第54話 絶対防御の光帯
白球はこのダンジョン下層のダーク系統のモンスターではない。
だから魔法に対して強い耐性があるわけでも、物理攻撃をした結果俺がダメージを受けることもない。
とはいえ、それが勝機につながるわけではない。
奴は今まで戦ってきたどのモンスターよりも格上だ。
(俺の元居たパーティ全員なら、油断しなければ勝てるだろう。逆に言えば今の俺達には厳しい相手だ)
『やるしかないんでしょう!』
そんな事を思っていると、竜乃がいつも通りに先制攻撃を繰り出した。
彼女の十八番ともいえる、ドラゴンブレス。
ダーク・エンペラーを倒し、さらに実力が上がった竜乃の炎は、下層モンスター程度ならば十分なダメージを与えられる。
しかし。
『なっ……』
炎が白球に当たる直前、光の帯が回転し、2つの帯が交わる場所がドラゴンブレスを受け止める。
強力な攻撃である筈のドラゴンブレスは、光帯が交わった場所を突破することはできず、消失した。
『なに……あれ……』
『絶対防御機構って呼ばれてる、あの白球の能力だよ』
『虎太郎……あんたあれと戦ったことあるの?』
『知ってるだけさ』
そう、知っているだけだ。
白球そのものはそこまで硬くはないが、あの光帯の防御力は目を見張るものがあると。
それこそ、上位探索者の前衛をもってしても抜けるか分からないほどの防御であると。
(でも、試す価値はある)
竜乃に目配せをして、頷き合う。
ダンジョン探索中は俺は常に一つの魔法を待機状態にしている。
昨日のダーク・エンペラーのようなボス相手や、今のような非常事態に対処できるため。
それを解放する。
竜乃が先ほどと同じように大きく息を吸い、ドラゴンブレスを放つ。
けれど、結果は同じ。白球の光帯により、それは防がれてしまう。
だが、俺の最も得意な雷の魔法ならばどうか。
ボルテックスが奴の頭上に落ちる。
竜乃は依然としてブレスを吐き続けていて、二本の帯はそれを防ぎ続けている。
それならば別の方向から攻撃をすれば奴を貫けるのではないか。
その考えが間違いであることを、俺は情報として知っていた。
ドラゴンブレスとボルテックス。2方向から襲い掛かる2つの脅威を前に、光の帯が動いた。
おそらくそれは人間の目には正確に捉えられないほどの速さ。
帯は二本しかない筈なのに、それらがブレているように見え、かつ「4点で」交わっているように見える。
その内の2つの交わりが、ドラゴンブレスとボルテックスの両方を受け止めていた。
『マジか……』
目の前の光景に思わず声を漏らすが、それは敵の防御の変化にではなく、防がれたことに対してだ。
少なくとも得意な雷魔法ならば、奴の防御を貫けなくても崩せるのでは?と思っていた。
だが、どうやら奴は俺が思っていた以上に防御に特化しているようだ。
情報としては知ってはいたが、実際に目にすると奥歯を噛みしめるしかない。
俺の雷では傷をつけることは叶わず、竜乃のブレスが途切れた瞬間にそれは起きた。
『来るぞ、竜乃!』
『っ!?』
その時は、何の前触れもなく訪れる。
今までなかった筈の白い光の直線が視界に入った直後、そこをなぞるように2回り太い光線が撃ち出された。
「わわっ!」
『嘘でしょ!?』
『っ、あぶねえ!』
俺、望月ちゃん、竜乃がそれぞれ必死にその光を避ける。
当たればダメージを受けることは、全員が本能的に理解していた。
光を跳んで避けた俺は白球へと駆ける。
力の限りに駆けたために一気に接近し、跳び掛かりながら右の前脚の爪を突き立てた。
振り下ろしたときには二本の光帯の交差部分で受け止められていたが、関係ないと言わんばかりに力を籠める。
けれど、突破できそうな気配はまるでない。
(それ……ならっ!)
前脚に力を入れてわざと弾かれ、後ろへと跳ぶ。
その過程で魔法の準備をしながら、叫ぶ。
『竜乃!!』
着地してすぐに横に跳べば、俺が今まで居た場所を炎が駆けていく。
流石相棒。的確な指示を出さなくても、して欲しいことをしてくれる。
白い球体など丸々飲み込むほど大きな火の奔流。
けれどそれは、たった二つの光の帯に阻まれる。
激突した結果軌道が反れたり、一部が見当違いの方向に飛んでいくわけではない。
ただ光の帯の交差点で、ブレスが消失させられている。
その様子を見ながら、俺は素早く魔法の準備を進める。
正面から打ち破る方法を探すよりも先に、試したいことがある。
望月ちゃんとの白い繋がりが、熱を帯びた気がした。
『虎太郎! 理奈! 来るわよ!』
竜乃に言われるまでもない。
俺を貫いた白い光を視覚するのと同時に、跳びあがる。
『防いで……みろ!』
眼下で通り過ぎる光線を見ながら、吠えた。
大地を切り取るかのように赤い線が円を描き、爆音を発して火柱が上がる。
火の上級魔法、イグニッション。
効果範囲は広大で、奴に逃げ場などない。
竜乃のブレスとは違い、領域そのものを焼く炎。
これで、ダメなら。
『…………』
ゆっくりと、火柱が小さくなって消えていく。
その後に、多少はダメージを負った白い球体の姿を願った。
けれどその願いを断ち切るかのように、音が聞こえた。
何かが高速で回転するような、風を切る音だ。
前脚に力を入れて、地面を抉る。
そうするしか、今の気持ちをぶつけることが出来なかった。
火柱が消えた場所には、1回りほど大きくなった白球がある。
いや、正確には元々1回りほど大きい位置にあった帯が高速回転をした結果、白球を包み込んでいた。
次の瞬間、2つの光帯は急に回転を停止。白球の前面、俺達によく見える位置で交わった。
奥の白球には傷一つ見受けられない。
(とんでもないな……)
望月ちゃんはこいつの情報を見て、Tier1の上層から中層程度だと言っていた。
モンスターチェッカーでの情報が全てではないが、なかなか的を射ているとは思う。
こいつを倒すにはかつての俺くらいの力が、あるいはそれ以上の力が要るということか。
『越えないといけない壁が……今度は自分自身か』
この姿になってから、今まで何度も思ってきたことがある。
探索者だった頃の自分なら、あの時の俺ならと。
その中で、かつての俺はいつも今の俺よりも先に居た。
当然と言えば当然だ。
かつての俺はTier1ダンジョンの中層。対して今の俺はTier2ダンジョンに居る。
そもそもダンジョンのTierから違うのだから。
けれど、最近はこう思うようにもなった。
今の俺なら、あの時の俺とどちらが強いだろうか、と。
『……やってやろうじゃないか』
正直な話をすれば、あの時の俺が仮に今ここに居て望月ちゃん達と協力したとする。
けれどそれで勝てるというビジョンが、どうしても浮かばない。
だからこそ。
――今の俺で奴を倒して、かつての俺を越える
敵はダンジョン内最強の敵、Tier0が残したモンスター。
数多くの探索者が挑み、命を散らせていった凶悪な白い球体。
今の俺が過去の俺を越えたことを証明するのに、相応しい相手だ。