第59話 例え報われないとしても
JDCランキングで2位になってから3日が経った。
この3日間は精力的にダンジョン探索を行っていた。
潜る時間も伸びたし、倒したモンスターの数も多い。
望月ちゃんのレベルも順調に伸びているようだった。
けれど一方で、順調ではないものが一つだけある。
JDCのポイントだ。
「……はぁ」
探索を終え、俺と竜乃を抱えていた望月ちゃんは憂鬱な溜息を漏らす。
心なしか俺を抱く腕も、力が弱くなっている。
「ポイントは増えてるんですけどね……」
ポツリと零した通り、ここ3日間のポイントの伸びはこれまでよりも良い。
「全然差が縮まらないどころか……離されてますね……」
けれど1位の氷堂との差は広がるばかりだ。
この前の無垢の白球のようなイレギュラーがあれば詰められるが、下層モンスターでは追いつくことすらできない。
“1位はやっぱりどこもすごいんやなぁ”
“壁の高さを感じる”
“調べたけどモッチーと同じソロの探索者なんでしょ? そうするとモッチーだけの強みがあんまり生かせないからなぁ”
コメントもやや諦め気味だ。
多くの人が氷堂の事を知り、その化け物っぷりを理解してしまったからだろう。
不意に、望月ちゃんの腕に力が入る。
首だけを動かして見てみれば、望月ちゃんはじっと俺と竜乃を見ていた。
「……でも、なりたい。すっごく1位になりたい……こんな気持ち、初めて」
『そうね。ここまで来たら1位になりたいっていうのはあるわ。あと一つなのに……』
悔しそうな望月ちゃんと竜乃。その気持ちは俺だって同じだ。
ここまで来たなら、3人で1位になりたいという気持ちはとても強い。
望月ちゃんは竜乃と目を合わせ、そして少しした後に俺と目を合わせてくれた。
悔しさの中に、覚悟の籠った瞳があった。
俺と望月ちゃんは繋がっている。
だからかもしれない。彼女が言いたいことが、したいことが分かってしまった。
「私……下層のボスに挑戦したい。倒して、3人で1位になりたい。なりたいよ、竜乃ちゃん、虎太郎君……」
『理奈……』
2位になったときから、いつかこんな日が来る気がしていた。
いや、もっと前から気づいてはいたんだろう。
もう望月ちゃんは……いや、俺達は止まれないという事を。
“キミー:待つんだ望月ちゃん。この流れで下層ボスに挑むのは辞めた方がいい”
“そうなん? 下層のモンスターに対しても圧勝できるようにはなってきたし、むしろ挑んだ方が良いのかと”
“まぁ、下層ボスはちょっと格が違うから……でも虎太郎の旦那居るしなぁ……”
“このまま下層ボスも突破して1位になんべ”
俺の予想通り、優さんは望月ちゃんを止めてきた。
視聴者は下層ボスの事を知らない人も居るのか、賛成している人と迷っている人に分かれている。参加を反対する意見は今のところ見受けられない。
“キミー:知らない人も多いけど、Tier2ダンジョンの下層のボスは壊れている。Tier1上層のボスよりも強いんだ”
優さんの言うことは本当だ。
突如として現れたダンジョン。それには壊れていると言われるものが3つある。
一つはユニークモンスター。もう一つは言うまでもなくTier0モンスター。
そして最後が、Tier2ダンジョンの下層ボスだ。
どうしてTier1ダンジョン探索者が極端に少ないか。
それはTier2ダンジョンの下層ボスが異常なレベルで強いからに他ならない。
“それ、めっちゃ強いって事やん”
“ヒェ……やめとこ?”
“虎太郎の旦那でもヤバいってこと?”
“そこが難しいところなんよな……”
優さんのコメントを見て、コメント欄に反対意見が出始める。
けれど、ダンジョンについて詳しい視聴者は依然として言葉を濁すばかりだ。
その理由を、俺もよく分かっている。
“キミー:ただ……実を言うと、虎太郎君だけなら下層ボスと十分に渡り合える力を持っていると思う。下層ボスが以前戦った無垢の白球と同じくらいの強さと考えてくれればいいかな”
優さんの言うことはあながち間違っていない。
俺としても無垢の白球と下層ボスを比べると下層ボスの方が強いと結論付けるが、それでもほんの僅かである。
無垢の白球戦で紫電に目覚め、倒したことでやや強くなった俺ならば。
下層ボス戦では様々な制限を強いられるということを考慮しても、勝機は十分にある。
「……だから、挑んでも……」
優さんの説明を聞いて、自分でも下層ボスの情報を集めていたであろう望月ちゃんがおずおずと切り出す。
確かに彼女の言う通り、ここまでの説明なら、挑む価値はあるのだ。
“キミー:正直に言うと望月ちゃんが今、下層ボスに挑んだとしても勝率は十分あると思う。
でもそれはJDCランキングという時間に追われた状態でやるものではないんじゃないかな。
虎太郎君はいいけど竜乃ちゃんは? 望月ちゃんは? ダンジョンに絶対はないんだ。
もう少し時間をかけるべきだよ”
“うーん、そう言われると確かに辞めるべきかも?”
