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第40話 異なる階層、異なる世界

 動いたのは俺の方が速かった。

 油断など一片もなく、ただ奴を確実に倒すために仕掛けた。


 過去と決別するために必要なことだった。


 間合いに奴が入るまで一気に詰め、そして右の前脚を振るう。

 今まで何度もやってきた攻撃。


 今回も俺の攻撃は敵を捉えて、吹き飛ばした。


“おぉおおお! 先制攻撃!”

“旦那、輝いてる!”


 コメントがそんな風に湧き上がっていたとは露も知らない俺は続けて魔法を放つ。

 火の上級魔法、イグニッション。


 弾けるように巻き上がった炎が、因縁の相手を包み込んだ。

 本気で放った魔法はトールハンマー程の威力は出なかった。


 けれど、それで十分だった。


(……あ)


 そう、気づいた。

 追撃で魔法を発動しようとした俺は、しかしその相手がもうこの世に居ない事を知った。


 最初の一撃で奴のHPを半分ほど削り、残りをイグニッションで持っていったことに気づいた。


(下層の敵なら……余裕をもって倒せるってことか……)


 消え行く炎の中にもう誰も居ない事を悟り、俺は自分の強さを冷静に確認する。

 果たして探索者だった時と今と、どちらの方が強いのか。


 もう、分からないくらいには強くなったという事か。


「虎太郎君! すごい! すごいよ!」


 声を聞いて振り返れば、望月ちゃんが興奮したような視線を向けていた。

 さっきは中層ボス戦という事で達成感が勝っていたために褒められなかったのだろうが、今回は褒められた。


 嬉しい!


“虎太郎の旦那の力があればマジでいけるんじゃない?”

“下層のモンスターもそこまでって感じだな”

“これにモッチーと竜乃ちゃんが加わるんでしょ?”

“【朗報】モッチーはまだ成長段階”


 コメントも賑わっているようだ。


『ちょっと虎太郎、私達にも残しなさいよね。

 ……って、私達がそれを対処するにはもう少し理奈に強くなってもらわないとか』


 竜乃に背中に乗られ、苦言を呈される。

 姿を見ることはできないが、いつもの呆れた表情が頭を過ぎるような声音だった。


「よし、中層ボスも倒せたし、下層にも入れたし、順位は……もう少し頑張らないとだけど、今日はここら辺にしようか。

 明日から下層探索、頑張ろうね」


 望月ちゃんの一言で、今日の探索は終わり、中層への階段に再び足をかける。

 その途中で、俺は背後を振り返った。


 灰一つ残っていないヘル・ドッグの居た場所を見て、思う。


(あの頃とは違うんだ。所詮は階層モンスターの一匹。

 因縁とか言っても、こうなるのは当然と言えば当然か)


 それでも過去のしがらみを取り払われたという事に変わりはなく、少しだけ俺の足取りは軽くなっていた。




 ×××




「今日から、下層の攻略を始めていきます」


 中層ボス撃破の熱も冷めきらぬ翌日。

 しかし当の目標を忘れてはいないのか、望月ちゃんはもう気持ちを切り替えているようだった。


“ここからやな”

“どんどん倒して、順位を上げていこう”

“キミー:望月ちゃん、昨日も言ったけど無理は禁物だからね”


 視聴者達も同じ考えらしく、コメントには下層での活躍を期待する声が多い。

 望月ちゃんは頷き、自身の端末に視線を向けた。


「昨日の最後の一戦で200位代に乗っていたのですが、今見たら300位代に落ちていました。

 なるべく多くの敵を倒して、頑張ります。

 竜乃ちゃん、虎太郎君、頑張ろうね!」


『えぇ!』


『おぉ!』


 望月ちゃんの言葉に竜乃と共に頷き、俺達は歩き始める。


“まぁ、いうて虎太郎の旦那が居れば大丈夫やろ”

“強くなるまでは、虎太郎君に任せた方が良いかもね”

“レベルが上がれば中層みたいに戦えるだろ”


 流れているコメントの中で、不意にそんな言葉が目を惹いた。

 確かに、今のレベルでは望月ちゃんがモンスターの攻撃を受けるのは危険だ。


 中層の時のように余裕をもって倒せるのには、時間がかかるだろう。

 中層でのレベリングよりも時間がかかるのは言うまでもない。


 けれどなぜだろうか。

 そんなコメントが、どこか俺の胸の中をざわつかせた。


 理由が分からないために、気にし過ぎだとそう考えざるを得なかったが。


(……居るな)


