第35話 俺達の好機
自分の配信ドローンの前に立って両手で握りこぶしを作り、気合十分な望月ちゃん。
ここまで熱が入っているのは、普段おとなしい望月ちゃんからすると珍しい。
“俺氏、無事鼓膜死亡”
“モッチーの大声効くんじゃー”
“あれ?……急にミュートになった。不具合かな”
“かわいい”
コメント欄も加速する。
不意にベルの音が響き、望月ちゃんはポケットから端末を取り出した。
一言、あ、と言ってかかってきた電話に出る。
「もしもし、優さんですか?」
“キミーパイセンの直電タイム”
“打つよりも話した方が早いっていうのはまぁ、分かる”
“良ければ俺らにも聞かせて”
「あ、そうですね。はい」
同じようなことを優さんとも話していたのか、望月ちゃんは耳から端末を離し、スピーカーモードへと切り替わった。
『聞こえるかな?』
「はい、聞こえます」
『JDCについてもう少し詳しく説明するね。
さっき望月ちゃんも言ったけど、イベントはもう始まってる。
で、終了期間は今から約一か月後だ。
ルールは簡単で、参加申請を押してダンジョンに潜り、モンスターを倒す。
そうすることで、端末が自動的に倒したモンスターのデータを記録して、ポイントを付与してくれる。そのポイントに応じてランキングが決まるって感じだね』
「なるほど……」
“分かりやすい説明助かる”
“今ランキング見たけど、ほぼ日本の上位探索者達で埋まってる感じだな”
“まあ、予想通りって感じか”
ポイントが倒したモンスターの数だけでなく強さで変わるなら、当然ではあるが、より難易度の高いダンジョンに潜っている探索者の方がポイントは高いだろう。
『望月ちゃん、よく聞いて欲しい。この大会だけど、僕は君達なら良い成績を残せると考えているんだ』
急にやや声のトーンを落とした優さんの声が響く。
彼女は君達と言った。俺や竜乃にも関係することだろうか。
『この大会のポイント付与は同じモンスターを倒しても職業ごとに入るポイントが違う。
例えば戦士系の職業はポイントが少なく、逆に支援系統の職業はポイントが多く入る。
多分、どの職業にも同じくらいのポイントを分け与えようとしたんだろうね』
「はぁ……」
いまいち優さんの言いたいことの容量が掴めていない望月ちゃん。
けれど一方で、俺は優さんの言いたいことがなんとなく分かっていた。
『それにもう一つ、ポイントはパーティを組んでいる場合はメンバーに分配される仕組みになっている。職業に応じた分配率でね』
「え……っと……」
優さんの言うことが本当ならば、この大会は上位を狙うチャンスだ。
『望月ちゃんは支援職の部類になるテイマー。そして竜乃ちゃんと虎太郎君はテイムモンスターであってパーティメンバーではない。こう言えば分かるかな?』
「そ、それって……」
そう、俺達はこの大会のルールの穴をつけている。
望月ちゃんならば、得られるポイントを一切減らすことなく集めることができる。
「す、すごい……」
望月ちゃんも気づいたのか、感心したような声を上げていた。
『それだけじゃない。望月ちゃんには虎太郎君が居る。
だから君達はやや危険ではあるものの、レベルよりも高い相手とも戦える。
この特殊なルールの下でなら、かなりのポイントを取得できる筈なんだ』
“つまり、どういうこと?”
“モッチーがこのランキングに乗るかもしれないってこと?”
“でもそれってルールの穴じゃね?”
“穴のあるルールを作ったのが悪いというか、そもそもモッチーという例外が考慮されていないんだから仕方なくね”
“まぁ、虎太郎君は考慮できないだろとは思うが、ルール違反ではないのは確かだし”
JDCでの上位入賞があり得るという話に、コメント欄も沸いている。
いつもよりも流れるのが早いのは勘違いではないだろう。
“モッチーがこのランキングに乗るならいい事やん”
“しかも載ればもっと知名度あがるやろ”
“モッチー、有名になってくれ! 俺は古参面したいんや!”
「有名に……竜乃ちゃんと虎太郎君が有名に……」
コメント欄に触発されたのは間違いない。
しかし望月ちゃんは熱のこもった目で俺と竜乃を見た。
その瞳が物語っている。
『この子たちが有名になるなら何でもやると』
“ヒェ”
“目、ヤバいんごー”
“モッチーの前で竜乃ちゃんと虎太郎君を持ち上げてはいけない(戒め)”
「優さん、私頑張ります! どこまで行けるか分からないけど、竜乃ちゃんと虎太郎君が有名になるために!」
『……分かった。それじゃあ駆け足になるけど、頑張っていこう。望月ちゃんは今まで通りに中層の探索を進めててくれ。
視聴者の皆、頼みがある! 僕の使い捨てのメール宛てにこのダンジョンの下層フロアの情報を送れるだけ送ってくれ。僕がそれらをまとめて望月ちゃんに提供する!』
“おー、協力プレイや!”
“マジか、めっちゃ調べるわ”
“流石っス! キミーパイセン!”
“まずはモッチーのダンジョンの名前からだな……”
盛り上がり、一人一人がやりたいことをやるために動きだしたコメント欄。
それを見ながら、俺は呆気に取られていた。
(すごい……)
他の配信者の配信で、こういった動きを見たことがある。
その時には何とも思わなかったが、今は違う。
他ならぬ望月ちゃんの配信でこういった熱気が見られることが、単純に凄い。
もう「すごい」以外の言葉が出てこないくらいには。
『望月ちゃん、今日の夜には中層ボスに関する情報を送るよ。もう知っている内容がほとんどかもしれないけれど』
「ありがとうございます!」
『うん、じゃあまた後で』
ブツリッ、という音と共に通話を切られた望月ちゃん。
これから優さんは情報集めに必死だろう。
多くの人が望月ちゃんの、いや俺達のために動いてくれている。
(これは、とても嬉しいことだな……)
「竜乃ちゃん、虎太郎君、頑張ろうね!」
『あぁ!』
『えぇ!』
望月ちゃんの言葉に答えるように、白い竜と黒い獣の短い鳴き声が響いた。