第60話 最後の壁、暗黒の女王
一流のアスリートは休憩にも手を抜かないと聞く。
最高のパフォーマンスをするには最高の休息も必要不可欠なのだろう。
なるほどそう考えてみれば、ダンジョン探索というのはアスリートのそれに近い。
ボス戦となれば、試合本番と同レベルと考えてよいだろう。
まあ、つまり何が言いたいのかというと。
「さあ、竜乃ちゃん、虎太郎君。下層のボスについてお勉強するよ。
虎太郎君、いつものように私の近くに来て。……えへへ、虎太郎君はいつも温かいね」
これはダンジョン探索に必要なことであり、緊張感をもって行わなければならないのである。
事前の情報収集はボス攻略の命綱。
それを疎かににするという事は、個人のみならず仲間も危険に晒すというわけだ。
もしそうなれば探索者の風上にも置けない。
そう、これは必要なこと。必要なことなのである!
こほん。さて今俺は望月ちゃんの隣に腹ばいになり、頭には竜乃が乗っている。
ボスお勉強会の決まった姿勢である。そして望月ちゃんの左腕は俺の背に回って撫でてくれている。
これはボスお勉強会なのである。
至福の時だが、緊張感をもって向き合わなくてはならないのである。
あ、そこ滅茶苦茶気持ちいいです。
「……よしっと。竜乃ちゃん、虎太郎君、見て。これがこの下層のボス、クイーンだよ」
閉じていた目を開けば、望月ちゃんが操作した大型の端末に一枚の画像が映っている。
漆黒のドレスを身に纏った妖艶な女性だ。髪色は紫の長髪で瞳の色は深紅。頭長には黒色の茨で出来たようなティアラ。
人間のように見えるものの、彼女こそがこの下層のボス、クイーンである。
モンスターであるために会話などは不可能だ。
ちなみに男性から非常に人気が出そうな容姿をしているが、そういったことはほとんどない。
理由は単純で、クイーンは生理的な嫌悪を引き起こすモンスターだからだ。
写真ならば問題はないが、動画で確認するだけでも気持ち悪いと感じてしまう。
実際に戦って勝利した探索者達なんて、話題に出すことすら嫌うくらいだ。
「まず虎太郎君に押さえておいて欲しいことがあるんだけど、このクイーンはダーク系統のモンスターで魔法に対する絶対耐性を持ってるの。
だから直接攻撃や魔法は気を付けて使ってね……」
『虎太郎からすると、一番やりにくいタイプね』
竜乃の言葉に頷く。
乗っている場所が上下に動いたために振り落とされそうになっていたが、なんとか堪えていた。
望月ちゃんの言う通り、クイーンはダーク系統のモンスターだ。
にも関わらずダークの名を持たず、さらに他のダーク系統のモンスターのように闇の体を所持していない。
これはクイーンがダークモンスターを生み出したという逸話があるからだ。
正確にはダークモンスターに変質させた、という方が正しいか。
この暗黒世界のテーマ背景として、とある帝国の皇女があるきっかけで皇帝も兵士も何もかも闇に染めてしまったというものがあるらしい。
暗黒城を始めとして、下層内の色々な場所からそのような背景を伺い知れる何かが多く見つかっていたりする。
(クイーンに魔法が効かないことは有名だし、ダーク系統のモンスターと同じで直接殴ると俺が痛いんだろうな)
お得意の物理攻撃が出来ず、魔法も通用しない。
今までの俺なら、有効な手段が何一つない天敵のような相手だ。
もしも俺が紫電に目覚めていなければ、そもそも下層ボスに挑むことを拒否していたくらいだ。
望月ちゃんだって、クイーンに挑む選択肢を取らなかっただろう。
『でも、虎太郎の紫電なら行けるわ。
これは魔法ではなく、しかも飛ばしたり、爪に纏わせてリーチを長く出来る。
このタイミングで中距離攻撃が出来るようになってるなんて、運は私達に味方している』
無垢の白球と戦ったときに発現した紫色の電流を、俺達は紫電と名付けた。
カッコいい。
……この紫電は今日までの3日で色々試したが、魔法ではなく竜乃のドラゴンブレスのような判定で、かつこれでダーク系モンスターに攻撃しても俺がダメージを負うことはなかった。
流石に竜乃のドラゴンブレスほどの威力はなく、そこまで飛距離があるわけではないが、中距離の攻撃を取得できたのは嬉しかった。
『そうだな。紫電があればクイーン相手にもいい勝負が出来ると思う。この戦い、勝つぞ』
『……そうね』
『……?』
いつものように相棒に言葉をかけるが、返事にはなぜか覇気がないように感じられた。
竜乃はクイーンとの戦いには気合十分だったはずだが……。
「クイーンの武器は大きな鎌だね。物理だけじゃなくて、魔法も使うみたい。
それに第二形態になると黒いオーラを纏って、攻撃も苛烈になるって。
この時のクイーンの強さは……Tier1の上層ボスも越えちゃうみたい」
大型の端末に視線を戻せば、別の画像が展開されていた。
説明されたとおり、黒いオーラを身に纏ったクイーンだ。
「優さんの見立てだと、虎太郎君はともかく私と竜乃ちゃんは一撃でも食らうと危険みたい。
竜乃ちゃん、この下層に来たばかりのことを思い出すような戦いになると思うけど、虎太郎君が気兼ねなく戦えるように一緒に頑張ろう」
『……えぇ、そうね』
望月ちゃんと竜乃に攻撃させないために、俺はクイーンに肉薄して戦う必要がある。
これはダーク・エンペラーや無垢の白球の時と同じだ。
(元探索者時代に一度でいいから挑んでいればな……)
俺はTier1ダンジョンに到達する際、こことは違うTier2ダンジョンを踏破した。
そのためクイーンと戦闘するのは、本当に初めてだ。
いくら俺の体があの化け物で、防御力が高く、打たれ強いとしても対策は必須だ。
クイーンの攻撃の全てを、頭に叩き込む必要がある。
「それじゃあ、これからクイーンの攻撃手段を動画で流していくね。
……その、なんか気分が悪くなっちゃうかもしれないんだけど、我慢してね」
『あぁ、分かってるよ』
動画でならクイーンを見たことがあるが、あれは何とも言葉に出来ない気分になる。
望月ちゃんが動画を再生すると、彼女の俺に触れる手に力が入った。
(……?)
おや、以前感じた気持ち悪さを感じない。
この体になったからなのだろうか。理由は分からないが丁度いい。
『…………』
じっくりと隅々まで観察して、今の体ならどう避けるか、どう紫電を当てるかを脳内シミュレートしていこう。
『…………』
その日、俺達は何度も何度もクイーンの情報を確認し、動画を見続けた。
できることは、すべてやったと言えるだろう。
情報量についてはこれまでのボス以上。
望月ちゃん達のレベルはこれまでのボスよりも少し低いくらい。
そして、次の日はやってくる。
JDC最後の日。公式配信が行われる日がやってきた。