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第62話 VS 暗黒の女王

 思えばいつも、こんな緊張感は目の前の大きな扉の前から始まっていた気がする。

 この先に強大な存在を居ることを示す、厳かな扉の前から。


「……竜乃ちゃん、虎太郎君、準備は良い?」


 すっかり探索者として凛々しい顔つきになった望月ちゃん。

 出会った頃はまだ初々しさが残っていたが、このTier2ダンジョンは彼女に大きな成長をもたらしてくれたようだ。


 竜乃と共に頷けば、望月ちゃんも頷き返してくれた後に大きく息を吸う。


“いよいよか……”

“つーか同接すごいな。こんな数字見たことねえぞ”

“モッチー、たくさんの人が見てるけどいつも通りに、だよ”

“竜乃虎太郎キチのモッチーなら大丈夫だとは思うが……”

“見てるこっちが緊張する……“

“この時のために昨日寝ずに色々調べたりしたんや。頼むでモッチー!”

“竜乃ちゃん、いつものブレスでボスなんか焼き払っちゃえ!”

“虎太郎の旦那、今日も頼みますぜ!”

“圧倒的暴力で敵を倒す姿、期待してます旦那!”


 コメント欄も大盛り上がりだ。

 すでに視聴している数は驚異的で、これまでの配信はおろか、他のダンチューバーでも見たことがない数となっている。


 今この瞬間、俺達はダンチューバーのTOPに立ったと言ってもいい。

 感慨深いものがあるが、今はクイーンに集中だ。


 ……ところで、なんで俺に対してのコメントはちょっと下からなんですかね。これまで通りでいいのよ?


「行きます!」


 自身に活を入れるような鋭い声を出し、望月ちゃんは扉に手をかける。

 いつものように開いていく扉。


 その奥は、薄暗い大広間だった。

 遺跡の中がモチーフなのか、不思議な紋様をした岩が壁になっている。


 それだけでなく、大小さまざまな岩も見ることができる。

 大広間ではあるのだが、円形の大きな部屋は闘技場のようにも見受けられた。


 そしてそこの一番奥で一人佇む可憐な影。

 両手を前で組み、じっと目を瞑って俯く妖艶な美女。


「あれが……クイーン」


 望月ちゃんが嫌悪感を隠すことなく告げる。

 俺はそこまで感じないが、望月ちゃん達は強烈な嫌悪を感じさせられているのだろう。

 竜乃も顔を顰めている。


 俯くクイーンがゆっくりと首を動かし、俺達に視線の高さを合わせる。

 そして、カッと目を見開いた。


 かと思えば普通の表情になり、微笑を浮かべる。

 全ての所作が上品であるのに、その中におぞましさを感じさせるような雰囲気が彼女にはあった。


『……おや? これはこれは、強そうな挑戦者だ』


 最初、俺は彼女の言葉を理解できなかった。

 いや、聞き取れてはいたし、その意味も理解はできた。


 ただ、彼女が言葉を発したという事実の理解が遅れた。


(……話せるモンスター、だと?)


