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第67話 蒼き炎

 死んでもいい。この子たちを先に逝かせるくらいなら、私も死ぬ。

 そんな強い想いでクイーンの前に立ちはだかった望月。


 もう彼女にはこの場から逃げるという選択肢はなかった。

 竜乃と虎太郎を連れて逃げることなど、そもそも無理だ。


 だが、そう思った望月の背後から光が射した。

 それと同時に目の前のクイーンが目を見開き、美しい容貌を少しだけ崩した。


 ゆっくりと振り返れば、先ほどまでボロボロだった白竜が飛んでいる。

 今も傷だらけの体で、羽ばたいていることすら信じられない。


 けれどその目には確固たる意志が宿っていた。

 金色の瞳の奥で何かが揺らめいていた。


「竜乃……ちゃん……」


『グルルゥ』


 望月の声に、竜乃は呻いて答えた。

 言葉は分からなくても竜乃の言いたいことは分かる。


『ここは私に任せろ』


 そんな思いが痛いほど伝わってきたために、望月は頷く。

 それならば自分のやることはたった一つだと思い、テイマーの少女はもう一匹の方へと駆け寄る。


 その途中で望月は振り返って竜乃を見た。

 竜乃の姿に、在りし日の虎太郎の姿が被った。





 ×××





 向かい合う2体のモンスター、竜乃とクイーン。

 先ほどまで二人には圧倒的な差があった。


 いや、今もある筈だ。

 しかし竜乃の目には先ほどまであった迷いや戸惑いといった弱さが見受けられない。


 それを訝しく思ったのか、クイーンが眉をひそめた瞬間に。

 竜乃が息を吸った。


 またあのブレスか。

 そうクイーンは思ったことだろう。先ほどは一度も通じなかったそれが、自分に通じることはない。


 そうタカをくくっていた筈だ。

 竜乃が「蒼」の炎を吐くまでは。


『なに?』


 先ほどとは色の違うブレスに、一瞬クイーンは戸惑った様子を見せた。

 けれど、ブレスはブレスと判断したのか対応の仕方は同じ。


 前面に闇の防御魔法を左手で展開すれば、同じ結果になると考えたようだ。


『なっ!?』


 残念ながら、同じにはならなかったが。

 クイーンが展開した防御を蒼い炎は素通りし、クイーンの手を焼いた。


 突然走った予想だにしない痛みにクイーンは目を見開き、横に跳ぶ。

 追撃をすることなくブレスを中断した竜乃が印象的だった。


『くっ……なにが……』


 今なお小さな蒼い炎が灯り、焼却されている左手を見てクイーンは唖然としたように呟く。

 これまでとは違う蒼い炎に防御は貫かれ、体に傷を与えられた。


 防御が通用しなかったのもそうだが、こんな小さな火でここまでダメージを受けているのが信じられない様子だ。


『いや……そういうことか。奥の手、ということか』


 ようやく鎮火した蒼い火。

 納得したようにクイーンは呟いた。


『貴様……妾のような存在に対して特別効果を持つスキルを隠し持っていたな?』


『…………』


『……図星で声もでんか』


 鼻で笑うクイーンに対しても竜乃は沈黙を貫く。

 彼女の言うことは半分正解だ。


 竜乃はスキルを隠し持っていたのではなく、先ほどの瞬間にスキルが目覚めたのだ。

 自らの飼い主も所持するシークレットスキルに。


 使い手である竜乃からしても、この蒼い火の名前は分からない。

 けれどこの火が何をしてくれるのかは分かる。


 クイーンの言う通り、彼女のような闇に堕落した存在に対して特別効果を発揮する炎。

 現実世界の言葉を借りるならば、聖なる炎と言えるだろうか。


 今この瞬間、竜乃はクイーンに対して明確な攻撃手段を得た。


『ならば、妾の魔法で沈めてやろう』


 だからと言って竜乃が有利になったとは露ほどもクイーンは思っていないようだ。

 両手を広げ、天井にいくつもの黒い穴が空く。


 それを見て、竜乃はクイーン目がけて飛んだ。


 天井からいくつもの黒い剣が降り注ぐ。

 ランダムに振る剣の雨を竜乃は身をよじって避けながら飛び続ける。


 剣が彼女の体を傷つけても止まりはしなかった。

 そしてある程度の距離になった段階で竜乃は蒼い火を放つ。


『ちっ、小癪な!』


 黒い剣の一部をかき消して飛来した蒼い火は、先ほどと同じように防御の上からクイーンを焼く。

 自身に対して特攻となりうる炎を脅威に感じたのか、左手を弾いて斜め前方に飛び出したクイーンは地面に鎌の柄を突き刺した。


『墜ちよ!!』


 高速で組み上がりつつある闇の上級魔法、ブラック・クロスの輪郭が竜乃を飲み込む。

