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第64話 誤った選択

 部屋の天井にまで昇る闇を見ながら思う。

 どうすれば、あれを墜とせるのか。どうすれば沈められるのか。


 仮にも上位を誇っていたかつての俺が、この体になってから多くの敵と戦ってきた今の俺が、共に答えをはじき出す。


 望月ちゃんは攻撃手段が魔法しかない。今も俺と竜乃の強化にリソースを回している。

 竜乃に関してもドラゴンブレスは強力だが、奴の防御を抜ける程の威力はない。


 分かってはいたことだが、二人ではレベルが足りていない。

 奴は二人よりも上に居る。


 ならば、俺はどうか。

 実力ならば奴と拮抗――いや、勝っているともいえる。


 だが決定打がない。いや、分からないと言った方が正しい。

 今この体でこれまでの予習を全て無に帰した、全く初見ともいえる奴に対して出来る一手が見つけられない。


 答えがない。

 それが俺自身が出した最悪の答えだった。


(……やめだ。結局考えたところで、行きつくところなんて結局2つしかない)


 そして取れる選択肢に関しては、一つしかない。

 奴を潰すことが出来るのは俺だけなのだから。


 俺と奴は同時に飛び出した。

 決死の表情の俺に対して、奴は歓喜と狂気が混じったような笑みで。


 速さに関しては完全に互角。

 しかし、俺はおろか奴のリーチの入るよりも前にクイーンは腕に力を込めた。


 間違いなく俺に向けて鎌を振るうつもりだ。

 けれど俺と奴の距離はまだ離れている。


 何をするつもりだ。そう思った瞬間には、もう振り抜かれていた。


『っ!?』


 急に右肩付近に走った痛みに、俺は思わず後ろに跳ぶ。

 前進する力を無視して急に切り返す途中で、回転する鎌を見た。


 振り抜いたのではなく、そのように見せて前方に投げたのだろう。

 初見の攻撃に対して目を見開く頃には、クイーンは鎌の柄を掴んで持ち上げていた。


 一気に俺に接近し、上空から俺を鎌の切っ先で狙ってくる。

 着地したばかりで回避が間に合わないと感じたために、俺ではなくクイーンに風の魔法を使用した。


『ほう?』


 風圧を受け、紫の長髪を風に揺らされたクイーンが興味深そうに呟いた。

 奴には魔法は効かない。けれど風で僅かに動かすくらいならば、できる。


 振り下ろされた鎌を切っ先こそ避けることができたが、刃の部分に浅くだが頬を斬り裂かれた。

 攻撃、技量、全てが先ほどよりも向上している。けれど、まだ対応できる。


『良い! 良いぞ虎太郎!』


 背後から放たれたドラゴンブレスを右に動いて避けたクイーン。

 鎌からは手を離すことなく、追尾するブレスをジグザグに駆けて避ける彼女に対して、尻尾を叩きつける。


『はっ!』


 勢いよく横方向に体を回転させたものの、クイーンに動きは読まれていたようで、後ろに跳ばれて避けられてしまった。


『ブラック・クロス』


 空間が割れ、闇が形を作る。

 俺の体を丸ごと包むように黒の十字が出現して俺の体を蝕む。


『がっ……!』


 衝撃に息が漏れた。

 闇の上級魔法、ブラック・クロス。クイーンが使う魔法の中では威力の高いものの一つだ。


 それを受けながらも、視線だけは奴から離さない。

 着地した奴は援護射撃をしてくれる竜乃のブレスを器用に避けながら、俺へと迫る。


 それに対して、俺は紫電の放電で対応。

 先ほどよりも量と威力を増した紫の電撃。


 しかし、クイーンは気にせずに突っ込んでくる。

 紫電が肌を焼くことも、体が帯電することも、すべて無視をしているようだ。


『選択を誤ったな、虎太郎!』


 奴の突進に対して有効な手札を持っていない以上、結果はこうなるしかない。

 鎌の刃が避けようとした俺の左目を捉え、深く斬り裂いた。


『ぐぁ……!』


 痛みで思わず声が漏れる。クイーンの笑みがますます深くなる。


『……誤ってねえよ』


 けれど、それこそが狙い。

 奴は最後の最後まで、これに気づかなかった。


 ハッとした様子でクイーンが目線を左右に動かす。

 もう俺達は魔法の範囲内だ。


 天から降り注ぐのは、たった一発の、しかし面で落ちる雷。

 体内の魔力の全てをかけた究極の魔法。


 トールハンマー。


 眩い程の光がクイーンの闇を晴らすかのように照らし、そして。

 視界の全てが白に包まれると同時に爆音と衝撃と苦痛が全身を貫く。


(っ! 我ながら……効くなぁ……!)


 中層ボスから僅かにだが成長した俺の、全力の雷。


 それが止んだ時に、体中を流れる電流を感じながら倒れそうになるのをこらえる。

 他とは威力がそもそも異なる雷の魔法だ。


 いくらクイーンが魔法の絶対耐性を持っていても、持っていける予感が俺にはあった。


他の魔法はダメでも、そもそも魔法という枠組みに当てはまるのかすら怪しいこのトールハンマーならば倒せるという予感が。


『……だから言ったのだ』


 爆音に耳鳴りがする中で、声を聞いた。


(……あぁ……くそ……)


 分かっていた。その予感が間違いであることを。けれどそれから目を背けた。

 もう物理的な攻撃で有効打を持たないからと、魔法を選んだことを。


 その選択を正当化しようとしていただけに過ぎない。


『選択を誤ったとな』


 帯電し、ダメージが蓄積したボロボロの体。けれどまだ健在なクイーンがそこに立っていた。


奴の持つ魔法の絶対耐性を上からねじ伏せるほどの威力だった。

けれど、奴の息の根を止めるには至らなかった。


『あの一撃を繰り出していれば……いや、無いものを強請っても仕方がないか。

 仕舞だ、虎太郎』


 最大の一撃はもう使えず、切り札であるトールハンマーですら届かなかった。

 クイーンの言う通り、もう仕舞だ。


 今なお竜乃がドラゴンブレスを放ってくれているが、有効なダメージは与えられない。

 俺が敗北した段階で、もう終わりだ。


『ふむ』


 ドラゴンブレスを防御魔法で受け止めたクイーンは一言そう呟いて鎌を俺に向けた。

 俺を取り囲むように黒い茨が包み込む。


 隙間から外は見えるが、半透明の黒いオーラが邪魔でうっすらとしか見えない。

 俺は、完全に囚われた。


『先ほどから目障りなトカゲよ。身の程を教えてやろう』


『なっ! おい、辞めろ!』


 標的が俺から竜乃に移ったことを知り、思わず叫ぶ。

 するとクイーンは、ぞっとするほど冷たい視線を投げてきた。


『断る。妾に歯向かうことは大罪である。

 お前のように貴重なものならば手元に置くのも悪くはない。

 だが、あれにそのような価値はない。敗者は黙っていろ』


『てめぇ! ぐっ!?』


 思わず飛び掛かれば、黒い茨に阻まれダメージを負ってしまう。

 その様子を見てクイーンは鼻で笑った。


『万全の状態の貴様ならともかく、今の貴様に対処できるものか』


 俺への興味が失せたとばかりに視線を外し、竜乃へとゆっくりと歩いていくクイーン。

 まずい、という危機感の警鐘だけが俺の頭の中で響いていた。


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