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第57話 思うところがあっても、勝ちは勝ち

 俺は首を動かして望月ちゃんから視線を外す。

 安心させるために振り向いて見せた結果、彼女は安心した顔を見せたが。


(やべー)


 俺は内心でやってしまったと思っていた。

 何をしたのか明白には覚えていないものの、以前も起きたことが起きたのだろう。


 どうやら俺は獣に堕ちてしまっていたらしい。

 目の前には損害を受けている白球が居るし、体中痛いし、なんか紫の電流走ってるし。


(……まあでも、そういうことなんだろうな)


 俺が何をしたのかは覚えていないけれど、なぜそうなったのかはなんとなく予想がついている。

 今の俺の状態を見るに、俺はやっぱりあの化け物で、危機的な状況に陥ったからこうなったという事か。


 いや、どちらかというとこの白球がTier0に関連しているからという事なのかもしれない。

 覚えていないが、意識を失う寸前にそんなことを思ったような気もする。


(なんか……強くなった? のは間違いないみたいだし)


 体中にあの化け物と同じ紫の電流が流れていることもそうだが、よく見ると前足の爪に同じ色の紋様が走っている。

 気を失う前はなかったものだ。


『……とはいえ、なんか申し訳ないな』


 聞き取れるのかは分からないが、目の前の白球に向かって俺は言葉を発した。


『勝手に強くなって、勝手にボコボコにして……そんで、なんか勝つと思うし』


 俺の言葉に、白球の光の帯が動きを止めた。

 まるでそれが、唖然としている人間のように思えて、俺は思わず笑ってしまった。


 あぁ、よく見てみれば、思った以上に分かりやすいなこいつ


 そんな俺の心情を読み取ったのか、白球の光の帯が先ほどよりも速く回転を始める。

 それすらも怒っているように見えて、ますます分かりやすいと思ってしまった。


『とっとと終わらせよう』


 望月ちゃんに心配をかけたし、竜乃に小言も言われるだろう。

 だから、こんなものに時間を割いている場合じゃないのだ。


 ゆっくりと一歩一歩白球へと歩いていく。

 浮かび上がった白球はその場から動かない。


 俺を貫くように白い線が複数現れ。

 それに沿うように発せられた光線を、全て紫色の電流で叩き落とした。


『もう、当たらねえよ』


 宣言し、さらに進む。例え気を失っていても今の俺の体であることに違いはない。

 今の俺には、この電流の使い方が手に取るように分かる。


(お前よりも、俺の方がうまく使えるぞ)


 自らの体の中に告げてみても、返事はなかった。残念。


 完全に白球を射程に抑える。

 なんども放ってくる光線を電流で撃ち落し、そして。


 大地を蹴って右の前脚を力の限りに振るった。


 爪は二本の光帯によって止められるが、それと同時に紫の紋様が光る。


 ――バキンッ


 一つの帯を破壊。


 ――バキンッ


 二つ目の帯も破壊。

 そして白球を横から殴りつけるように、深く深く爪をめり込ませた。


 今の俺に出来るであろう全力の物理攻撃は白球をへこませ、形状を球体から歪な形へ変える。

 波打つ左側面に、やや縦長になった白球は吹き飛び、地面を抉る。


 もはや転がるという機能すら喪失したそれは大地に跡を残して止まる。

 二か所破壊された二つの光の帯が地面に落ち、白球も輝きを失っていく。


 失われつつある白球を見ながら、俺はため息を吐いた。

 今の俺が、かつての俺よりも強いという事はこれで証明されたようなものだ。


 だが意識を失い、その間に勝手に強くなってその結果強さが証明されるというのは少し――いや、かなり微妙だ。

 ため息だってつきたくなるというもの。


『虎太郎!』


 声を聞いて振り向けば、すぐ後ろに竜乃が飛んでいた。

 彼女は心配そうに俺を見ているが、いつものように近づいてはこない。


『もう! 心配したんだから! いくらピンチだからって、あんな風に怒りに任せた攻撃するなんてあんたらしくないわよ』


『……悪い悪い。ちょっとイラっとしちまってな』


 どうやら良い感じに勘違いしてくれているようなので、話に乗っておくことにする。

 余計な心配をさせるよりはずっといいだろう。


 ふと、竜乃がチラチラと俺を見ていることに気づいた。

 正確には、俺の体から発せられている紫色の電流を。


『あぁ、これ触れても大丈夫――』


「虎太郎君!」


 説明している途中で望月ちゃんに抱き着かれ、俺は言葉を止める。

 役得なので、少しだけ足を曲げた。全身で望月ちゃんを感じるのだ。


「虎太郎君……その……大丈夫?」


 彼女は体を少し離し、俺の目を覗き込むようにしながら問いかける。

 テイムの関係で繋がっている彼女には、怪しまれるかと思ったのだが。


「もう……こんな傷で無茶しちゃダメだよ! すぐに回復させるからね」


 温かい光が俺を包む。

 どうやら、彼女も気づいてはいないようだ。


 気を失っていた間の俺は望月ちゃんや竜乃に危害を加えた様子もないので、それも理由の一つなのだろう。

 ピンチになって死力を尽くしたと思ってくれているならばそれでいい。


“すげえ、すげえよ虎太郎の旦那。あんなのに勝っちまうなんて”

“覚醒したときちょっと怖かったけど、最後はかっこよく決めてくれたな”

“そりゃああんだけボロボロにされれば旦那もキレるかww”

“しかもあの白い球、なんかおちょくってるみたいでムカついたしなww”

“虎太郎の旦那がさらに強くなって留まるところを知らない”

“マジギレ虎太郎の旦那は切り抜かれるなこれ”

“恐怖を感じつつも目を離せない俺が居たんだ”

