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第6話

 遠くで探索者と戦うモンスターに対して火の魔法を行使する。

 弱々しく、小さな火の玉はまっすぐにモンスターに向かい、直撃した。


 倒すまでは至らなかったものの、肉を焦がす匂いが発せられたので良しとする。

 直後に探索者がモンスターを倒せば、いつもの熱が燻ってくる。


 じっと、それを待ち続ける。

 伏せることもなく、ただその場で熱を感じ、自分が進化することを受け入れる。


 これでまた一つ、強くなった。

 けれどまだだ。まだ足りない。


 ――モット


 場所を変えて、次の狩場へ。

 今回はモンスターの数も多く、かなり腹の足しになりそうだ。


 どうやら今回は探索者達も苦戦しているらしい。

 数が多いからか、それともまだ彼らの実力が足りていないからか。


 それなら少し助力をしてやるのも良いだろう。

 俺は風の魔法を行使し、刃を16作り出してモンスターへと飛ばす。


 先ほど進化したために、威力の上がった風の刃は魔物の肉を斬り裂いた。

 血の臭いが鼻腔を擽り、気分が高揚する。


 相変わらず倒しきるには至らなかったが、まあまあなダメージは与えられたはずだ。

 怯んだ魔物を倒すのなら、実力が少し足りていない探索者でも可能だろう。


 しばらく待ってみれば、数多くのモンスターの悲鳴が聞こえてくる。

 そして俺の体に生じる熱すぎる熱もだ。


 熱い。熱い。

 でもそれが嬉しい。愉しい。悦しい。


 ――アァ、モット


 次のモンスターは数が少なかった。

 地属性の魔法で石の槍を作れば、腹から背にかけて突き破り、血の臭いが漂った。


 突然の攻撃に探索者も驚いていたが、目の前のモンスターの隙を見逃すわけではなかった。

 他の探索者と同じように、モンスターにとどめを刺してくれた。


 いや、俺の空腹を満たしてくれた、といった方が正しいか。


 熱が、また来る。来てくれる。

 最初ほどの身を焦がすほどの熱ではないけれど、弱くても進化の熱だ。


 こんな微熱も、悪くはない。


 ――アァ、モット


 次の食い物は多かった。

 探索者も多かった。


 水の槍を出して、串刺しにした。4つの槍に貫かれた肉の香りが食欲をそそらせる。

 今回も倒しきれなかったけれど、探索者がとどめを刺した。


 多くの食い物を倒したからもっと熱くなると思ったけど、そこまで変わらなかった。


 ――モット


 雷の魔法で食い物の腕を焼き切った。

 とどめを刺した探索者によって、俺の体は熱くなった。


 ――モット


 光の剣で食い物の首を突き刺した。

 とどめを刺した探索者によって、俺の体は熱くなった。


 ――モット


 闇の鎖で肉を縛り、動きを止めた。

 とどめを刺した人によって、俺の体は熱くなった。


 そうして殺して、殺して、殺して殺して殺して。

 何度目か分からぬ熱を感じながら、俺は思った。


 ――ヒトヲコロシタラドウナル?


 肉から熱が奪えるなら、人からも奪えるはずだ。

 それならもっと熱を感じられる。


 あの女と同じ人間を殺せば、もっと。


 ――モット


 火の剣で肉達の首を焼き切れば、驚いた人の顔が視界に映る。

 あの女の顔が、頭を過ぎる。


 体が熱くなる。

 進化による熱だけでなく、沸騰しそうな怒りが体を支配している。


「うわああああああああ!」


 叫び声をあげて逃げていく人――の形をした肉の後ろ姿。

 それを見て、俺は背後に風の鎌を取り出す。


 首を落とすために、それを放つ。

 これで、もっと熱が。


『大丈夫?』


(…………)


 魔力となって霧散していく風の鎌。

 そして探索者の後ろ姿は小さくなり、やがて消えてしまった。


 俺は魔法を放った時のまま、じっと立ち止まっていた。

 さっきまで心地よいと感じていた熱が、急激に引いていく。


 そして意識が、はっきりとしてくる。


(……っ!?)


 まず感じたのは、鼻の中を満たすほどの肉を焦がした臭い。

 そして地面に倒れるモンスターの屍達。


 この全てを……俺が?


 自分の体を見渡してみれば、猫ほどの大きさだった体は中型犬くらいまで大きくなっている。

 モンスターを無残に殺した惨状と自分の体の変化を知り、俺は戦慄する。


(覚えて……ない……嘘……だろ?)


 あの女の話を聞いたときから記憶がない。

 気づけば数多くのモンスターを殺して、殺して、殺しつくしていた。


 これだけ体が成長しているのに、その過程がすっぽりと抜け落ちている。


(怒りで……おかしく……なった?)


 ダンジョンの通路で立ち尽くしながら俺は自問自答する。


(というか、なんであんなに怒りを……)


 あの女に対して怒りを抱いてはいる。

 けれど彼女の行動は探索者としてみれば当然のものだ。


 配信者としての役を作っていたことは苛つく要因ではあるが、こんなに怒りを感じるほどには思えない。


 少なくとも人間である頃ならば、こんな暴れまわるなんてことは。


(人間じゃ……ないから……)


 記憶を失うほどの怒り。

 それは人間としてのものではなく、獣としてのものではないだろうか。


 なら俺は、人ではなく獣に限りなく近くなってしまったという事か。

 あまりの恐ろしさに、全身の血が凍るような感覚を覚えた。


(怒りを感じたら……ダメだ。俺が俺でなくなる……)


 いつか怒りという感情に呑まれて、本当に獣に落ちるかもしれない。

 それこそ、このダンジョンのモンスターと一体化してしまう。


 ぞっとする未来を考えているとき、俺は感じた。

 目の前で黒い粒子が形を作っていくことを。


 ダンジョンでモンスターがポップするときの決まった現象だ。

 先ほど倒したモンスターが再び姿を現すのだろう。


(やばっ、今俺通路の真ん中に……)


 隠れていないことに焦りを覚えたが、すぐに思い出して落ち着いた。

 記憶はないものの、上層のモンスターを魔法で倒すくらいには強くなっている。


 これなら隠れる必要はないだろう。

 そう思い、出てきたモンスターに魔法を放とうと準備をしたところで。


(……は?)


 黒い粒子が消えて出てきたモンスターを見て、俺は目を疑った。

 体中を黒い体毛で覆われた、二足歩行のモンスター。


 腕は長く、鋭い爪が覗いている。

 狼のような顔の額には赤い宝石が輝いている。


「スールズ」と呼ばれるモンスターで、人間だった頃ならば相手にもならない雑魚だ。

 だがそれを前にして、俺は言葉を失わざるを得なかった。


 だって「スールズ」は、このダンジョンの中層に登場するモンスターだからだ。

 今居るのは間違いなく上層で、「スールズ」が出るはずがない。


(ユニークか!)


 ダンジョンに登場するモンスターの種類は決まっていて、さらに層別に分かれている。

 けれどごく稀に別の層のモンスターが一つ上、または一つ下の層に現れることがある。


 そんなモンスターのことを、探索者達はユニークと呼称した。


 一つ下の層に現れるのは問題ないが、一つ上の層に現れる場合は要注意だ。

 わざわざ下の層の探索者が討伐に出向くくらいには問題になる。


 年に一度出会うかどうかの確率だが、どうやら俺は運が悪いらしい。

 いや、このタイミングで出会えたのなら運がいいのか?


 昨日だったらなす術もなくやられていたからな。

 目の前で右手を何度も握りしめる「スールズ」を見つめ、俺は戦うことを決意した。


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