第4話 現状確認と、ダンジョンの出口へ
一時は穴に嵌ってどうなることかと思った。
しかししばらく穴と格闘していると、スポンッと抜け出すことが出来た。
もう穴には隠れないぞと誓った。
そんな俺は場所を変え、人もモンスターも居なさそうな場所へと来ていた。
俺がすっぽり隠れるほどの草木が満ちた平原エリアのようだ。
ここに来た理由は一つ。成長した自分を確認するため。
(体は大きくなったけど、なんかできる事が増えたか?)
自分の体を様々な角度から見ながら調子を確かめる。
大きさは子猫から普通の猫くらいにはなった。
だが成長したからといってどう強くなったのかが分かるわけではない。
探索者ならば端末を通してスキルやレベルを知ることができる。
しかしモンスターの自分にはそんなものはない。
(とりあえず、走ってみるか)
後ろ脚にぐっと力を入れて、駆けだす。
四本足なので最初の頃は苦戦したが、今では少し慣れてきた。
子猫の時と比べて速さは……劇的に上がったというわけではなさそうだ。
ある程度の距離を走って、止まる。
(速くなってはいるけど、この体くらいの速さだ……走るのは普通か)
ならば攻撃はどうか。
近くの草に近づき、前足に力を入れる。
さっきまでは微々たるダメージしか与えられなかった爪を用いた攻撃。
それは縦に伸びた葉を捉え、斬り裂いた。
(おぉ!?)
ほんの少しだが威力が上がっている気がする。
目で見えるだけだが、少なくとも子猫の時よりは全然強いだろう。
成長を実感するとはこのことだ。
まさか昔の気持ちをモンスターになってから再び味わうとは思っていなかったが。
俺は前足を持ち上げて、じっと見つめる。
この体がただの動物ではないことは間違いない。
普通の猫ならばこんな風に急激に成長はしないだろう。
進化するのはモンスターのみに許された特権だからだ。
正確にはテイムされたモンスター限定だが。
(自分の姿を何かで見たいな……)
この姿になってから、自分の姿をまじまじと見たことはなかった。
当然だが、ダンジョンの中に鏡などあるわけがない。
似た役割をする水面のある湖エリアは中層に行かないと存在しない。
勝手に自分は猫のようなものと思っているが、本当にそうなのだろうか。
異形の化け物だったらそれはそれで嫌なのだが。
(……でも姫様やあの子が怖がったわけじゃないから大丈夫だろう)
姫様はともかく、あの子が怖がらなかったという事は少なくとも怖い見た目ではないという事だろう。
嫌な考えを首を振って追い出し、気持ちを切り替える。
どうせならもう少し今の自分を試してみるか。
探索者の攻撃は武器によるものと魔法によるものに二分される。
それはモンスターも同じだ。
直接攻撃してくるモンスターも居れば、魔法を使用するモンスターだって居る。
ならばこの体は、魔法はどうか。
斬り裂かれた草を見ながら、意識を集中させる。
人間だった頃は戦士職だったが、魔法の心得もほんの少しだけあった。
(火はもしもの時のためにダメだとして、水や風か)
魔法としては初歩も初歩の風魔法に決め、放つ。
初級魔法、ウィンドカッター。
自分の体を緑色の光が包み、その背後から風の刃が1つ。
ではなく4つ放たれ、目の前の草木「達」を斬り裂いた。
(……おぉ?)
ウィンドカッターは初歩の風魔法で、風の刃を飛ばす魔法だ。
けれど刃の数は職業やスキル、そして魔法に関連するステータスによって変動する。
4つという数から考えるに、どうやらこの体は魔法の方が得意らしい。
強くなり、戦うことができると分かったのは収穫だ。
だがそれ以上に、魔法が得意という事は今の俺にとって良い方向に働くだろう。
(これなら寄生しやすい!)
物理による攻撃は姿を現さないといけないので、見つかる可能性が高い。
けれど魔法による攻撃ならば隠れていてもできる。
人間だった頃に忌避していた寄生を喜んでいるのは微妙な感覚だ。
しかし、背に腹は代えられない。生き残るために強くなるのは急務だ。
少なくとも上層で生き残れるくらいには強くならなくてはならない。
そのために、寄生して寄生して寄生しまくる生活が始まった。
×××
結局あの後分かったことは、この体の魔法の適性はかなり高いという事だった。
試した風をはじめとする地水火風を皮切りに様々な属性の初級魔法を試したが、どれも上手くいった。
もしも探索者ならば、魔導士を職業に選択することをおススメするくらいだ。
そんなわけで。
(今!)
俺の放った4つの風の刃は魔物を傷つける。
草むらからの攻撃に上層の魔物は反応できず、避けることはできない。
成長したとはいえ俺のレベルはまだまだ低い。
モンスターが受けるダメージは微々たるものだろう。
それでも意表を突かれる形になったモンスターは動きを一瞬だが止める。
その隙を探索者は見逃さなかった。
「くらえ!」
肉を斬り裂く音とモンスターの悲鳴が響き、上手くいったことを知る。
隠れているために見ることはできないが、体を熱が包んだことが証拠だ。
(来た! 進化だ!)
草むらの中で蹲り、体の奥底から溢れてくる熱を堪能する。
自分が進化する感覚ににやけるのが止まらない。
前回と同じく少しの間熱に耐えれば、波が引くように消えていく。
ふぅ、と息を吐き、目を開けば視線が少し高くなったことを感じた。
自らの体を見渡してみれば、やはり一回り程大きくなっている。
この様子なら魔法の方も強くなっているとみて間違いないだろう。
(この方法なら、どんどん強くなれるな)
確かな手ごたえを感じて俺は頷く。
これなら隠れながらではあるが安全にダンジョンの出口に向かえるはずだ。
この姿になって数日経ったが、まだ俺は諦めたわけじゃない。
ダンジョンから出れば、元の姿に戻れる可能性だってある。
頭の中にある地図を思い浮かべながら、出口を目指し始めた。