 虎太郎でさえもダメージを負う黒い十字架が出来上がる前に、竜乃はブレスを中断させた。


 けれど、もう逃げられない。

 今更攻撃を中断したところで、竜乃は既に魔法の範囲内に居る。


 次の瞬間には完成した黒い十字が竜乃を見えなくした。


『終わりだ』


 虎太郎ならばともかく、すでにボロボロだった竜乃が耐えられるはずもない。そう結論付けた。

 クイーンはおろか、もしこの戦況を見ていたならば虎太郎ですらそう思ったことだろう。


 黒の十字の内部から、蒼の火が放たれる。


『……!? ぐっ!?』


 自分の攻撃によって見えなくしてしまった死角からの攻撃に、クイーンは対応が完全に遅れた。

 驚異的な反射神経でギリギリ防御魔法を間に合わせることしか出来なかった。


 蒼い炎に乗るかのように、竜乃が超スピードで黒い十字架から飛び出してくる。

 それを見て、火に焼かれながらもクイーンは両手で鎌を握った。


『トカゲっ! 貴様ァ!!』


 明らかに格下の存在に対して闇の女王は激昂した。

 そうしない余裕など、もう持てるはずもなかった。


 まっすぐに向かってくる竜乃を刈り取るために振るった鎌は。

 急上昇した竜乃を捉えきれずに空を切った。


『ちっ!!』


 はしたなく舌打ちをする女王を眼下に、竜乃は大きく息を吸う。

 もはや一刻の猶予もない。そう感じたであろうクイーンは必死に考え、そして答えに至ったはずだ。


 蒼い炎のもう一つの性質が、「全ての魔法をかき消す」というモノであると。

 黒い剣をかき消したのがその証拠だ。

 おそらくはブラック・クロスでさえも、下方向に放つことでかき消したのだろう。


 だが、それは瞬間的にかき消しているわけではない筈だ。

 それならば防御魔法を展開し続けることで防ぐことが出来る。


 消されるよりも速く防御魔法を再展開すれば防げる。

 あのブレスそのものの攻撃力は、おそらくは以前のブレスよりも劣るから。


『認めん!!』


 黒の防御魔法を二重に展開し、クイーンは叫ぶ。

 それと同時に竜乃が口を開いて火を吐き出した。


 紅と蒼が混ざり合ったブレスを。


『おおおおぉぉぉぉぉぉ!!』


 クイーンの予想は正しい。

 確かに竜乃の蒼い炎は魔特攻と魔法消失効果を持つ代わりに、元のドラゴンブレスに対して8割程度の威力しかない。


 しかし、それら2つを同時に放てないわけではない。

 これまでの竜乃の全てが混ざり合ったブレスは、ドラゴンブレスの威力を遥かに上回る。


 それこそクイーンの防御を貫ける可能性が生まれるくらいには。


『あああああぁぁぁぁぁ!!』


 クイーンが気合を入れるものの、展開した防御魔法は形を崩していく。

 魔法を消失させられても、再展開すればよい。


 けれど、それ以上の力で破壊されたのならば、そもそも再展開が間に合わない。

 例えクイーンの防御が三重だろうが四重だろうが、話は同じこと。


 今の竜乃のブレスは、クイーンの防御魔法の全てを貫く。


『トカゲ風情がぁぁぁぁぁあああああああ!』


 ついにクイーンの防御展開速度を、竜乃のブレスが越える。

 一枚目の黒い防御魔法をかき消し、そして二枚目の黒い防御魔法を砕き割り。


 雌雄を決する炎が、ついにクイーンを飲み込んだ。


『ああああああぁぁぁぁぁぁ!!』


 クイーンに対して特攻を持つ蒼い炎の効果に、強大な威力。

 それで受けるダメージはこれまでの比ではない。


 しかも竜乃はブレスを止める気などありはしない。

 目を見開き、体を光らせ、クイーンを焼き尽くして灰になるまで吐き続ける。


 この一撃に関してだけは他の追随を許さず、クイーンのHPを消し飛ばすものだった。

 それこそ虎太郎の紫電やトールハンマーですら届かない一撃。


『■■■■■…………』


 声にならないうめき声をあげながら、クイーンが炎の中で消えていく。

 それでも竜乃は一切ブレスを緩めなかった。


 クイーンの姿が消えるまで。

 文字通り、灰になって塵一つ残らなくなるまで燃やし続けた。


 そしてすべてが終わり、ゆっくりと紅と蒼の炎が小さくなっていく。

 最後に一筋の光となり、それすらも消えたとき。


『HoooooOOOO!!』


 竜乃が上を向いて鳴き声を上げた。

 部屋の中の闇は晴れ、竜乃を包む白い光に彼女の笛のような高い鳴き声が神秘的な光景を作り上げる。


 その中で竜乃をさらに強い光が包んだ。

 虎太郎がこれまで体験してきたのと同じ、熱を伴う発光だった。


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