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第42話 それでも、前に進もう

 探索者ほど、危険な職業はない。

 確かにダンジョン探索で得られる報酬は莫大で、ロマンのある仕事ではある。


 ほぼ全ての探索者が最初はそういった輝く面を見て、そうなれると希望を抱いてダンジョンに入る。

 けれどその希望はダンジョンに潜れば潜る程、強くなればなるほど消えていく。


 絶望するのではない。現実を理解し、希望を抱かなくなるのだ。

 他の探索者が死ぬ光景を何度も見れば、そうなるのも無理はない。


 次は自分だと、そう感じるのも無理はない。

 そしてそういった、誰かが消える光景はいつだって現実味がない。


(……あ)


 いつだって、時が遅くなったかのようにじっくりと現実は突き付けてくる。

 ダーク・ソルジャーの投擲した槍が竜乃の体に深々と突き刺さる瞬間までを、じっくりと。


『あああああぁぁぁぁぁ!』


 許せるものか。

 怒りを抱くよりも早く、体は動いていた。


 地面を蹴り、掴みかかるかのようにダーク・ソルジャーに襲い掛かる。

 全体重をかけて奴を地面になぎ倒し、その首筋に牙を突き立てる。


 手足は痛い。口も痛い。

 けれどそれ以上に、痛い場所がある。


(このっ! お前っ!)


 その内心の叫びは奴に向けたものか、それとも俺自身に向けたものか、もう分らなかった。


 すでに死に体だった奴は俺の襲撃で間もなく完全に消滅する。

 噛むべき対象が消えたことを悟り、俺はすぐに踵を返した。


『竜乃!』


 可能な限り、いや限界すら越えて手足を動かし、崩れこむように竜乃の元に駆け付ける。

 地面に墜ちた彼女の側に既に駆けつけていた望月ちゃんも、顔面蒼白だ。


 けれどその目には諦めたような暗い色はなく、絶対に助けるという強い意志が感じられた。


「大丈夫。まだ竜乃ちゃんは大丈夫」


 俺に言い聞かせるようにそう呟いたとき、地面に倒れた竜乃が大きく息を吐いた。

 死んでない。生きている。


 ――生きている


 そのことを理解し、息を吐いて体を地面に落とした。


(……よかった。本当に……よかった)


 あの瞬間、竜乃が消えてしまうと思った。

 けれどギリギリでHPが残ったのだろう。


 目の前で望月ちゃんの魔法を受けながら、竜乃の傷が塞がっていく。

 この調子なら、傷が完全に癒えるのもすぐの事だろう。


(でも……油断したなぁ。次からはこういったことがないようにしないと)


 敵が完全に消滅するまで油断しなければ、今回の事は防げたはずだ。

 それにもし同じようなことがもう一度あれば、次こそは竜乃や望月ちゃんが命を落としかねない。


 そんなことは、絶対にさせない。


 そう思ったとき、竜乃が大きく息を吐いてゆっくりと目を開いた。

 瞳を動かし、すぐ近くに俺と望月ちゃんが居ることに気づいて上半身を起こした。


「竜乃ちゃん、大丈夫? 傷は癒えたけど」


『……えぇ、平気よ』


「良かったぁ……」


 竜乃の鳴き声に、望月ちゃんは心底安心しているようだった。

 大丈夫なことをアピールするように、竜乃は起き上がって低空で飛んで見せた。


 ようやく落ち着いたところで、配信用のドローンに目を向ける。

 案の定、コメント欄もざわついていたようだ。


“本当に良かった……”

“マジでダメかと一瞬思った……”

“ダンジョンって危ないところなんだな……分かってはいたけど”

“分かってるつもりだったってことなんだろうな……”

“でも、竜乃ちゃんが無事で本当に良かった”


 優しいコメントで溢れている中で、ひときわ目を惹くコメントが表示される。


“キミー:望月ちゃん、少し考え直す必要があるかもしれない”


 配信を見ていた優さんのコメントを望月ちゃんも目にして、大きく頷いた。


「はい、私もそう思います。虎太郎君が敵に触れられないという事は、考えてませんでした」


“キミー:それに望月ちゃん達もだ。敵の攻撃一発であれだけのダメージを受けるんだ。虎太郎君が全力を出せない以上、もう少し中層で準備をしてから出直すべきだ”