『……エンペラーはおろか、今までどんなモンスターも話せなかったはずだ』


『妾が特別なだけよ。塵と比べるでないわ』


『仮にも元夫を塵扱いかよ』


『ふむ……』


 少しは揺さぶれるかと思い、エンペラーの話を出した。

 しかしクイーンはその問いに対して、何かを考え込んでいるようだった。


『ふむ……ふむ……成長しきったそなたならばともかく、今のそなたに礼を尽くす必要はないか。答えは、犬畜生と問答に付き合う気はないということじゃ』


『……俺の事を知っているのか?』


 思わず聞き返せば、クイーンはわざとらしく「はぁ」とため息を吐いた。


『犬畜生と問答する気はないと申しておろう。まぁよい、そなたが勝てば問いに答えよう。犬とはいえ、この意味は分かるか? それとも叩いて躾けねばならぬかの?』


 どうやら答える気は毛頭ないらしい。

 苛つく所作で俺を小ばかにするクイーンに対し、歯を剥いた。


『いいだろう。その体、引き裂いて――』


 しっかりと宣言してから襲い掛かろうと思っていた。

 けれど発言の途中で後方から飛来したドラゴンブレスがクイーンに直撃し、言葉を消さざるを得なかった。


 クイーンは防ぐ様子すら見せずに、火炎に飲み込まれる。

 体毛に跳ねる火花に顔を顰めながら、俺は背後に声をかけた。


『……まだ俺が話してる途中なんだが』


 竜乃はブレスを吐くのを辞め、チラリと俺の方を見る。


『話長いのよ。それに、こういう女の話は聞くべきではなく、実力行使すべきだってお姉さんセンサーが告げているわ。……まぁ、あんまり効いてないみたいだけどね』


『……そうだな』


 竜乃の言う通り、火に飲み込まれたはずのクイーンは以前と変わらない姿でそこに立っている。

 変わったところと言えば、少しドレスが焦げたくらいだ。


 灰色の煙が出る部分を手で軽く仰ぎながら、彼女はため息を吐く。


『まったく、空気の読めない……貴様のせいで手製のドレスが焦げたわ。飛ぶトカゲごときが妾の服を傷つけるなど、極刑に値するぞ?』


『あら怖い。服で極刑なら、その体に傷をつけたらどうなるのかしら? お姉さん、気になってしょうがないわ』


 にこやかな笑顔で告げるクイーンと、同じように作った笑みで答える竜乃。

 ちょっと似てるなと思ったが、そんなことは口が裂けても言えなかった。


『……竜乃、サポート頼む』


 タイミングは逃したが、やることは変わらない。

 すでに望月ちゃんからの力の供給は受けている。


 俺は背後の竜乃に一言かけ、床を蹴った。

 それと同時、クイーンも右手を伸ばして漆黒の鎌を取り出す。


 彼女の身の丈ほどもある巨大なサイズ。

 その刃は、まるで炎のように歪んでいた。


(奴の鎌はダーク系統と同じ、斬られればその部分が黒い炎で焼かれる。

 それにダークモンスターの生みの親であるなら、奴の体だって同じ効果の筈……それなら!)


 意識を集中させ、紫電を身に纏う。

 体全体を帯電させ、その一部を二本の前脚に向かわせることでさらに強化する。


 接近しての右前脚での斬り裂きを、クイーンは右手の鎌を薙いで防ぐ。

 続く左前脚での斬り裂きも、戻しながら薙いだ鎌の刃で防がれた。


「……ふむ?」


 発散させた紫電を鎌を振るってかき消した瞬間に、クイーンは不思議そうに声を上げた。

 それを気にかけることなく、右の前脚を振るい、紫電の刃を飛ばす。


「……んん?」


 手首を器用に動かして弾いたクイーン。

 彼女はそのまま上空から襲い掛かる竜乃のドラゴンブレスも受け止めながら後ろへと跳んだ。


 優雅に着地するクイーンは、しかしどこか晴れない表情をしている。

 何かを不審に思っているかのような、そんな顔だ。


『貴様……なんだ?』


『……は?』


 投げかけられた問いに、思わず返してしまった。


『虎太郎! 呑気に話してる場合じゃ、ないわよ!』


 クイーンは流れるような動きで前に出ることでブレスを躱す。

 そのまま彼女は走り、背後に回した鎌を勢いよく振り払った。


 リーチが長いものの、動きを読んでいた俺は正確に後ろに跳んで避ける。

 刃に掠ることすらしなかった。


『やはり、貴様はどこかおかしい』


 左手を払い、生み出された黒い炎の玉が創造されてすぐさま射出される。

 それらの隙間を見抜いて体を滑り込ませ、右の斬り裂き攻撃。


 結果は、クイーンの振り払った鎌と激突。

 しかし弾かれることなく、鍔迫り合いのようになってしまう。


 直接の爪の攻撃ならともかく、俺に触れないように爪から僅かに伸ばした紫電の刃では弾く余裕がない。


(流石Tier2の下層ボス。接近戦に関してはこれまでの誰よりも強い。制限された俺と互角か……)


 この体になり、今の実力という観点ではかつての俺を越えている。

 けれどこのクイーンが相手ならば、以前の俺の方がうまく立ち回れるだろう。


 そんな事を思ったとき。


『やはり、おかしい』


 上から何かが来ることを察知し、素早く後ろに向けてウインドバーストを放つ。

 魔法の力を借りてその場から一気に離脱した俺は、さっきまで経っていた場所に黒い鎖が数本突き刺さるのを見た。


 確か、闇の中級魔法だった筈だ。

 ノータイムで発動し、あれだけの速度。やはり魔法に関しても相当できる。


『まるで、人間と戦っているような感覚だ』


『……なんだと?』


 それは今の俺からすれば聞き逃せない言葉だった。

 襲い掛かる竜乃のドラゴンブレスを、おそらく闇の防御魔法だとは思うが、左手で防ぎながらクイーンは続ける。


『獣と人の違いは大きい。獣ならば痛みを与えた後に行動に移す。一度痛みを与えれば、次からは気を付けることもできよう。だが、貴様は最初から全ての可能性を考慮して動いている。

 それに、先ほどのやり取りで確信した。貴様からは我が城に居た熟練の騎士のような気迫も感じる』


『…………』


 クイーンの言葉に俺は返事が出来なかった。

 今までモンスターと戦ってきて話せる相手すらいなかったのだ。


 こんな風に俺を分析してくるようなモンスターに出会うなんて思ってもみなかった。

 クイーンに挑んだ探索者は一定数以上いる。


 けれどクイーンを会話した探索者は居ない。


『ふむ……気に入った。貴様、名は何という?』


『…………』


『おい、名を述べよ、獣』


 まさかクイーンとこんな会話をするとは思っていなかったため、返答に遅れてしまった。

 しかし彼女はまだ俺の答えを待ち続けている。


 それなら答えない訳にはいかなかった。


『……虎太郎だ』


 それが、地獄の門を開けることになるとは知らずに。


『虎太郎……虎太郎か……なるほど、承知した。ならばこれから妾は貴様に対して獣ではなく人間としての戦い方を――』


 急に言葉を止めたクイーン、それは2秒ほどだったのだろう。

 だが、やけに長く感じられた。


『いや、獣であり人でもあるものとして戦うとしよう』


 竜乃のブレスが切れると同時、クイーンは鎌を俺に向ける。

 はっきりとした明白なことは分からない。分からないけれど。


(なんだ……なにか、なにかが変わった気がする……なんだこの不安は……)


 さっきとは明らかに何かが変わった。

 いや、変えてしまったのだ。


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