第46話 頼りになるお姉ちゃん、竜乃
闇に紛れた森林。
並ぶ数多くの木のうちの一本の陰から、望月ちゃんは遠くを確認している。
彼女の視線の先には暗闇に包まれた下層を斬り裂くような光が。
しかしそれは太陽のような明るい光ではなく、人工的に作られた冷たさを感じる光だ。
巨大なライトによって作り出された光の柱が動き、辺りを順に照らす。
じっと目を凝らしてみれば、その施設の輪郭が見えてくる。
広大な敷地を持つ、西洋風の城。
目の前に映るのはこのダンジョンの下層の施設、暗黒城だ。
「それじゃあ暗黒城……攻略します」
“マジでソロなんだな。いや、疑ってたわけじゃないんだけど”
“何というか、実感が沸いてなかったからなぁ”
“モッチー、ここを攻略してTOP10入りや!”
“頑張れ、踏ん張りどころやで!”
“本当に行くのか? 大丈夫か?”
コメントも二つに割れている。
以前から見てくれている視聴者は応援してくれて、昨日から見始めてくれた視聴者は心配してくれているようだ。
彼らの期待を裏切ってはいけないな、と心の中で呟いた。
“キミー:望月ちゃん、目的を念のためにおさらいしておこう”
「はい。あの暗黒城の中に入ってモンスターを倒しながら、最上階の宝箱を開ければゴールでしたよね」
“キミー:その通りだ。道中の敵や、宝箱前の中ボスが主な目的ではあるけど、宝箱の中身も所持していると明るくなる効果があるから下層の攻略には有利に働く。頑張ってくれ”
「はい!」
しっかりと返事をした望月ちゃんにもう恐れの感情はない。
緊張はしているようだが、丁度よいくらいの緊張と言ったところか。
俺達は歩き始め、城へと続く橋へと近づく。
暗黒城は周りを川で囲まれていて、入るにはこの橋を渡らなくてはならない。
以前とある探索者が空からの侵入を試みたことがあったようだが、城から狙われて失敗に終わったというのも聞いたことがある。
城へと続く橋は石造りの幅の広いしっかりとしたもので、その手前に光り輝く球体がある。
これが暗黒城に入るために最初にすることだ。
ゲーム風に言うならば、クエスト受注、というやつだ。
光の球体が、闇の中で光の文字を浮かばせる。
【最果ての世界に訪れしものよ。闇に堕ちた城へ挑むか?】
「はい」
【挑戦の先に、汝の手に闇を照らす光があらんことを】
【暗黒の城】
これで暗黒城に挑むことが出来る。
道は一本道。だがそこには大量のモンスターが待ち構えている。
まっすぐに橋を進めば、すぐに足音が響き始めた。
向こうから、これまでにない程大量のダーク・ソルジャー達が走ってくる。
「竜乃ちゃん! 虎太郎君!」
『先手必勝!』
望月ちゃんの魔法が俺達二人を包み、力をくれる。
そして竜乃が大きく息を吸い込んで、挨拶代わりのドラゴン・ブレスを放った。
ここ数日で一段と強くなった竜乃の炎のブレス。
巨大な火の奔流は橋の上を水平に走り、ダーク・ソルジャー達を飲み込む。
ダーク系統の敵は魔法に対しての耐性を持つ。
それゆえに、今までは俺の魔法をもってしてもなかなかダメージが与えられずに苦しんだ。
しかし竜乃のドラゴン・ブレスには、そもそも物理魔法の概念がないらしい。
故に彼女の攻撃には相性というものが存在しない。
望月ちゃんのレベルに応じて実力が上がった今の竜乃ならば、ダーク・ソルジャーに対して大きなダメージを与えられる。
そして足りない分は、俺が補えばいい。
『退いてもらう!』
事前に準備しておいた雷の魔法、ボルテックスを放つ。
この際、温存はなしだ。最初から最後まで全力で行く。
