表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/214

第73話 政府広報部、神宮恵の転機

 その日、政府広報部所属の神宮恵は朝から本部長に呼び出されていた。


「……何言われるんだろ」


 まだ登りきっていない日の射しこむ廊下を歩きながら、考える。

 つい先日行われた第8回JDC大会での解説は特に問題なかった筈だ。


 発言にも気を付けていたし、探索者に対しても心からの敬意を払って解説をした。

 SNSで確認してみても、公式配信が炎上しているということはなかった。


 普段の勤務態度を思い返してみても、本部長から呼び出されるほど悪いとは思えないのだが。


 本部長室前に到着し、茶色の扉を見つめる。

 頭の中で自分は悪い事をしていないと結論付けた神宮は、それでもやや緊張しながら扉をノックした。


 すぐに中から「入りなさい」という声が響き、扉を開ける。

 部屋の奥には、穏やかな笑みを浮かべた白髪交じりの男性が座っていた。


 彼は立ち上がり、黒いソファーを手で指し示す。

 機嫌は悪いようには思えなかった。


「失礼します」


 神宮はそう告げると彼の向かいに腰を下ろした。


「急に呼び出してすまないね。まずはJDC大会の解説ご苦労様。今回も素晴らしかったよ」


「ありがとうございます」


「君を呼んだ件についてなのだが……望月さんのことでね。知っての通り、彼女に専属職員をつける話は前々からあったのだが、それを君にお願いできないかと考えているんだ」


「私に……ですか?」


 大会の解説をしていたので、望月については神宮はよく知っている。

 公式配信の中でも言った通り、個人的に彼女の配信を見ていたくらいだ。


 だから望月の専属職員になるのは願ってもない事ではある。

 ただ、神宮の中には一つだけ疑問点があった。


「ですが、望月さんの専属は後藤さんがやる筈だったのでは?」


 後藤春樹。東京ダンジョンをよく知る政府職員の一人だ。

 他にも数人の探索者を専属している腕利きで、内部では彼がやると決定したという噂があったが。


「……うむ、そのつもりだったんだが、望月さんから断られてしまってね。条件を聞くと女性の職員が良いらしいんだ。確かによくよく考えてみれば、いくらわずかな間しか接さないとはいえ望月さんは女性で、しかも年若い。男性を専属に付けるのは間違いだったかもしれないとこちらで判断したんだ」


「……はぁ。後藤さんは女性探索者からも人気があったと記憶していますが」


 実際、後藤は神宮の目から見ても好みのタイプではないがイケメンで、彼の担当になった探索者の中には熱心なファンも居ると聞く。


 そう思って軽い気持ちで返したのだが、本部長は難しい顔をして首を横に振った。


「後藤に関する情報を提示する案も出たのだが、却下となった。ここだけの話なのだが、私達は望月さんの要望を基本的に叶えるつもりでいる。だから彼女が女性が良いと望むなら、女性の職員を用意するべきだ。さらにその中で望月さんが拒否反応を示さなさそうな女性として考えると、君に白羽の矢が立ったのだ」


