。


 パーティを組もうなんておこがましいんだよ、この阿婆擦れ!!


 おっと、言葉が悪くなってしまった。いけないいけない。

 俺は天使望月エルの飼い獣。おとなしい獣なのである。


 決して望月ちゃんの言動でちょっとすっきりしているからおとなしいわけではないのだ。


「あの……もういいですか? 探索を再開したいので」


「えっと……その……えっと……」


 望月ちゃんは別にこの女の事を嫌っているわけではない。

 至極当然のことを言っているだけだ。対応も他の人の場合と変わらないだろう。


 けれど俺の目からすると塩対応のように思える。

 今までの優さんや俺達に対する態度から考えると、差がありすぎるからだ。


“姫様も頑張って下せえ”

“お疲れ様やで”

“パーティは組めないけど、モッチーというテイマー界の希望に出会えたからええやろ”

“俺もモッチーに会いたい”


 けれど、コメント欄には望月ちゃんの態度に言及したものはなかった。

 俺だけが感じているのかと思ったが。


『……理奈って、私たち以外だとこんな感じなのね。政府の職員と話したときからなんとなく分かってたけど』


 どうやら竜乃も同じようなことを感じていたらしい。

 まぁ、この女に対してはこの対応で全然良いけど。


 女に視線を向けてみても、もう怒りの感情は湧き出てこなかった。

 この状況が既に、望月ちゃんが女を精神的にボッコボコにしているようなものだから。


 むしろ気分がいい。うちの飼い主最高かよ。


 これはあれだ。きっと俺達が成長しすぎて、この女に対して感じることがなくなったのだ。

 強さも人気も、何もかもこの女を越えてしまった。


 どうでもよくなってしまった、というやつか。

 人知れず自分の気持ちに納得していると、女がばっと顔を上げた。


「あ、あの! まだ探索するんですよね? それならついていってもいいですか!? 望月さんの戦いを見て、同じテイマーとして参考にしたいんです。よろしくお願いします!」


 もっともなことを言って、深く深く頭を下げてきた。

 うわっ、めんどくさっ。


 内心で「えー」という声を出す。

 個人的には全然乗り気ではないのだが、望月ちゃんはどうだろうか。


「うーん、別に構いませんけど……」


 え、構わないの? めっちゃ嫌なんだけど。


 俺はそう思ってしまうが、女をどうとも思っていない望月ちゃんは受け入れた。

 けれど、なぜかチラチラと視線を女の背後に向けている。


「ただ……あまり近づかないでくださいね? 危ないので」


「は、はい!」


 こうして、女達を引き連れての下層探索が始まってしまった。

 本当にめんどくさいと思っているので、早く終わるのを祈るばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