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第47話 もう二度といたしません

 結論から述べると、優さんがこのタイミングまで暗黒城の情報を望月ちゃんに伝えなかったのは英断だった。


 もし下層に入ってすぐのタイミングでは敵との実力差が大きすぎただろう。

 逆にもう少し遅ければ、JDCの終了まで十分なポイントを稼げなかったはずだ。


 暗黒城に出現するモンスターの強さのレベルは幅が広い。

 ダーク・ソルジャーのように余裕をもって倒せる相手ならば少しだけ力を抜いて。


 逆にダーク・ナイトを始めとするやや強めの相手の時には緊張感をもって挑んでいる。

 その緩急がちょうど良い刺激になっているのか、配信を見てくれている視聴者さん達も楽しんでくれているようだ。


“望月さんは、どうしてモンスターテイマーになったの?”


「お母さんがモンスターテイマーだったんです。当時の話を子供の時から聞いていて、憧れて探索者になりました。モンスターテイマーになるっていうのは最初から決めてました」


 背後でコメントに返答する望月ちゃんの声を耳にしながら、俺は通路の奥を見た。

 長く続く暗闇に包まれた廊下。その先に、まだ敵の気配はない。


 警戒は解くことなく、望月ちゃんの返答にも意識を向ける。


(ってことは望月ちゃんが俺をテイムしてくれたのは、ものすごく遡ると望月ちゃんのお母様のお陰ってことか。これは感謝の極み)


 会ったことも、見たこともない望月ちゃんのお母様に感謝を告げる。

 お母様、あなたのお陰で私は生きていられます。


 望月ちゃんに似て可愛い……いや、とても美人なお方なのだろう。

 望月ちゃんが天使なので、ひょっとしたら女神様なのかもしれない。


“お父さんも探索者だったの?”


「あ、はい。お父さんもそうでした」


 ダンジョンが出現してから数十年。

 望月ちゃんの年齢を考えると、ご両親は探索者として俺の大先輩に当たるだろう。


 俺が探索者になった時には、もう引退していたはずだ。

 それこそ、おそらくまだTier1ダンジョンの攻略が今のように進みきっていない時代のはずだ。


 ご両親も、望月ちゃんと同じように何らかのシークレットスキルを所持していたのだろうか。


“コメントの人皆モッチーって呼んでるけど、望月さんだからモッチーなんですか?自分も呼んでいいです?”


「はい、多分そうだと思います。もちろん構いませんよ。モッチーと親しみを込めて呼んでください」


 コメント欄ではモッチーと親しみを込めて呼ばれている望月ちゃん。

 配信開始当時は初々しかったが、今では慣れた様子だ。


“へへっ、なんか本当の意味で視聴者になった気がする”

“ようこそ、こちら側へ”

“モッチーの沼に落ちるのです”

“ちなみにモッチーは竜乃ちゃんと虎太郎の旦那の沼に落ちている模様”

“そういえば、竜乃ちゃんは種族がドラゴンだからですよね? 虎太郎という名前はどうして?”


「あ、虎太郎君の名前についてですか?」


(お? 俺の名前について? そういえば、なんで虎太郎って名前なんだろう)


 気になり、首だけを振り返る。

 配信ドローンに映るコメントにも目を向ければ、やはり俺の名前について質問されていた。


「今でこそ黒くてカッコいいですが、出会ったときは白い毛並みでカッコよかったんです。

 その姿が日本の昔話?神話? 分かりませんけど、それに出てくる白虎みたいだなって思って虎太郎って名前をつけました。

 その後すぐに毛並みが変わっちゃったんですけど、私にとってはいつまでも頼れる虎太郎君です」


“前は白かったんか”

“いや、っていうか今は黒くてカッコいいけど出会ったときは白くてカッコいいって、カッコいい言いたいだけやんけ”

“モッチーに竜乃ちゃんと虎太郎の旦那に関する隙を与えてはいけない(戒め)”

“無限に話せるぞ、この子。いや文字通りの意味で”


 望月ちゃんの返答に、コメント欄が沸く。

 いつもの飼い主バカっぷりも、この配信の一つの楽しみだ。


 けれど、それ以上に。


(望月ちゃん、そんな風に名付けてくれていたなんて!!)


 正直、望月ちゃんと初めて顔を合わせたときはボロボロで情けない状態だった。

 スールズの群れに対して成す術なく、最終的には望月ちゃんの助けを借りて勝利した形だ。


 それなのに望月ちゃんは俺の事を『白虎』を連想するくらいには強いと感じてくれたらしい。

 嬉しくて泣きそう。一生付いていくわ。いや、一生見守るってとこか?