「……な、なるほど」


 神宮は本部長の話を聞いて、なんとなく状況を理解した。

 東京本部からしてみれば、望月という探索者の価値は計り知れないという事なのだろう。


 世間的にも、彼女は有名になり過ぎた。

 だからこそ、ほんの僅かでも顰蹙を買わないように慎重に立ち回っているようだ。


「神宮くんは今でこそ広報だが、以前はTier1ダンジョン探索者の専属職員をしていただろう? その探索者達も中層まで潜っていたとか」


「はい、そうですね」


 ほんの一年ほど前だが、神宮も一つの探索者パーティを専属として支援していた。

 残念ながらその後広報部に異動となってしまったものの、経験はもちろんある。


「君さえよければ、すぐに異動となり、望月さんの支援を行ってもらいたい。

 しばらくは引継ぎの問題もあるために広報部の仕事もしながらとなるが……どうだろうか?」


「JDCの配信も終わって直近では大きなイベントもないですし、私は構いません」


 正直に気持ちを述べると、本部長は安心したように「そうかそうか」と言って微笑んだ。

 一息ついた後に、彼はやや前かがみになり、手を組んだ。


「ありがとう、感謝するよ。ここからは望月さんの専属になった神宮くんへのお話だ。

 私達東京本部が京都支部に大きく遅れていることは知っているね?」


「はい、政府としても探索者界隈として見ても、西の方が進んでいるというのが本部内での共通認識かと」


「あぁ、そうだ。私達は……というよりも皆気づいていると思うのだが、その原因……いや、この言い方は良くないな……西側を進めたのは、間違いなく氷堂さんだ」


「……そうですね」


 現日本探索者レベルランキング1位、氷堂心愛。

 18歳でダンジョンに初挑戦し、その後わずか3年という短い期間でTier1ダンジョンの深層まで開拓した規格外。


 その後今に至るまでの1年は深層で停滞しているものの、彼女のお陰で京都のTier1ダンジョンが開拓され、西の探索者のレベルを大幅に上げたのは事実だ。


 神宮は直接会ったことはないが、以前たまたま出会った職員に話を聞いたところ、理解の範疇を越えた探索者だという。

 凄いなという感想しか出てこなかったが、世界には彼女を越える探索者が数人いる事実を再認識して閉口した。


(ここで氷堂さんについて出すという事は、つまり……)


「私達は、望月さんがいずれ、東の氷堂さんのような立ち位置になると思っている」


 神宮の予想通り、本部長は言った。

 じっと神宮を見つめる目には、探るようなものもある。


「君はどう思う? 今の望月さんを見て、思っていることを正直に教えてくれ」


「……まず結論から述べると、本部長と意見は同じです。彼女は東に革命を起こす人材だと……そう思います」


 望月が他の探索者とは違うことは一目瞭然だ。

 神宮自身、その思いに嘘はない。だが言葉に出してみると、少しだけ違和を感じた。


「望月さんのテイマーとしての力は、ずば抜けています。支援能力に関してはピカイチでしょう。シークレットスキルも所持しているようですし。竜乃ちゃんに関しては今まで力不足の点も見受けられましたが、Tier2下層ボスとの戦いで覚醒したために評価が大きく変わると思います。正確な評価はどうなるか分かりませんが、すでに私の中では強力なテイムモンスターの一体です」


 望月に竜乃、一人の少女と一体の白竜を思い起こしながらゆっくりと説明する。

 その間、本部長もうんうんと首を縦に振っていた。


「……そして虎太郎君ですが、おそらく彼がこのパーティのキーマンです。今回のダンジョンの下層は相性が悪かったにもかかわらず、あそこまで戦い抜きました。クイーンの動きが変わるというこれまでにないイレギュラーで圧倒されましたが、もしもあれがなければ準備をしていた虎太郎君が逆に圧倒したはずです」


「ふむ……ふむ」


 神宮が説明を終えると、本部長は納得したように何度も頷き、しばらくしてから口を開いた。


「ふむ……君の考えはよく分かった。望月さんに対してどのように評価しているのかもね。試して悪かったが、これは望月さんの専属職員になる念のためのテストのようなものでね。君なら問題は無さそうだ」


「ご心配なく……なんとなくそんな気はしていましたし、私の嘘偽りない考えに違いはありません」


「ふむ……それでは神宮くんをこれより私直属とし、望月さんの支援を行うことをメインの業務としてもらう。頼むよ、神宮くん」


「はい! お任せください!」


 本部長直属の特別な配属になるとは思わなかったが、神宮は元気よく返事をして頭を下げた。


「ふむ……辞令は近いうちに出るだろう。望月さんの件だが、連絡先を共有するので近いうちに顔合わせを行ってくれ。彼女とのやり取りに関して私から何か指示を出すことはないが、くれぐれも望月さんの気分を害さない様にだけ気を付けてくれ。あと、逆に何かあれば遠慮なく伝えてくれ。私の出来る範囲で助けとなろう」


「は、はい、ありがとうございます!」


 大きな東京本部のTOPがここまで言うのは大きなプレッシャーだが、その一方で神宮は気分が高揚していた。


 まさか自分があの望月の専属職員になれるなんて、思ってもみなかったからだ。

 本部長に挨拶をして、部屋を後にして早速引継ぎをするために足早に広報部へ戻る。


「彼女は東に革命を起こす人材だと……そう思います」

 自分の言った言葉になぜか違和感を抱いたことを神宮はもう忘れてしまっている。

小休止として更新していた短編集ですが、この話で一区切りとなります。

次回からTier1ダンジョン……の前に、少しだけひと悶着あります。

どうぞお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