第71話 【望月配信】JDCお疲れ様 振り返り配信
JDCお疲れ様 振り返り配信
第8回JDC大会が終了した翌日の夜、望月の配信チャンネルで配信が開始された。
彼女の配信を今か今かと待っていた視聴者達は、始まるや否や配信へと殺到する。
しばらくは真っ暗な画面が表示され、そしてしばらくして殺風景な白い背景の部屋が映し出された。
“やぁ”
“やぁやぁ”
“待ってた”
“おめでとうございます!”
“JDC最高1位おめー”
“おめー”
“おめ”
“今日は雑談か”
“雑談助かる”
“最近なかったからなぁ”
望月が映るだけで多数のコメントが流れていく。
雑談配信だというのに、視聴者の数はどんどん増えている。
「こんにちは。今日はダンジョンはお休みです。昨日まで頑張ったので、竜乃ちゃんと虎太郎君にもゆっくりしてもらっています」
“それがええ”
“本当にお疲れ様やで”
“竜乃の姉御も虎太郎の旦那もすごかったからなぁ”
“疲れただろうし、ゆっくり休んで欲しい”
“モッチーも無理しちゃあかんで?”
“モッチーも休んでいいのよ?”
“モッチー、無理して配信しなくても俺らは大丈夫やで”
「あはは、ありがとうございます。でも少しお話をするくらいなら大丈夫ですよ。
……さて、JDCですが、最終結果は2位に終わりました。ですが最高順位は皆さんご存じの通り1位でした。応援ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる望月。
“おめでとう!”
“おめでとう!”
“おめでとうございます!”
“おめでとう!!”
“感謝するのはこっちの方なんだよなぁ”
“モッチー達のお陰でJDC期間はずっと興奮しっぱなしだった”
“生きがいをありがとう”
“生きがい……どこ……どこなの……”
“生きがいニキは成仏してもろて”
“仕事頑張れたのはモッチー達のお陰です! ありがとう!”
「ふう……それでは本題に入りますか」
頭を上げ、話を切り替えようとする望月。
その瞳には、狂気の色が浮かび始めていた。
“え”
“え、なに?”
“なんかあったんですか?”
“待ってモッチー。早いよ早いって”
“本題……とは?”
“なんか新しい発表ですか?”
“もう少しJDCについて話そう! Tier1ダンジョンとか、政府専属職員さんの話とか色々あるでしょ!”
“そうだよ。モッチー、それを話してからでいいじゃないか”
コメントは戸惑う者と望月を止めようとする者に二分される。
戸惑う者は最近望月を知った視聴者で、止めようとするのは古参の視聴者だった。
そんなコメントの動きなど全く目に入っていないかのように、望月は配信の画面を切りかえた。
“おん?”
“これは、アーカイブ?”
“モッチーのアーカイブかな?”
“おいモッチー! これスカイホースじゃないか!”
“どっからやるつもりだ! やめろ!”
“これ、政府の配信で見たやつだ。ひょっとしてモッチーが自ら解説してくれるの?”
“マジかよ。めちゃくちゃ良いじゃん!!”
“解説マジで助かる!”
“なんか、おかしいコメント入ってない?”
“辞めろってどういうこと?”
「今日はJDCで戦ったボス戦を振り返りながら、竜乃ちゃんと虎太郎君がどれだけ凄いかを称賛するいつもの回です」
“……は?”
“はい?”
“え?”
“賞賛?”
“あー、終わったー”
“え? どういうこと?”
「あ、もちろん解説もしますよ」
“良かった”
“まあ、それならいいか”
“モッチーが解説してくれることに変わりはないわけだし”
“よくない”
“良くないんだよなぁ……“
“キミーパイセン! キミーパイセンはどこだ!?”
“止めてくれキミーパイセン!”
“というかむしろ一緒に雑談配信してモッチーをコントロールしてくれキミーパイセン!”
首を長くして待つ視聴者と、阿鼻叫喚の視聴者で完全に二分されたコメント欄。
こうなってくると、比較的新しい視聴者達も違和感に気づき始めた。
「まずはスカイホース戦ですね。スカイホース戦は第一形態では虎太郎君がロックフォートレスで私を護ってくれました。私は基本的に竜乃ちゃんと虎太郎君におんぶにだっこ状態ですが、私の子供ともいえる二人に護られるのは心がキュンキュンしてしまいます。で・す・が! 今回の虎太郎君はなんとそれを態度で示してくれました! 上位の探索者でも使えない土の上級魔法を私に使ってくれた時は、あまりのカッコよさに内心で叫んでました! もう本当に凄い! 天才! カッコいい! しかも見てくださいこの……あ、ちょっと拡大しますね。見えますかねこの両前足を振り上げる虎太郎君!! もう全身の毛がふぁさって! ふぁさってしてるんですよ! カッコいいーー!!!!!」
“……え? 誰?”
“えぇ……”
“え”
“ドン引き”
“ほ、本当にモッチーか?”
“別人ログインした?”
“いや、テンション高すぎやろwww”
“あー、終わったわ。もうこれ徹夜コースだわ”
“チーン”
“ゲームセット! 俺達の負け―!”
“キミーパイセンなんでこういう時に限っていないんだ!!”
“まさか、疲れて寝てるんじゃね?”