(……人が良い気分でいるときに)


 人ではなく獣なのだが、細かい話は置いておくとしよう。

 目の前から、大きな気配を2つ感じる。敵のお出ましだ。


『竜乃』


『えぇ、分かってるわ』


 竜乃も気配を感じているのか、臨戦態勢だ。

 視線を向けなくても、望月ちゃんの雰囲気が切り替わったのを感じた。


 目の前の闇からゆっくりと出てきたのは、漆黒の馬。

 その姿を見た瞬間に、ダーク・ナイトだと分かった。


 けれどもう一つは三つの首を持つ黒い犬。

 今までこの下層では出会ったことのないモンスターだった。


(ダーク・テイマーか)


 三つ首の魔獣、現代ではケルベロスと呼ばれるそれに跨る一人の人間。

 軽装の鎧に身を包み、体は真っ黒な闇で構成されたそれは、彼女、つまり女性ではないかと言われている。


 この下層のフロアボスや、手に入るアイテムからの考察なので確定ではない。

 けれど問題はそこではない。ダーク・テイマーは、この下層においても最上位に位置する実力を持つモンスターだからだ。


『竜乃!』


『分かってる!』


 竜乃に叫んだ後に、俺は大きく息を吸い込む。

 放たれた火の奔流が通路を駆ける。


 灼熱が2体の上位モンスターに激突すると同時に俺の準備も終わる。


『止まれ!』


 咆哮。スールズ相手に動きを止める程の音の大波を奴らにぶつける。

 こうしている間にも俺と竜乃の体を白い光が包み、体の奥底からさらに力を湧き上がらせてくる。


 火の中から一つの影が飛び上がった。

 飛び上がったのは俺達から見て左側、ダーク・テイマーだ。


 その姿を見て、竜乃は首を上げてそちらにドラゴンブレスの軌道を動かす。

 これでダーク・テイマーは竜乃が、ダーク・ナイトは俺が担当するのが決まった。


『速攻で終わらせる!』


 もう何度も倒したことのある相手に時間などかけていられない。

 地面を蹴り、奴目がけて駆ける。


 奴もまた黒い馬の腹を蹴り、ランスを構えて突進してくる。

 探索者時代も、そしてこの姿になってからも何度も見た攻撃方法。


 だからこそ対処の仕方も分かりきっている。

 ある程度の間合いまで近づいたところで風の魔法を開放し、俺は高く飛んだ。


 奴のランスの高さはおろか、奴自身を遥か下に置くほどの跳躍。

 その高さから、奴とダーク・テイマーを一番得意な魔法で攻撃する。


『竜乃! 避けろよ!』


 相棒に声をかけ、俺は空中に電気で構成された巨大な球を作り出す。

 首を大きく振るい、力の限りに頭突きを行った。


 ひときわ大きな雷はまっすぐにダーク・ナイトに。

 そして四方八方に、大小さまざまなサイズの電撃が放出された。


 雷の中級魔法、プラズマ・ウェーブ。

 放たれた電撃は通常の黄色ではなく。青紫色。


 その性質は、障害物に当たると跳ね返ること。

 何度も反射すれば、その攻撃力は上級魔法にも匹敵する。


 だがこの魔法にも欠点がある。

 一つは、このような狭い戦場でないと戦えないという事。


 そしてもう一つは


『あんたねぇ! 少しは私の苦労も! 考えてよね!』


 竜乃が苦言を呈す。

 そんな状態でも電撃を避けつつドラゴンブレスを放っているが。


 そう、この攻撃、どこに飛ぶのか分からないのである。


(味方に当たることもあれば、俺自身に当たることも――いってえ!)


 青紫の電撃に右前脚を痺れさせられる。

 流石俺の魔法。俺ほどの魔法耐性があっても痛いぜ。


 プラズマ・ウェーブは収まるところを知らず、延々と跳ね返り続ける。

 ダーク・ナイトに当たろうが、ダーク・テイマーに当たろうが、留まるところを知らない。


 体が大きい分、奴らに襲い掛かる電撃の量は俺達の比ではない。

 最初に与えた分、ダーク・ナイトのHPなどもう風前の灯だ。


「こ、虎太郎君! これ、ちょっと不味いよ!」


『虎太郎! どうなってんのよ! どんどん電撃強くなっていくんだけど!』


 プラズマ・ウェーブって敵に当たると消える筈なんだけど。

 消えないどころか強くなってるねぇ。


『虎太郎!』


『はい! すみません!』


 ダーク・テイマーどころではなくなり、望月ちゃんを護り始めた竜乃。

 彼女達を護るために地の上級魔法、ロックフォートレスで包む。


 もはや、この電撃入り乱れる空間でまともに戦えるのは俺だけになってしまった。

 いや、俺が悪いんだけどさ――いってえ!





 ×××





 数分後。ようやくプラズマ・ウェーブが消え去り、荒れ狂う電撃の中を縦横無尽に駆けまわり、2体のモンスターを沈めた俺。


 実際にはダーク・ナイトはすぐにHPが削りきれたのだが、ダーク・テイマーは下層でも上位のモンスターだけあって時間がかかっていた。


 ちなみに敵2体が沈んだ後もプラズマ・ウェーブが消えるまで少しだけ時間がかかったことをここに記しておく。


 で、そんな俺は今何をしているかというと。


『虎太郎! あの魔法はダメよ! 私の出番がないわ!』


「虎太郎君! あの魔法はこんな狭いところで、もう使っちゃダメ! 危険だよ!」


『はい……はい……おっしゃる通りです。もう使いません。はい』


 平伏してお二人からのお叱りを受けていた。

 彼女達の怒りは最もであるし、飼い主である望月ちゃんとお姉さんである竜乃に怒られては反省するしかないのである。


 はい、本当にごめんなさい。


“流石にやりすぎたね”

“なんで電気が消えないんですかねぇ”

“虎太郎の旦那、尻に敷かれる”

“この中で一番強いのに、一番立場弱いの草”

“まぁ、狭い通路では封印してもろて”

“虎太郎の旦那の雷で敵も味方も丸焼きになるww”


 反射する魔法はもう辞めよう。

 虎太郎、心に誓った。


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