 優さんの言いたいことは、探索者として当然の事だ。

 望月ちゃんもゆっくりと頷いた。


「……そうですね。背に腹は……変えられません」


 納得したように返事をしつつも、瞳は揺らいでいた。


『ダメよ!』


 しかし、その決定に逆らうように竜乃が大きな声で鳴いた。


『今回は確かに危なかった! でも次は大丈夫だから! 理奈!』


「竜乃ちゃん……」


 言葉は伝わらなくても、望月ちゃんは竜乃の言いたいことが分かるのだろう。

 それに望月ちゃんとしても、この下層に未練があることは見ていて明白だった。


『望月ちゃん』


 近づき、彼女の膝に前足で優しく触れる。

 望月ちゃんの視線が俺の視線と絡み合う。


『俺は今回いくつかのミスをした。だからこそ、次からは完璧にやる。

 俺に……チャンスをくれ』


 まだ諦められないのは俺も同じ。

 確かに危険な戦いだった。竜乃もギリギリのところで生き延びた。


 けれど、だからこそ次は望月ちゃんと竜乃を護りきりたい。


「……虎太郎君は、それでいいの? 思ったように戦えないし、私達が足を引っ張ちゃうよ?」


『そんな風に思ったことは、一度だってない』


 望月ちゃんが居なければ俺はここには居ない。

 竜乃と共に背を預け合って戦ったことはあっても、そう思ったことはない。


 気持ちが伝わるように、じっと望月ちゃんを見つめる。

 彼女なら、俺の気持ちを分かってくれるはずだと希望を込めて。


「わかった。ありがとう……」


 すぅーと息を深く吸って、望月ちゃんは配信ドローンに向き直る。


「優さん、私達はこのまま下層の探索を続けます」


“キミー:……危険だ。それでも、やるのかい?”


「はい。私はまだまだ弱いけれど、虎太郎君の力を借りて強くなります。

 竜乃ちゃんと虎太郎君と、この下層を攻略できるように」


 竜乃と俺の思いを感じ取った彼女の意志は固いように見受けられた。

 望月ちゃんと優さんのやり取りを見ていた視聴者達も、ざわついている。


“うーん、キミーパイセンの言うことが正しとは思うけど……”

“でも竜乃ちゃんと虎太郎の旦那の目はやる気や”

“むしろ虎太郎の旦那は下層のモンスターを滅ぼすような勢い”

“流石に危なかったから反対”

“モッチーの言うようにこれから強くなることも考えれば……”

“ここまで来ると俺はモッチー達を応援するで!”

“どっちでもええ。モッチー達が選びたい方を選ぶのが一番や”


 反対意見も見受けられるが、俺達を後押ししてくれるコメントが多く見受けられる。

 そしてそのコメントの中で、目立つコメントが流れた。


“キミー:……分かった。けれど次に今回みたいなことが起きたら中層に戻るんだ。お願いだ、約束してくれ”


「優さん……分かりました。頑張ります」


“キミー:あぁ、頑張れ。頑張ってくれ”

“キミーパイセンに感動”

“パイセンありがとう”

“優しい”

“優しい”

“結婚したい”

“[コメントは削除されました]”


 コメント欄もほっこりとした雰囲気だ。

 ちなみに最後に「キミーパイセンは俺のや」というコメントが流れたが、速攻で優さんに削除されていた。早すぎ。


“そうだモッチー、順位は!?”

“上がった!?”


 コメント欄に気づかされた望月ちゃんは「あっ」と呟いた後に端末を取り出した。

 白魚のような指を動かし、順位を確認した彼女は目を見開く。


「……唯一良かったこととしては、順位が上がったことですかね」


 端末の液晶を配信用ドローンに向け、苦笑いをする望月ちゃん。

 端末に表示された3桁の数字。その一番左の文字は、2だった。


“モッチー、頑張るんや。敵の数が多いならそれだけ入るポイントも多い”

“それに敵のモンスターは格上。勝ち続ければマジでありえる”

“頼む。頑張ってくれ。でも死なないでくれ”

“これマジ。死んでほしくないけど頑張ってほしい”

“難しい……”


 コメントに目を通していると、望月ちゃんは端末をポケットにしまった。


「行こう、竜乃ちゃん、虎太郎君」


 飼い主に声を掛けられ、俺達は下層のさらに先へと進んでいく。

 目的を達成するために。


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