第38話 天馬を墜とす雷
モンスターに対して有利不利という概念がある以上、それはダンジョンの階層ボスにも当てはまる。
例えば上層で戦ったアーマー・ベアに関しては前衛を張る戦士職が有利、というよりも必須だ。
前で受け止めてくれる存在が居なければ、後衛は蹂躙されてしまうだろう。
同様に物理攻撃の効きが悪いために、魔法使いや魔導士といった職業が有利なボスも存在する。
そして俺達が今戦っているスカイホースもその例に漏れない。
奴にとって有利なのは、上空を走る姿を捉えられる遠距離攻撃か魔法だ。
だがそれは、あくまでも普通の探索者パーティである場合だ。
HooooooooOOOOOO!!
歌声が響き渡り、スカイホースが上空を走る。
滑空するのではなく、竜乃目がけて突進する。
『受けなさい!』
竜乃もそれを黙って見ているわけではない。
突進してくるスカイホースを迎え撃つように、ドラゴンブレスで応戦した。
放たれた業火の奔流は、スカイホースを丸々飲み込む。
ただのモンスターならば黒焦げになる程の火力。
それを、自らのバフで強化したスカイホースは走り切る。
『っ!?』
ブレスを切り上げ、竜乃は羽を羽ばたかせて体を傾けた。
高度が上がり、突進してきたスカイホースを紙一重で避ける。
もしもそのままブレスを吐き続けていれば、激突して吹き飛ばされていただろう。
『このっ!』
背を向けて走り去るスカイホース目がけて、竜乃は振り向くと同時にドラゴンブレスを吐く。
背に目がない以上、それは直撃するように見受けられた。
HooooooooOOOOOO!!
しかし、奴は歌声を響かせながら左に直角に曲がり、走り続ける。
竜乃も体を回転させて吐く炎に追わせるが、奴の方が速い。
「止まって!」
竜乃に力を送り続けていた望月ちゃんが空いている手を動かし、魔法を放つ。
上空から雷の魔法、ライトニングが奴に襲い掛かる。
進路に降り注ぐ、複数の雷。
それもワンパターンではなく、ランダムに配置されたそれは、奴を捉えられるはずだった。
「当たらない……」
右左右左と、ステップを踏みながら器用に雷を避けていく奴を見ながら、望月ちゃんは悔しそうに呟いた。
「分かってはいたけど、やっぱり見えているみたい……」
事前に優さんからの情報で、天を走るスカイホースが捉えにくいことは分かっていた。
現に紹介された動画の中でも、多数の魔法を一気に放つことで墜としていたくらいだ。
けれど見るのと実際に戦うのとでは感じ方がまるで違う。
そして竜乃のブレスによる追撃が止まると同時に奴は再び左に、竜乃の方に曲がった。
「っ! 竜乃ちゃん!」
息切れをしてブレスを放てなくなった竜乃。
その一瞬の隙を突くかのように、奴が音速で迫る。
轢き殺さんとばかりのスピードを少しも緩めることなく、むしろ加速する。
強くなった望月ちゃんの与えた光の向こうで、竜乃と視線が交差した。
――今だ
竜乃の『信じてるわよ』という幻想の声に答えるかのように、右の前脚を勢いよく振り下ろす。
発動するのはスカイホースの突進を止めた土の上級魔法、ロックフォートレス。
しかし前回は扇形に広げた岩の壁は、今回は狭い範囲に集約させて一気にせり上げた。
範囲が狭まったことで、壁は柱のようになり、高く高く上がり続ける。
それこそ、竜乃を下から突き上げるくらいには。
その場から動くことなく時機を見計らっていた竜乃は完璧なタイミングで一度だけ羽ばたく。
それを後押しするように岩の柱が突き上げる。
激突の衝撃を完璧なタイミングで上へと逃がした竜乃は、それでも殺しきれなかった衝撃に顔を顰めた。
同時、ギリギリでブレーキをかけたスカイホースが、間に合わずに柱に激突する音が響き渡った。
『終わりよ!』
竜乃は口を開き、渾身の一撃を斜め下に放つ。
再チャージされたドラゴンブレスに対して、先ほどとは違い停止したスカイホースに耐える手段はない。
そう、思えたが。
(しまった!)
灼熱の光線の位置を見て、俺は自分のミスに気づいた。
奴は確かに竜乃のブレスに巻き込まれてはいる。
だが、中央で捉えているわけではない。
体の半分ほど、下半身しか、ドラゴンブレスは当たっていない。
当初の予定よりも、竜乃を打ち上げすぎた。
痛みに堪えながらも、奴が首を上げるのを見た。
ブレスを吐き続ける竜乃が目を見開く。
彼女としても予想外だったはずだ。これで終わると思ったはずだ。
奴から放たれるのは魔法か、それとも。
いずれにせよ、今の竜乃には避けられない。
――させるか
奴が空を駆けるようになってから戦闘を見守っていたのは、確かに空の戦いに参加できないからというのもある。
けれど、それだけではない。
もしもの場合を考えて準備をする。それが、探索者の基本だ。
深く、深く息を吸い。
『堕ちろ!』
吠えた。
光が満ちる。先ほどのロックフォートレスよりも一回り大きな円柱が、奴を包む。
それに気づいた瞬間には、上空から雷が落ちた。
点ではなく、面で。
光速で降った雷を目で追うことなどできない。
けれど俺の目には、上を向いていた奴が目を見開く瞬間だけが、なぜかスローに映った。
雷の上級魔法、トールハンマー。
範囲内に光速で巨大な雷を「一発だけ」降らせる魔法により、スカイホースは絶命した。
後には、ただ倒した証だけが残っていた。
“すげぇえええええ!”
“あんな威力の雷初めて見た!”
“これはもう虎太郎君なんて呼べねえよ! 虎太郎の旦那だよ!”
“マジで最強やん。中層ボス消し飛んだぞww”
盛り上がるコメント欄が視界に映る。
(なんて……威力だ)
けれど撃った本人である俺は唖然としていた。
俺はこの魔法を知っている。使える人だって知っている。
けれど今俺の放った魔法の威力は、それよりも遥かに強い。
この体が強いという事も、どの魔法も探索者が使うよりも強いという事も分かっているつもりだった。
(雷だけ……おかしいだろ……)
威力が高いとかそういう次元ではない。
魔法の質としてそもそも異なっているような気さえする。
初級魔法と中級魔法のような差が、雷とそれ以外の属性の魔法の間に生まれている。
『お疲れ様。ありがとう、虎太郎』
『あ……あぁ……』
労いの言葉をかけてくれる竜乃に返事をしつつも、心ここにあらずだった。
(今もわずかだけど熱は感じてる。きっとレベルが上がっている。この体は、一体どこまで……)
自分の事で精いっぱいだった。だから気づけなかった。
労ってくれた竜乃の瞳にほの暗さが宿っていたことに。
そんな俺を遠くからどこか探るような目で見ている望月ちゃんの事も。