第39話 死地、再び
中層ボス、スカイホースのドロップ品は、残念ながら俺達に適したものはなかった。
アーマー・ベアに引き続きといった形だが、自分達に適したものを落とすかどうかは完全に運なので仕方がない。
とはいえレアアイテムであることには変わりないので、望月ちゃんの手により換金され、ダンジョン内で使えるアイテムになるので全くの無駄というわけでもない。
一通り戦利品を回収した望月ちゃんは配信用ドローンに近づき、緊張する面持ちで端末を操作する。
「……順位は……300位代……です」
告げられた数字に、コメント欄が少しだけざわついた。
“どうなん?”
“良い順位ではあるけど……”
“目標のランクインを考えると、先は長いという感じか”
“キミー:そうだね……もう少し上だと嬉しかったというか……”
今まで1000位だったことを考えると、一気に上がったと言えるだろう。
けれど順位が上がれば上がる程、上を目指すのが難しくなる。
おそらくここから先、俺達よりも上の順位に居るのはTier1ダンジョンに挑戦している探索者だけと見て間違いないだろう。
「……下層で、頑張ります」
“まあ、当初の目標はそれだったからな”
“頑張ろうぜ!”
“キミー:望月ちゃん、電話でも話したけど下層のモンスターはまだ君達よりもレベルが上だ。十分注意するんだよ”
「……はい」
優さんの言う通り、望月ちゃんのレベルは下層に挑むには少し不足していると言わざるを得ない。
特に下層はこのダンジョンの最下層。そこに生息するモンスターも、中層に比べてずっと強い。
“まぁ、でも虎太郎の旦那居るし大丈夫でしょ”
“ヤバい時になんとかしてくれる安心感ある”
“モッチーもレベル上がるだろうし、行けそうじゃね?”
ダンジョンについてそこまで詳しくない視聴者達は気楽なようだ。
心配し過ぎたり、不安を煽るよりはずっといいと思うが。
「……下層に、行きます」
俺達は歩き出す。
スカイホースを倒すまでは開かない扉に触れ、自然の戦場を後にする。
目の前に伸びる通路をまっすぐに歩けば、下への階段が見えてくるのもすぐのことだった。
そしてその前に立つ、3人の職員たちに会うのも。
「こんにちは。ボス討伐、おめでとうございます」
元気よく挨拶してくれた壮年の職員さんにぺこりとお辞儀する望月ちゃん。
うちの子、礼儀正しくて今時珍しい真面目な子なんです。
「……お一人ですか?」
ふと、若い職員の男性が俺達が歩いてきた方向を見ながら問いかける。
残念ですけど、そっち見ても誰も居ませんよ。
「ソロ攻略なんて……凄いですね」
残った最後の一人、女性の職員さんも目を見開いて驚いているようだ。
Tier2ダンジョン中層ボスをソロで攻略した探索者は全く居ないわけではないが、数は少ない。
高い評価を受けていることを受けて、誇らしくなる。
しかもこの子、テイマーで2体のテイムモンスターと契約してて、テイムモンスターを愛してて天使のように可愛いんですよね。
しかもしかも、おそらくシークレットスキルも所持しているようで、もう何というか完全無欠というかなんというか。
「探索者レベルの確認だけ良いですか? すぐ終わりますので」
「あ、はい」
二度目ともなると慣れた手つきで端末を操作して渡す望月ちゃんを見て、絶賛の沼から返ってくる。
壮年の職員さんは望月ちゃんの端末を見て顔を顰めた。
「あ、あの……?」
不穏な空気を感じたのか、望月ちゃんは恐る恐るといった形で尋ねる。
すると壮年の職員さんは望月ちゃんを見て、次に俺達を順に見た。
「……望月さん、レベル的に問題ありません。ただそれは、あくまでもパーティを組んで攻略しているという観点ならです。
このレベルの場合、パーティを組んでいても下層ではかなり苦しい戦いを強いられるでしょう。
ですが……」
難しい、といった顔をして壮年の職員さんは溜息を吐いた。
「ソロで、しかもモンスターテイマーという事を考えるならばこのレベルで中層ボスを倒すこと自体が異例と言えます。
私達の常識が当てはまるとも考えにくい。2体のモンスターを従えているという事は、おそらくは特別な力を持っておいでなのでしょう。
いずれにせよ下層への進出を禁止する程ではない……」