“ヤダ、ワイルドな虎太郎の旦那、カッコいい……”


 チラリと視界に入ったコメントも盛り上がってはいるようだが、俺が気を失っていたことに気づいた様子はない。

 まあ、当の本人以外に気づくのは無理か。


(暴走するトリガーは強い怒りを感じるか、あるいはTier0関連に負けることか)


 これまでもスールズと戦ったときのようにボロボロになることはあった。

 けれどその時には意識を失うようなことはなかった筈だ。


(まあ、もう会わないだろうし……もう一回会ったら俺が惹きつけてるみたいな感じになるから流石にヤバいが……)


 出会う探索者が極端に少ないTier0に出会うこと自体がおかしな話だが、これが最初で最後になるだろうと、とりあえずの結論を下す。


「うん、とりあえず傷は塞がったかな。でももう少しだけ待っててね」


『ありがとう!』


 血を止めてくれたであろう望月ちゃんに礼を言い、ペタンと地面に伏せる。

 やや体が痛んだが、これまでの激痛に比べれば可愛いものだ。


『にしてもすごいわねこれ。すごくビリビリしているのに、全然痛くない』


 背中に降り立った竜乃に声を掛けられる。

 怪我人の背中に乗るなと言いたいところだが、怪我をしていないところを選んで、しかも衝撃がないようにふわりと降り立っているので優しさを感じた。


『味方だと認識してるからな』


『虎太郎、お姉さんはあんたの味方よ』


『別に電流浴びせるようなことしないって』


『……分かってたわ』


 こいつ、本当にそう思ってたのか?

 そう思ったが声には出さなかった。怪我をしている体に竜乃ペシペシは辛いのだ。


 いや、別に辛くはないけど。


「うん、大体治ったかな。今日は大変だったね、ちょっと休憩して終わりにしようか」


 望月ちゃんがポケットから取り出した簡易テントキットを見て、俺と竜乃は同時に頷いた。





 ×××





 探索者用簡易テントは、天国である。


「竜乃ちゃんも虎太郎君もお疲れさまー。えへへー」


 竜乃と一緒に望月ちゃんに抱き着かれる。

 体の大きさは俺の方が大きいので、望月ちゃんに触れる面積は俺の方が大きい。


 もう一度言おう、探索者用簡易テントは、天国である。

 このために探索していると言っても過言ではない。


“癒し動画定期”

“い や し”

“俺もこんな子によしよしされたかった”

“目の保養”

“いつもありがとうございます!”

“癒しに対する報酬はどこに払えばいいですか?”

“キミーパイセン、早く配信の収益申請許可して”

“キミー:いや、僕が許可するものじゃないから、しかるべき機関に言ってよ”

“やっぱり政府じゃないか!”

“仕事して定期”

“まぁ、こんな短期間でモッチーが有名になるなんてそりゃ思わんわな”

“企業所属だったら早いんだろうけどねぇ”


 コメントで色々言われているが、いくら積まれてもこの天国の時間は譲らないのである。

 天使の抱擁タイム(俺命名)の価値、プライスレス。


「あ、そうだ」


 天使の片腕が離れ、俺の幸福度が∞から∞-1になる。

 でもそれって∞じゃね? これってつまり数学の真理ってこと?


 そんなことを溶けた脳みそで考えていた俺。


「え!? え……えぇ!?」


 突然の天使の大声に耳の鼓膜破れそうになる。

 望月ちゃん、俺のお耳壊れちゃうよ。


「あ、ご、ごめんね虎太郎君……」


 不機嫌そうに見上げてみれば、気づいたのか慌てて謝ってくれる望月ちゃん。

 大丈夫、ちょっとびっくりしただけです。なので望月ちゃんはそのままで。


 でもちょっと大声は勘弁。


「竜乃ちゃん、虎太郎君、見て……ついに、2位だよ。2位!」


 やや声量をおさえつつも、興奮は抑えきれないという様子で望月ちゃんは端末の液晶を俺達に見せてくる。

 そこには確かに、「2」と書かれていた。


「虎太郎君のお陰だよ、ありがとう!」


(あっ……)


 望月ちゃんにもう一度ぎゅっとされながらも、俺は固まってしまう。

 喜ばしい事ではある。けれど同時に、俺は気づいてしまった。


 これが一体どういう事であるのか。


「ここまで来たら、皆で1位になりたいな」


『そうね。確かに2位なら1位を狙いたいところだわ……』


 うんうんと頷く竜乃に微笑み、望月ちゃんが端末を弄り始める。

 しかし俺は素直には頷けなかった。


(9位なら、1位を目指すこともなかった。俺が白球を倒したから……あのTier0、余計なことしやがって……)


 内心で忌々しい銀球に苦言を漏らす俺とは対照的に、竜乃と望月ちゃんの表情は明るい。


「1位の人って、確か日本探索者ランキング1位の氷堂さんだった筈。

 あった。うーん、近いから下層を探索してれば追いつける、かも?」


『なら、これからは下層でモンスターを狩りまくって目指せ1位よ!』


『あ……あぁ……』


 見えてきた頂に興奮する二人に、俺は曖昧に同調するしかできなかった。

 竜乃はテイムモンスターであるがゆえに、望月ちゃんは今まで中位の探索者であったために分かっていない。


 現日本探索者レベルランキング1位の氷堂。

 俺が探索者の時からずっと、彼女は京都のTier1ダンジョンの深層のモンスターを狩り続けている。


 俺達は中層のボス、上層のモンスター、暗黒城、そしてTier0の残した白球という格上のボスクラスのモンスターを倒し続けてようやく2位なのだ。

 彼女はそう言ったボスクラスのモンスターを倒さずに、ずっと1位に居る。


 俺達が1位になれる確率は、限りなく0に近い。


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