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第56話

「虎太郎くん!!」


 テイマーの少女、望月は悲痛な叫び声をあげた。

 視線の先には全身からおびただしい程の血をまき散らしながら宙を舞う黒い獣の姿。


 少女は何もできず、黒い獣――虎太郎は背中を地面に強く打ち付けた後に、半回転して腹ばいの状態で止まる。


 美しさすら感じていた黒い毛並みは赤黒くなり、顔は俯いたままで見ることはできない。

 ピクリとも動かない虎太郎を見て、少女は思わず駆けだした。


 目から零れ、飛んだ涙を気にすることなく、虎太郎に近づき、崩れる落ちるように膝をつく。


「酷い……っ!」


 体中から血が止まらない痛々しい姿の虎太郎を見て、少女は諸悪の根源を睨みつける。


 白球は光の帯のヒビを目の前で修正してみせた。

 虎太郎のつけた傷など、全く効いていないことを見せつけるようだった。


 言葉を発さず、表情どころか顔もないが、少女にはそれがなぜか嘲り笑っているように感じられる。


 目の前が、真っ赤になった。叶うなら今すぐあれを壊したい。

 自分が愛する者をこんな姿にした白球を恨みの籠った目で睨みつける。


 ――ピリッ


 しかし少女は気持ちをぐっと堪えて視線を無理やり外し、虎太郎に回復魔法をかける。

 あの白球は許せないが、今は虎太郎の方が先だ。


『このっ! よくも虎太郎を!!」


 竜乃が大きな鳴き声を上げ、ドラゴンブレスで足止めをしてくれている。

 しかし、いつ白球の気が変わって襲い掛かってくるか分からない。


(……?)


 回復魔法をかけつつ、チラリと視線を投げた少女。

 竜乃のブレスに対して、白球は2つの光の帯で対処している。


 けれど防いでいるだけで、そこから前に進む様子はなかった。

 それが少女には、何かを恐れているのではなく、傷ついた虎太郎を遠くから観察しているように思われた。


 ――ビリッ


(……?)


 音が聞こえた気がして、下を見る。

 けれどそこには傷ついた虎太郎しか居ない。


 気のせいか。そう少女が思ったとき。


 ――ビリッ


 虎太郎の黒い毛並みに、「紫色の」電流が一本流れたのを見た。


(なに?)


 そう思ったのも束の間。


 ――ビリッ、ビリリッ


 今度は明確に音も聞いた。視界に映るいくつもの「紫色の」電流。

 まるで虎太郎自身が帯電しているかのような。


「い、一体なにが……」


 虎太郎の体から発せられる電流は本数と大きさをどんどん増していく。

 そのうちの一本が少女の手のひらを掠って痛みを覚えたが、回復魔法を辞めはしなかった。


 だが、次の瞬間。


「きゃっ!」


 ――バチンッッ!!


 何かが弾けるような音が響き、少女は咄嗟に虎太郎から離れてしまう。

 それでも回復魔法を中断しないように手のひらを向け続けたのは、彼女の愛ゆえか。


 虎太郎はぐったりとしたままで動かない。

 けれど彼を発生源として、紫色の電流が流れている。


 小さかった電流は大きくなり、今では地面にまで飛んでいる状態だ。


(こ……たろう……くん?)


 その声がトリガーだったのか、それともたまたまタイミングが合っただけなのか。

 まるでこれまでぐったりしていたのが嘘かのように虎太郎が頭を上げ、すっと立ち上がった。


 その体の傷は癒えきっておらず、まだ血が流れている。

 にもかかわらず、虎太郎は大地を蹴った。


 いつもの虎太郎と同じ、いやそれ以上のスピードで白球へと向かう。

 それに対し、白球もこれまでと同じように光線で対応した。


「こ、虎太郎君!」


 少女には、それがまるでこの戦いの始まりの再現のようにも思えた。

 虎太郎が駆け出し、光線を避けて接近戦を繰り広げる光景の再現。


 だが、そうはならなかった。


「こ……たろう君……」


 虎太郎の軌道はどこまでも直線的で、そして白球の放つ光線を意にも留めなかった。

 体のどこを貫かれようとも、止まるどころか怯む様子すら見受けられない。


 まるで痛みを感じない機械のような行動に少女が声を漏らすのも無理はない。

 虎太郎はまっすぐ最短距離で白球に向かい、右の前脚を振るって二本の光帯に叩きつけた。


 竜乃のブレスも同時に防いでいたが、今回も問題なく二本の光帯は爪を受け止める。

 ここまでは先ほどと同じ。


 けれど虎太郎の爪は修復したはずの光の帯にヒビを入れ、白球ごと勢いよく吹き飛ばした。

 まるでピンボールのように白球は弾き飛ばされ、地面を転がり停止する。


 憎々しい二本の光帯が、力なく地面に落ちた。


『こ……たろう?』


 何を言ったのかは分からないけれど、竜乃の戸惑うような鳴き声を聞いたのと同時。

 虎太郎は間髪を入れずに大地を蹴り、白球に飛び掛かる。


 応戦しようとした白球の光の帯の一つを切り裂きで弾き、もう一つに噛みついた。


 白球も光線で応戦するものの、虎太郎は避けることなどせず体でそれを受け、右と左の前脚でひたすら光の帯を打ち付ける。


 それは、もはや戦いではなかった。

 これまでの虎太郎がやってきたような、避け、的確な一撃を与えるような戦闘と呼べるようなものではない。


 今、虎太郎が行っているのは、力任せに光の帯を破壊しようとする暴力だ。

 あれと同じものを少女はかつてテレビで見たことがある。


 どこかのサバンナで喰らい合う獣達と、今の虎太郎が被った。


「どう……なって?」


 虎太郎は確かに頼りになる程防御力が高く、打たれ強い。

 けれどあんな風に血まみれになりながらも痛みを感じないわけではない。


 虎太郎は確かに強い。

 けれどあんな風に力任せの戦闘ではなく、まるで熟練の探索者のような戦いをしていた筈だ。


 それに虎太郎はテイムモンスターであるが、強靭な理性があるように少女は感じていた。

 彼女にとってみれば、虎太郎はまるで人間みたいで、考えていることが分かったこともあるくらいだ。


「こたろう……くん……」


 あんな何も映さないような赤い瞳に、獰猛な表情をしていなかった筈だ。

 彼の事が何も分からない。


 彼との繋がりはまだある。けれどその白い繋がりはあまりにも薄く、今にも消えてしまいそうだ。


「虎太郎君……」


 爪が光の帯を二本まとめて破壊し、そのまま白球に叩き込まれた。

 ガンッ!という鈍い音を響かせて白球が地面に転がる。


 これまで美しさすら感じていた白いボディには土がいくつもついていた。

 焦っているように感じられるのは、少女の見間違いではないだろう。


 もしもあのまま白球を倒したとき、どうなってしまうのか。

 自分と虎太郎の繋がりは、おそらく。


 消えてしまうのだろう。それは、絶対に嫌だった。


「虎太郎君!!!!」


 今まで一度しか出したことがない程大きな声を出して、少女は名を呼ぶ。

 届くように、戻ってくるように。


 その声は、彼を起こした。


 歩みを止めた虎太郎と少女の間の白い絆がより鮮明に目に映るようになる。

 虎太郎との繋がりが、感じられる。


 ゆっくりと、虎太郎が首だけを振り返る。

 獰猛な獣としか思えない表情は消え、いつもの凛々しい表情と蒼い瞳が視界に映る。


 体中に流れる紫の電流は、今も変わらない。

 けれどその姿は、これまで少女たちがずっと一緒に居た虎太郎に違いなかった。


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