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第65話 間に合え

「虎太郎君!」


 望月ちゃんの悲痛な悲鳴が木霊する。

 黒い檻は彼女からの支援を阻害するのか、今まで緩やかにだが治療してくれていた魔法の力は感じられない。


 体を包んでいた光は弱まり、望月ちゃんとの繋がりが感じられるだけ。

 状況は、最悪だ。


(まずい! まずいまずいまずい! まずいっ!!)


 両前足を力の限り茨に叩きつける。

 何度も、何度も何度も。


 けれど、ビクともしない。壊れる様子はおろか、ひびが入るような様子もない。

 両前足は打ち付けた痛みと、闇の茨が与える苦痛で痺れが広がっていく。


 力が、上手く入らない。これまでの戦いで消耗しすぎたし、ダメージも受けすぎた。

 この檻から抜けるだけの力が、もう残っていない。


 獣は獣らしく囚われる。

 それが気にくわない。だがそれ以上に、大切なものが死ぬ光景を見せつけられるのはもっと気にくわない。


『虎太郎を……離しなさいっ!!』


『ふはははっ! 待たせたなトカゲ! 殺してやるぞ!』


 だがそんな俺の思いとは裏腹に、二人は戦闘を始める。

 けれど、それはもはや戦いでなくなることは分かっている。


 竜乃とクイーンでは、大きな実力の隔たりがあるからだ。


 クイーンが駆けながら、空中の竜乃を墜とすために左手を小さく動かした。

 それだけで天井に無数の穴が空き、黒い槍が雨のように降り注ぐ。


 これまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた竜乃はブレスを吐きながらそれを避ける。

 けれどクイーンの魔法は強力で、速い。


 数多くの黒い槍のいくつかが、竜乃の翼やわき腹を抉った。


『くっ……』


「竜乃ちゃん!」


 望月ちゃんは俺にどれだけ支援魔法を送ろうとしても届かないと判断したのか、俺に回していたリソースを竜乃に回し始めた。


 けれど、それでもまだ足りない。

 望月ちゃんはテイムモンスターを強化するシークレットスキルを所持しているが、その力を受けた俺がようやくクイーンとは渡り合えるからだ。


 俺の予想通り、竜乃のブレスはクイーンの防御を貫けない。

 一方で、クイーンは余裕な笑みを浮かべたまま跳びあがる。


 直線的な軌道でブレスに突っ込むような形。

 技量も防御力もHPも高いクイーンには、それが出来る。


『逃げろ竜乃ぉ!』


『……っ!』


 跳びあがり、届く範囲で鎌を振るうクイーン。

 竜乃は咄嗟に反応して後ろへ飛んだが、それではダメだ。


『ダメだ!』


 叫んだ時にはもう遅い。クイーンの空いている手が生じさせた巨大な闇が、弾ける。

 四方八方に飛び散る闇の弾丸の複数が竜乃の全身を蝕む。


 弾けた闇の向こうで、竜乃が宙を舞う姿が見えた。


『竜乃―!!』


「竜乃ちゃん!!」


 ボロボロの姿のまま、竜乃が力なく墜ちていく。

 その途中で、彼女の苦痛で歪んだ表情が見えてしまった。


 音を立てて地面に衝突し、土煙を上げる。

 クイーンが着地するころには舞い上がった煙も消えていたが、竜乃は呻きながら身じろぎをするだけだ。


『竜乃! くそっ! くそっ!』


 茨を殴りつけても意味はないと悟り、魔法で破壊しようと試みる。

 しかし火も、風も、得意の雷の魔法も通用しなかった。


 それどころか、魔法が反射して怪我を負う始末だ。


 クイーンは鎌を竜乃の首に沿えている。

 少しでも動かせば竜乃の首は撥ねられ、死ぬ。


『竜乃―!!』


 俺の声が届いたのか、いや初めから狙っていたのだろう。

 竜乃が目を開き、ドラゴンブレスを放った。


 不意を打つような見事な攻撃。

 この状況下においても諦めない、竜乃の一手。


 ブレスの勢いを用いて距離を取る、仕切り直しの一撃。


『ちっ!』


 けれど至近距離で火炎を浴びせられたクイーンは、舌打ちをするものの冷静だった。

 前面に防御魔法を展開した状態で鎌を振るい、斬撃を与えたのだ。


 炎を割るように飛来した刃は離脱中の竜乃をしっかりと捉え、吹き飛ばした。


(やめろっ……やめろっ!!)


 無駄だと分かっていても、俺は茨を叩き続ける。

 目の前で、竜乃の死が迫っているのに何もしないなんて出来なかった。


『トカゲ風情が、小癪な』


 その言葉を発し、左手に闇を収束させていくクイーン。

 放たれれば、倒れ伏した竜乃は避けられない。直撃すれば確実に死ぬ。


 何度茨を叩いても茨は壊れない。

 視界の隅で手を伸ばしながら駆け寄ろうとするが、間に合わない望月ちゃんが映った。


 クイーンの手への闇の収束が終わり、竜乃を終わらせる一撃が完成する。

 時間はもうない。


『くそっ! くそぉおおおおお!』


 叩いて、叩いて。

 何度も何度も叩き続けて。自分の前脚がボロボロになっても叩き続けて。


 それでも意味はなく、無情にもクイーンの手から、闇が放たれた。


『うあああぁぁぁぁぁぁあああああ!!』


 真っ赤に染まり、地面に伏す白竜。

 そんな最悪の光景が頭を過ぎる。


 認められない。認められるわけがない。

 頭が真っ赤に染まり、右の前脚を力の限りに振りかぶる。


 もうこれで右前脚が使えなくなっても、構わなかった。


『ああああぁぁぁぁぁ!!』


 この時のことを、俺はもうよく覚えていない。

 ただ必死で、全力で、気が付けば右前脚に燃えるような鋭い痛みが走っていた。


 そしてそれを気にせずに、走っていた。

 茨の檻の外を、走っていた。


 風の魔法を使用し、手足を千切れるほどに動かしたのが最後の記憶。


 体に大きな衝撃を受けて、気が付けば地面が目の前にあった。

 体中の感覚が……もうない。


『―――! ―――!!』


 何かが聞こえる。何を言っているかは分からないけれど、その声が誰のものかは分かる。


(あぁ……よかった……)


 お前の声が聞こえるってことは、間に合ったってこと……なんだな。

 それだけで、今は十分だ。


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