今なお燃え上がる橋の上のダーク・ソルジャー達全員を巻き込むほどの巨大な雷を落とす。
大きな音が響き渡り、黒い姿をした兵士達の体に電流が流れるのが見えた。
1体、また1体とダーク・ソルジャー達が倒れていく。
竜乃のブレスが効いているのか、魔法に耐性がある分HPが低いであろうダーク・ソルジャー(魔)から次々と消滅していく。
目の前のダーク・ソルジャー達が消え去るまで、あまり時間はかからなかった。
その間、竜乃はブレスで敵を燃やし続けた。
そうして最後の1体を倒したところで、竜乃が深く息を吐く音が聞こえる。
(ダーク・ソルジャーくらいなら、なんとかなるようになってきたか)
流石にダーク・ナイトなどの下層の中でも強いモンスターはやや手こずるが、ダーク・ソルジャーくらいならば安定して倒せるようにはなっている。
敵が魔法に耐性があるという点もあるが、俺よりも竜乃の方が今では与えるダメージも多いように見受けられる。
『お疲れ竜乃。大活躍じゃないか』
『橋の上で、しかもむこうから向かってきてくれるっていうのが良かったわね。
敵の遠距離攻撃も理奈が防いでくれたし、いい感じよ』
嬉しそうな竜乃と翼と左の前脚をぶつけ合う。
ここ数日は竜乃の機嫌がすこぶる良い。いつも笑顔だし、調子も良さそうだ。
元探索者として言わせてもらうなら、とても良い傾向だ。
“すっご……竜乃ちゃんのブレスヤバすぎやろ”
“虎太郎の旦那、相変わらず雷魔法痺れるー!”
“いや、テイムモンスターもそうだけど、望月さんのテイマーとしての実力も相当なものだな”
“思った。支援魔法であんなテイムモンスターが光るの、初めて見たかも”
“これがモッチー達の実力です”
“モッチー、分かったから。竜乃ちゃんと虎太郎の旦那の戦闘後のタッチにエモさを感じてズームしなくていいから”
“あぁ、また後でこのシーンを延々と繰り返すモッチーが見える……”
『竜乃、どうだ? 力が増している感じはあるか?』
『えぇ、まだ少しだけど。でもこれなら、ダーク・ソルジャーくらいならなんとかなりそうよ』
『頼もしい限りだ。ここだと俺はあまり力を発揮できないからな。
頼むぜ、竜乃お姉さん?』
『まったくもう調子いいんだから……』
聞こえるようにわざとらしくため息を吐いて、竜乃はジト目で俺を見る。
流石におだてすぎたか、と思ったのだが。
『……まぁでも、今までは頼りっぱなしだから少しくらいは返させてよね』
小さな声を聞いて、思わず彼女の方を凝視してしまった。
『…………』
『ちょっと! なによニヤニヤして! なんかムカつくわ!』
『わっ! おい、やめろって! おいおい……』
翼でペシペシと軽く叩かれる。
全く痛くはないのだが、雰囲気的に痛がっておく。
まるで子供の時のようなやり取りだが、不思議と心地よかった。
「…………」
“モッチー!”
“モッチー!先に進めー!”
“あとカメラ動かせ―!”
“竜乃ちゃんと虎太郎の旦那にエモさを感じて昇天している……”
“望月さん……”
“上位探索者ってどこか頭のネジ外れてるけど、望月さんもそうなのね……”
“キミー:はぁ……仕方ないな”
「わっ! は、はい! はい……はい、すみません。気を付けます。はい」
大きな声に振り返ってみれば、望月ちゃんが誰かと電話をしていた。
かと思うと少しだけやり取りをした後に、話が終わったのか電話を切ってしまう。
どうしたのだろうかと首を傾げたが。
「さ、さぁ二人とも先に進もうか。まだまだゴールまでは遠いからね」
そういう望月ちゃんは、なぜか苦笑いをしていた。