“もしもってこともあるからな”
“気持ちの問題ってやつか”
“時間に追われると俺も仕事でミスするから、それと同じよな”
あくまでも俺個人の話ではあるが、下層ボスと戦っても負ける気はあまりしない。
むろん油断はしないが、望月ちゃんのために全力を尽くして粉砕するつもりだ。
だが、下層ボスに対して乗り気じゃない最大の理由はこれではない。
“キミー:それに、氷堂さんのペースを見るに下層ボスを仮に倒したとして1位になれるかは分からないんだ。倒しても2位のままかもしれない。これが一番の理由だよ”
これまでの中層ボスの撃破でのポイントと無垢の白球撃破で得たポイントから予測して計算すると、おそらくだが氷堂に届かない。
無駄になるかもしれない。そう考えると、探索者としての俺は挑戦を良しとは出来なかった。
“1位になれないなら挑まなくていいかもなぁ”
“なれる可能性もある?“
“厳密なポイント計算式が分からないけど、厳しそうよなぁ”
“まぁ、モッチー達は十分に頑張ったし”
“ここで挑戦して、もしもってこともあるわけだしな”
“2位になったんだからそれでいい気もする。モッチー達は凄かったよ”
他の視聴者達も、優さんと言っていることは同じ。
望月ちゃんは優さんの強調されたコメントを見ても何も言わなかった。
けれど、目に籠った強い意志は消えなかった。
「……仮に下層ボスを倒しても1位にはなれないかもしれないことは分かりました」
そこで言葉を区切り、望月ちゃんは竜乃を見る。
じっと数秒見つめ合う少女と白い竜。
『理奈……私はそれでも、やりたいわ』
「……うん」
白い竜は危険でも、報われなくても挑むことに決めた。
そしたら次は俺の番だ。
望月ちゃんは俺の方を向いて、腕に力を込めてくる。
彼女の思いが、痛いほど伝わってくる。
「虎太郎君……また虎太郎君に迷惑をかけるかもしれない。また虎太郎君頼りになっちゃうかもしれない……それでも……お願い。力を貸してください」
『……望月ちゃん』
元探索者の視点からすれば、下層ボス挑戦はするべきではない。
勝てるだろう。だが、もしもという可能性があるのがダンジョンだ。
それに、達成しても1位になれないならば意味がないと考えただろう。
けど、虎太郎としてなら?
こうなるのはずっと前から薄々分かっていたことだ。それなら。
(……答えだって、最初から決まってたようなものか)
俺だって、やる前に諦めるよりはやってダメだったという結末の方が好きだ。
『やろう』
「…………」
小さく吠えるだけで望月ちゃんは全てを感じ取り、頷いた。
顔を上げて配信ドローンに向き合う。
「それでも私達は挑みたいです。下層ボスを倒して、それで1位になれなかったとしても挑みたい」
その言葉に、コメントが止まった。
誰もが、優さんすら返答に困っているのだろうか。
その時間は短かった筈だ。けれどじっと待つ時間は長いように感じられた。
“よく言った”
そのコメントが、皮きりだった。
“まあ、モッチーがそれを選ぶなら……”
“竜乃ちゃんと虎太郎の旦那も納得してるみたいだしな”
“個人的には止めたいところだけど、挑戦するって言うなら応援する”
“2位でいいと思うけど……”
“望月ちゃん、凄いです”
俺達の挑戦を受け入れるコメントが広がり、そして。
“キミー:あー、もう、分かったよ! でも時間がないから、明日一日で情報詰め込んでよ!? 望月ちゃんも日課を封印して勉強すること、いいね!”
優さんも、俺達の挑戦を受け入れてくれた。
望月ちゃんはコメントの流れを追って、次第に表情が明るくなっていく。
「はい! 皆さん、ありがとうございます! 虎太郎君の足を引っ張らないように、下層ボスの情報をしっかりと覚えて、まずは確実に勝ちますね!」
“キミー:配信見てる人でここのダンジョンの下層ボスについての情報を持ってる人は、概要欄のメールアドレス宛にメールしてくれ。○○さん、■■さん、△△さん、メール振り分けを手伝ってください!”
“なんだかんだ言って望月ちゃんに甘いキミーパイセン”
“オカンやんww”
“キミーパイセンによる情報収集が始まる”
“キミーパイセン徹夜お疲れ様です”
“キミー:徹夜したくないけど仕方ないからね! 望月ちゃん、今日は探索終わりにして。明日は勉強日! それで明後日、JDC最終日にボス挑戦する。分かったね!?”
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
優さん主導で明日、明後日の予定が決まる。
「あの」下層ボスを倒すために、俺も色々と考えるとしよう。