“#起きろキミー”
“#起きてくれキミー”
“#お願いです起きてくださいキミーパイセン”
「しかも見てください、スカイホースの竜巻が当たってもビクともしてません!調べたところ、ロックフォートレスは全方位への防御が出来ますが、その分一方向への攻撃には弱いみたいです。ロックフォートレスを使える方でも、ここまで完璧に防御は難しいみたいですね。ですが虎太郎君は魔法の腕が世界一ですので、この硬さです!! いやぁ、虎太郎君凄いですね! なんですけど! おそらくですが今の竜乃ちゃんのドラゴンブレスならこのロックフォートレスを貫けるかもしれないです! 竜乃ちゃんもすごい! カッコいい! ……あ、ちなみに中に居たんですけど、音は凄かったですが、なんというかこう虎太郎君に護られている感じがしたので安心していました!」
“クッソ早口で草”
“自分の事だけ話すとき早口になるのはオタクの性質”
“モッチーがクールな子と思っていたあの時の俺の気持ちを返して”
“寡黙と思ってたけど、そこから一番遠くてワロタ”
“まぁ、そうよな。最初はモッチー一人で雑談大丈夫か?ってみんな思うけど、大丈夫すぎるんよな”
“(俺らは大丈夫じゃ)ないです”
“竜乃の姉御と虎太郎の旦那の賞賛の中にめっちゃ知りたい情報小分けに入れてくるのやめちくりー”
“これのせいで見るしかないんだよなぁ”
“明日になれば切り抜きあがってると思うけど、この熱気を感じるとリアルタイムで見たくなるわ”
“もうキミーパイセンはいない”
“お わ り だ”
“虎太郎と竜乃のどうでもいい話はいいから、もっとダンジョンに関すること言えよ”
「は? 虎太郎と竜乃のどうでもいい話?」
最後のコメントを、望月が拾った。
その瞬間、彼女のこれまでの明るい声は地を這うほどに低くなり、聞いているだけで背筋が凍るような圧力が配信から発せられる。
“あ”
“あ”
“あーあ”
“はい、さようなら”
“マジでルール見とけや”
“踏んじゃいけないモノを踏んだね”
“むしろ地雷原でタップダンス”
「竜乃ちゃんと虎太郎君を呼び捨てにしたのはまあいいでしょう。ですが、どうでもいい話?
何を言っているんですか? この配信の中心は竜乃ちゃんと虎太郎君です。それ以外は必要ありません。ダンジョン情報も、ボスに関することも、全てはついでです。竜乃ちゃんと虎太郎君のすばらしさ、カッコよさを伝えることがこのチャンネルの大前提です。それを……どうでもいい? 私達とこの配信の全てを否定しましたね」
“こっわ”
“これが、最上位探索者の圧……”
“おい、なんかこの部屋寒いって”
“お、おう……”
“なんのためにキミーパイセンが配信初見向けページ作ったと……”
“だから初見はある程度ROMれとあれほど……”
“概要欄見ないなら、こうなっても仕方ない”
「BANします」
望月の指が動き、視聴者の一人が配信から追放される。
衝撃的な光景だが、古参の視聴者達は冷静だった。
“まぁ、残当”
“そうなるのも仕方ない”
“竜乃の姉御と虎太郎の旦那は世界一、OK?”
“世界一ぃぃぃぃぃぃいい!!”
“反省して、また別のアカウントで帰ってきてもろて“
“ちゃんと概要欄確認するのも忘れずにな”
これまで何度も経験があるのか、ある程度見慣れたものとして受け入れられている。
けれど、新しく配信に来た視聴者達はそうではない。
“か、過激やな……”
“こんな人だとは思ってなかったな……”
“まあ、竜乃の姉御と虎太郎の旦那への愛ゆえにやで”
“むしろこの二匹を貶すような発言しなければ他はNGないで”
“モッチーの唯一譲れないゾーンやからなぁ”
“なるほど……沼に嵌ればいいという事か”
“今のでむしろ嵌ったわww”
一瞬戸惑うようなコメントが現れるが、すぐに古参達のコメントが入る。
竜乃と虎太郎の二人を下げなければ問題ないというコメントを見て、新規の視聴者達の中にも安心感が広がっていった。
「さて、話を続けますね。通常はスカイホースは第1形態である程度ダメージを与えると第2形態に移行するんですが、今回はすぐに移行しました。これはおそらく虎太郎君の強さを感じ取ったスカイホースが意図的に起こしたものでしょう。敵とはいえ、虎太郎君の真価を分かっているとは、とてもいいですね! そして戦いは第2形態――」
“このペースでJDC最終日まで行ったら朝になるんじゃね?w”
“なるんだよ”
“なるぞ”
“なりますねぇ”
“え? なるの?”
“まぁ……なる、か”
“明日早い奴は早めに離脱しとけよ。昼くらいには切り抜きあがってるはずだから。”
“ちなみにモッチーは学生なので明日学校ある筈だけど……”
“どうせいつも通りキミーパイセンから鬼電来て終わるさ”
諦めたようなコメントが多く流れる中で、望月はダンジョン探索について話し続ける。
結局この日、深夜2時に優から電話がかかってくるまで、望月は竜乃と虎太郎について熱のこもったトークをし続けた。
これが、彼女の普段通りの日常である。