第37話 VS Tier2ダンジョン中層ボス
望月ちゃんの小さな手のひらが、荘厳な扉に触れる。
俺がこの姿になってから見るのは2回目となるボス部屋の扉。
それが開けば、先には中層のボスが居る。
「竜乃ちゃん、虎太郎君、行くよ」
俺達の飼い主である望月ちゃんは緊張はしているものの、それは過度な緊張ではない。
むしろ気を引き締めてくれるような良い効果をもたらしてくれているようだ。
こんな些細な点でも、望月ちゃんは探索者として成長していた。
(今回は……問題なさそうだ)
油断をしているわけではないのだが、前回のアーマー・ベアのときよりは落ち着いて挑むことが出来そうだ。
前回も準備を十分に行って挑んだが、今回は違う。
かなり長い時間をレベリングに費やし、望月ちゃんも竜乃も一人でもモンスターを楽に倒せるまでは成長した。
適正レベルという意味では十分にクリアしていると言えるだろう。
それに、俺達が目指しているのは中層ボスではなく、その先だ。
“見るの初めてだから緊張する”
“おい新入り、肩の力抜けよ”
“ちょっとだけ古参アピすると、虎太郎君が居るから余裕よ”
“こういうの、老害って言うんですよ”
配信のコメント欄も盛り上がっている。
50人近くの視聴者達が俺達の活躍を見てくれていることは、配信を始めたばかりの事を考えると想像も出来ないことだ。
そしてその中には、色々と手助けをしてくれたであろう彼女も居る。
“キミー:望月ちゃん、頑張れ!”
「…………」
優さんのコメントに望月ちゃんは答えることなく、けれど扉を開くことで答えとした。
ゴゴゴッ、と重い音を立て、この世のものではない材質で出来ている扉は開いていく。
その先に広がる壮大な自然に、ここのボスを知っている俺はもちろん、望月ちゃん達も驚きはしなかった。
現実世界で言うところのホールのように広い空間。
地面には草木が生い茂り、遠くに見える壁にも蔦や葉が多く見える。
元が石造りであることも相まって、自然豊かな決闘場となっていた。
そしてその奥に佇むのは、一匹の巨大な馬。
「あれが……スカイホース」
赤い双眸に見つめられた望月ちゃんは、中層ボスの名を口にする。
ダンジョンというのは、一つの世界であるというのは的を射た意見だ。
難易度の高い階層であればあるほど、その階層が一つの世界となる。
例えばTier1ダンジョンには精霊を中心にした階層があるし、古代文明が中心となる階層もあるらしい。
まるでその階層が1つのテーマを起用しているようになっていく。
そしてそれは、このTier2ダンジョンでも片鱗を示している。
例えば、上層のアーマー・ベアはグリズリー・ベアの上位系統と言える。
そしてスカイホースは、中層モンスター、レイクホースの上位系統だ。
『竜乃! 援護は任せた!』
竜乃にそう叫び、望月ちゃんを護るように前に出る。
それと同時、スカイホースの赤い瞳は俺を捉えた。
HooooooooOOOOOO!!
大きな音が、耳をすり抜ける。咆哮、雄たけび、大きな鳴き声ならばそう言った表現を思いつくだろう。
けれどその鳴き声はとても澄んでいて、まるで歌のようだった。
奴は、自分にバフを付与する歌というモンスター限定のスキルを所持している。
スカイホースの水色の体毛を白い光が包み、僅かに縮み、地を蹴る。
中層に存在するレイクホースを彷彿とさせるような突進。
しかしそれよりも速く、重く、威力が高いことは明白。
奴の大きさは、レイクホースを遥かに凌ぐからだ。
迫りくる巨体に対して、僅かに負けるものの気迫と強さは負けるつもりがない俺は前足に力を入れる。
突っ込んでくる奴の頭を直接叩こうと決心した次の瞬間。
奴はピクリと何かに反応し、四本の脚に可能な限り力を入れて後ろへと飛んだ。
けれどつい先ほどまで突進していたために勢いは殺しきれていない。
だがこの瞬間、奴は鳥になる。
(こんなに速くか!?)
大鷲が羽ばたくかのように、水色の翼が空を切る。
天使を彷彿とさせるような巨大な羽は竜巻を生み出し、俺を狙う。
『無駄だ!』
吠え、体に力を入れて前足を大きく振り上げる。
それと同時に望月ちゃんの援護魔法が俺の体を温かく包みこんだ。
(おおおおおおぉぉぉぉぉ!)
力の限り、前足を地面に叩きつける。
衝撃で草木はおろか、その下の地面すら砕け散るものの、構いはしなかった。
俺の衝撃に応えるかのように前方に巨大な岩の壁がせり上がる。
俺はおろか後ろに立つ望月ちゃん達をも護るような巨壁。
土の上級魔法、ロックフォートレス。
俺が使える数少ない防御系統の魔法だ。もちろん探索者時代には使えなかった。
轟音と共に、風が岩を削る音を聞いた。
奴の放った竜巻が、俺の岩の壁を打ち破ろうとしている。
けれど、それが叶うはずがないことを俺は確信している。
強さは俺の方が遥かに上。さらには望月ちゃんの援護もあった。
奴が突破できるほど、この壁はヤワではない。
予想通りヒビ一つ入ることなく耐えきった岩の壁。
その頂の向こうに、空中で静止する奴の姿を見た。
(……ペガサスって一部で呼ばれてるのも、よく分かるな)
感心するように内心で呟いた俺を、じっと奴は見下ろす。
ムカつくくらい高いところから、下々の者を見るような視線に少しだけイラっとした。
スカイホースは二つの形態をもつボスだ。
第一形態では地上を我が物顔で走り回り、素早く、そして重い攻撃を探索者達に与えてくる。
同系統のレイクホースの攻撃は耐えれても、生半可な実力では奴の動きを止められない。
けれど奴の真の強さは第二形態にある。
翼を羽ばたかさせ、空中へと戦場を変えたスカイホースは、そこを縦横無尽に駆けまわる。
さらに先ほど見せたような風の魔法も駆使し、探索者を苦しめるのだという。
そこまでは望月ちゃんに聞いて教わっていたのだが。
『……なんでこんなに早く第二形態になるんだか』
この姿に変わってから長らく感じている異常事態というやつだろうか。
そんなことを呟いた直後、火の竜巻が奴を襲った。
空中を自由に動き回れるスカイホースは難なく避けたように見えたが、翼の一部を焦がされていた。
今まで地上に居る俺だけを見ていた奴の赤い双眸が、同じ空中に居る敵に向く。
『虎太郎を見て、格上だと思って全力を出したに決まってるでしょ。
私だってそうするわよ』
呆れたような視線を俺に向け、スカイホースと全く同じ高度を保った竜乃。
俺達の中で唯一、奴と対等な位置で戦える彼女の言葉を聞いて俺は思った。
『……あぁ、そういうことか』
相手もモンスターだから、敵の実力を知って全力の第二形態に切り替えた。
つまり異常事態でもなんでもなかったのである。早とちりしたか。
『……虎太郎って、ものすごく強いのにどこか抜けてるというか……まぁいいわ』
「竜乃ちゃん! 援護するから、予定通りお願い!」
手のひらを竜乃に向ける望月ちゃん。
そんな彼女を見て頷いた後に、竜乃は俺に向かって叫んだ。
『任せなさい! 虎太郎も頼りにしてるわよ!』
『おう!』
全く予定通りの流れ。
後は俺達が全力で竜乃を支援し、奴を撃ち落とすだけだ。