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第5話 唯一残った世界と、かつての希望

 ダンジョンの出口は入口とは別にある。

 そのため、出ようとして入ってきた探索者とうっかり鉢合わせるといったことはない。


 けれど同じようにダンジョンから出ようとする探索者と出会う可能性はある。

 そのため俺は茂みから出口の方を観察していた。


(出口は通路の先にある。もし誰かが居たら隠れる場所もないからな)


 とはいえ通路の先には出口しかないため、探索者が待ち構えているなんてこともないだろう。

 気配を伺ってみても、人が居るようには感じられなかった。


 今だと思い、出口へと駆けだす。

 石造りの通路を一気に駆け抜ければ、出口が目に入る。


(良かった。この姿になって出口がないなんてなったらどうしようかと)


 ダンジョンの出口はテレビゲームのワープホールのような姿をしている。

 モンスターになった今、出口が無くなってしまうのかと思ったが、そうではないようだ。


 行き止まりの壁に浮かぶ、銀の水面のような出口。

 探索者はここに入ることで現実世界へと帰還することができる。


 ――ここに入れば、戻れるかもしれない


 深く息を吐いて、右の前足を持ち上げる。

 ゆっくり、ゆっくりと出口に近づけていく。


 獣の前足が出口に触れ、そして。


 止まった。


(あぁ……)


 ペタペタと、何度も出口を前足で触れる。

 違うところに触れても結果は変わらない。


 これは出口のように見えているだけで、壁だ。

 まるで壁に出口というテクスチャを張り付けたようだ。


 いや、俺だけがそうなのかもしれない。

 探索者でなくなった、俺だけが。


(……分かっていた、ことか)


 ダンジョンから出れば戻れるかもしれない。

 それが俺の楽観的な希望であることは、なんとなく気づいていた。


 人間の頃の体はもう無く、今の俺はモンスターだ。

 出口を潜り抜けたとして、元の人間に戻れるはずもない。


 よく考えれば分かることだが、まさか出口を通り抜けることすらできないとは。

 これで俺は他のモンスターと同じようにこのダンジョンで生きていくしかなくなったわけだ。


(……とりあえず、戻るか)


 ショックではあるが、いつまでもここに居るわけにはいかない。

 いつダンジョンを出る冒険者が来てもおかしくないのだ。


 とはいえ来た時のように駆ける気にはとてもなれなかった。

 沈んだ気持ちのままとぼとぼと歩き、元居た茂みへと向かう。


 運が良く探索者には出会うことなく、茂みに戻ることが出来た。

 そのまま隠れることは忘れることなく、上層を歩き回る。


(やる気が起きないな……)


 何の目的もなく歩きながら、俺は内心で深いため息をついた。


 生き残るためにレベルを上げないといけないことは分かっている。

 けれど魔法による寄生という手段が確立された以上、急ぐ必要はなくなった。


 それに先ほどの出口のショックからまだ立ち直れていない。

 今日はもういいかな、ということさえ思い始めていた。


(適当に身を隠せる場所でも探して、そこで寝るのもいいかも……)


 そんな事を思ったときだった。


「そういや、姫様の配信見た?」


 探索者の、そんな楽しそうな遠い声を聞いたのは。

 思わずそちらに向かう足が早くなってしまう。


 それでも決して彼らに見つからぬように。

 けれど決して彼らの言葉を逃さないように。


「お前、あの配信者のこと好きだよなぁ」


「俺らよりも強くて、しかもテイマー職なんだぜ?

 そんな人が頑張ってたら応援したくもなるって!」


 聞こえる足音の数から考慮するに4人。

 おそらくはパーティだろう。


 姫様……あの女について話しているのは1人だけだが、かなり熱心なファンであることが伺える。


「もう聞き飽きたわよ」


「そうそう。ほとんど毎日じゃない。私達は毎日配信追ってるわけじゃないって」


「いや、でも切り抜きとかは見てるじゃん!」


 彼らは男女2人ずつのパーティのようだ。

 ただ、あの女の熱心なファンであるのは1人の少年だけで、他はそうでもないという感じだろうか。


 彼は楽しそうに話しているが、俺の内心は穏やかではなかった。


(応援したくなる!? クソッ! 声を出せるなら今すぐあの女の本性を話してやるのに!)


 奥歯を強く噛みしめ、内心で毒づく。

 胸のもやもやが収まらない。

 今すぐにでも暴れ出したい気分だ。


「いよいよ下層に挑戦するんだぜ?

 しかも念には念を入れてテイムモンスターやパーティメンバーも十分にレベリングしてる。

 ありゃあ成功すること間違いなしだぜ」


 酷く腹が立つ。

 あの時の出来事を思い出して、視界が赤く染まる。


 なにが姫様だ。なにが期待のダンチューバーだ。

 なにが慈愛に満ちた探索者だ。


 反吐が出る。


 あの細い首を噛み千切りたくなるくらい、ムカムカして仕方がない。

 怒りで頭が染まって、考えがまとまらない。


 もう用は無いと言わんばかりに探索者達から離れていく。

 特に考えることもなく、ふらふらと草むらを進み続ける。


 そんな中でも、隠れるという事は徹底していた。

 意識しなくても探索者やモンスターには見つからないように移動する。


 先ほどまで感じていた虚脱感はもうどこかへと消えていた。

 体を支配するのは、どこまでも真っ赤な感情だけだ。


 ああ、それにしても。


 ――ハラガヘッタナ


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