 それに考えている余裕もすぐに無くなった。

 目の前から複数の金属音が聞こえてきたからだ。モンスターの気配も、感じ取れている。


「……ダーク・ソルジャー」


 いつも通りピコンッというモンスターチェッカーの音を響かせたのちに、望月ちゃんはそう呟いた。

 おそらくは、端末に表示されているモンスターのレベルを見ているのだろう。


 今の彼女のレベルよりも高い、敵のレベルを。


(……さて、どうするか)


 コメントでは中層の時のような快適な探索を期待しているようだった。

 だが現実はそう甘くはない。中層と下層では、全く異なる。


 それはテーマ性であったり世界観であったり。

 そしてまた、モンスターも大きく異なる。


 中層と下層でレベルの差があるのは言うまでもない。


(6体か……)


 中層ではこれだけ多くの敵と戦うことはなかった。

 けれど下層ではこれが普通となる。


 むしろ6体よりも多い敵と一度に戦うことが多い。

 敵の強さと数。それらを総合して考えてしまえば、中層のモンスターとは天と地ほどの差もある。


(昨日戦ったヘル・ドッグが特殊過ぎただけだけど、やるしかない)


 シークレットスキルを所持していても、望月ちゃんは防御力や体力に関しては普通のモンスターテイマーと変わらない。

 竜乃もまた、一般的なテイムモンスターだ。


 だからこそこの下層で、少なくとも望月ちゃんのレベルが上がるまでは俺が受け持つ必要がある。


『竜乃、なるべく距離を取って、もし隙があれば攻撃してくれ。

 俺の事は気にせず、望月ちゃんを護ることに集中するんだ』


『…………』


 パートナーに語り掛けた言葉。

 しかし、返答が返ってくることはなかった。


 不思議に思い、振り返るよりも早く、闇の兵士達が間合いに入ったからだ。


『竜乃!!』


『っ! え、ええ!』


 思わず怒鳴るような形になってしまったが、返答は返してくれて安心した。

 後で強く言ってごめんと謝っておこう。


 脚に力を入れ、武器を手に歩いてくる集団に向けて走る。


 ダーク・ソルジャーは人型のモンスターではある。

 ただしその体は闇が形を作ったもので、人とは程遠い。


 さらに身に着けている防具は全てが黒。

 全身黒ずくめの姿は、闇に包まれた下層では不気味に映った。


(まぁ、ここのモンスターはどれもこんな感じだけど、な!)


 お決まりの流れで右の前脚を払い、ダーク・ソルジャーの側頭部を殴りつける。

 衝撃で首が曲がるのを見届けたが。


『っ!?』


 右脚に走った激痛に、思わず顔を顰めた。

 殴り負けたのではない。視線を右の前脚に向ければ、黒い火が包んでいた。


(直接触れたらダメージを受けるのか!?)


 探索者だった頃は武器での攻撃しか行わなかった。

 もちろんダーク・ソルジャーやその上位種とも戦ったことはあったが、剣がダメージを受けた様子はなかったのに。


(物理攻撃は相性最悪ってこと――)


 風を感じ、反射的にその場から飛び退く。

 黒く巨大なこん棒が、鼻先をかすめる。


 敵は一人じゃないことはよく分かっている。

 だから追撃が来るのも驚くことではないし、予想していたことだ。


(しまっ――!)


 けれど、その後がいけなかった。

 かつてスールズの群れと戦ったときと同じように、俺は無意識に体を動かして尻尾で棍棒を持ったダーク・ソルジャーを強打していた。


 吹き飛ばされた敵は、俺が側頭部を撃ちつけた別のダーク・ソルジャーを巻き込む。

 それを見届ける間もなく、ピリッとした痛みが走った。


 尻尾も、黒い炎に包まれていた。


(なにやってんだ……俺は!)


 ようやく俺は自分が驕っていたことに気づいた。

 中層ボスを叩きのめした。下層モンスターのヘル・ドッグも楽勝だった。


 だから余裕だと、どこかで思っていた。

 望月ちゃんを喜ばせられると感じていた。


 痛みを堪えながら着地をして、深く息を吐く。

 気持ちが高ぶっているのか、うめき声が一緒に漏れ出た。


 喉を鳴らし、脚を折り曲げて姿勢を低く。

 敵を睨みつけ、自分自身に活を入れる。


 ――さっきは後れを取ったが、次は攻略させてもらう


 睨みつける先で、闇が揺らめいていた。


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