うんうん、と頷いた彼は目を開き、真剣な瞳を望月ちゃんに向けた。
「ただ望月さん、覚えておいてください。
数々の探索者がこの先に挑み、そこで止まるか撤退している。
もしも危険を感じた場合は、必ず逃げるようにしてください」
おそらく長い事この下層と中層の狭間を警備しているのだろう。
彼の言うことには間違いはなく、そして何よりも俺達を案じてくれていた。
「……そして出来れば、パーティを組むという事も考えてみてください」
最後に付け加えられた一言は、とりあえず言っているといった感が凄かったが。
彼も分かっているのだろう。ここまでソロで来るような探索者が、今更パーティなど組みはしないと。
「……肝に銘じます。ありがとうございます」
望月ちゃんもそれに対して真摯に答えた。
壮年の職員は端末を返し、道を譲る。
その先にあるのは、下層へとつながる階段。
このダンジョンの最下層。別の世界へと繋がる道だ。
「……お気をつけて」
職員さんの声を背に、俺達は下り階段に足をかけた。
×××
「なに……ここ……これが……下層?」
望月ちゃんの唖然とした声が響く。
彼女の目は目の前を、真っ暗な闇を見つめていた。
“暗い”
“暗い”
“なんも見えない”
“モッチー、配信のライトONにしてー”
“暗視モードも頼む”
「あ、そ、そうですよね……」
すぐに配信ドローンの設定をする望月ちゃん。
ドローンのお陰で少しだけ明るくなったものの、少し進んだところでその光はかき消されてしまう。
“文字や動画でしか知らなかったけど、本当に真っ暗な層なんだね”
“暗黒世界とか、闇の世界とか言われてるんでしょ?”
“こんなところ探索できるってだけで凄いわ”
ダンジョンはレベルが上がれば上がる程世界観が出来上がってくる。
Tier1ダンジョンなど、全部で4つある層のそれぞれが一つのテーマを持っているくらいだ。
そしてそれは、Tier2ダンジョンの下層から始まる。
これまではフィールドモンスターとボスモンスターの関連という形でしかなかったダンジョンが、真の意味で探索者に牙を剥く。
このダンジョンの下層テーマは、暗黒。
文字通り闇を彷彿とさせるモンスターのみが登場する。
(この雰囲気に、初見で飲まれるのも分からなくはないか)
俺はこことは違うTier2ダンジョンを攻略した。
そこの下層は常に吹雪が吹き荒れる氷雪地帯だった。
中層までの環境とはあまりの変わりように、パーティメンバーと数秒固まったのを覚えている。
ここの下層は俺の攻略した氷雪地帯のように常に体力を削られるような環境ではない。
けれど先の見えない暗闇というのは、不気味だ。
暗闇でも良く見えるようになる暗視スキルを使用しても見にくいのはダンジョン都合という事だろう。
そんな世界を、見るのでも読むのでもなく体験する。
しかも初めてなのだから無理もないだろう。
(……正確には、俺だけ二回目か)
思い返してみれば、あの化け物に襲われて落ちた先はこのダンジョンの下層だった。
そしてその環境下にあっても、俺は俺の死体をはっきりと見ることが出来た。
そしてそれは今もそうだ。
遠くは見えないものの、ある程度の距離までならば、はっきりと見ることができる。
こちらに向かってくる、一匹のモンスターでさえも。
望月ちゃんも護るように前に進み出る。
俺の当然の行動に、後ろで止まっていた彼女は戸惑った声を上げた。
「虎太郎く――」
直後、体を包む温かい光。
望月ちゃんも、そして竜乃も気づいた。
“こんな早く敵か”
“モンスター君、ボス倒した探索者に容赦なさすぎ”
“普通なら無視して撤退するのかもしれないけど、こっちには虎太郎の旦那が居るのよね”
コメントから察するに、視聴者達にも見えているのだろう。
望月ちゃんが端末を奴に向ければ、ピコンという音が響いた。
今頃、端末にはあの名前が表示されているはずだ。
(……また会ったな、ヘル・ドッグ)
紫色のオーラに包まれた巨体に、赤い瞳。
あの日、この姿になった俺が逃げるしかなかった、因縁の相手。
耳に俺の元の体が食われる音を聞きながらも、必死に逃げるしかなかった相手。
だが、今は違う。
(もう、あの時の俺じゃない。お前を倒させてもらう)