第33話 一人の探索者の終わり
望月ちゃんの用意した探索者用のテントの中。
簡易的な椅子と机を配置し、望月ちゃんと優さんは向かい合って座る。
俺は机の横に伏せて聞き耳を立てることにした。
ちなみに竜乃は俺の感触が気に入ったのか、上に乗って羽を休めている。
あの……重いんで――
『虎太郎?』
『好きなだけ休んでくれ』
女性に体重の話はNGなのは人間でもモンスターでも変わらないという事を知った虎太郎です。
「それでその……た、探索者を辞めるって……」
「……実は前から決めていたことなんだ。だから望月ちゃんは気にしなくてもいいよ。
急にこんなこと言ってごめんね」
「い、いえ……でも……どうしてか聞いてもいいですか?」
おずおずと質問する望月ちゃん。
俺自身も彼女と同じ質問を投げたい気持ちはあるが、優さんが何かを抱えていることにも、なんとなく気づいていた。
「んー、何から話したものかな。まず騙していたことを謝らないとなんだけど、僕はTier1ダンジョンまで探索したことがあるんだ」
優さんはもう一つ上の、日本最高ランクのダンジョン挑戦者のようだ。
だが俺の予想が正しければ、彼女はおそらく。
「といっても、パーティで組んだ人のお陰でTier2ダンジョンを突破したようなものなんだ。
ずっとその人と一緒にダンジョンに潜ってきたから、自分が強くなったと勘違いした。
そして行けるところまで行って、もう無理だと悟った。
僕は、Tier1ダンジョンはおろかTier2ダンジョンの下層ボスにすら挑むには力不足だと」
彼女は、探索者だった頃の俺と同じ、限界を迎えた探索者だ。
「それに、実は探索しているよりも見ている方が楽しいんだ。
望月ちゃん達の配信も、最初から見返したりしているんだよ」
微笑む優さん。
彼女の笑みは寂しげではある。けれどどこか吹っ切れたような印象がある。
(……あ)
その表情を見て、俺の脳裏を一人の女性が過ぎった。
そういえば彼女も、君島だった。
(優さんのお姉さんは……多分、君島愛花だ)
日本に居る上位パーティの一つ、「天元の華」。
短い期間でダンジョンの階層を一気に突破し、Tier1ダンジョンに到達したそのパーティのリーダーを務めるのが、君島愛花。
剣士としても日本国内で上位の実力を持つ、探索者。
なら優さんは、かつては天元の華に在籍していたことになる。
家族として、ずっと一緒に居た姉がどんどん強くなり、一方で自分は中々強くならない。
そんな優さんの焦りや悔しさはどれほどのものか。
(……俺よりも……辛いだろうな)
優さんと君島愛花の間に何があったのかは知らない。
けれど、優さんが色々考えて、悩んで、そして探索者を辞めるという決意をしたことだけは分かる。
あれは本当に悩んで、苦しんで、その果てで見つけた答えが納得できないものでも、少しでも楽になったときに出る笑顔だから。
「……分かりました。残念ですが、そういうことなら……」
名残惜しそうではあるが、探索者を辞めるとあっては引き留めることもできない。
そんな残念そうな望月ちゃんを、優さんは一転して真面目な顔でじっと見た。
「望月ちゃん。僕からも一つ、話がある」
彼女はチラリと俺と竜乃を見て、そして望月ちゃんを見た。
「この前の土日に一緒に戦うだけで分かった。
君達はどこまでも強くなれる。このダンジョンも越えて、Tier1ダンジョンにだって行ける。
望月ちゃんと竜乃ちゃんと虎太郎君には……その素質がある」
「…………」
「うん。僕が今まで見た中で一番可能性があると思う。
だから、一緒に誰かと組むこと自体が君達の妨げになるかもしれない。
君達と同じくらいのスピードで成長できる人でないなら……パーティは組まない方が良いかもしれないよ」
「組まないで……私達で……」
優さんの言葉には一理ある。
パーティ内部で実力差が出て、解散するなんてよくある話だ。
俺の体はおそらくダンジョン内最強のTier0モンスター。
そしてそんな俺と望月ちゃんは繋がっていて、そして望月ちゃんと竜乃も繋がっている。
俺たち三人だからこそ、ここまで早く成長出来ているという意見には納得だ。
「……大丈夫。望月ちゃん達はもう立派なパーティだよ。
虎太郎君、竜乃ちゃん、望月ちゃん。この三人で、君達はどこまでも強くなれる筈さ。
……君の目的のためにも、ね」
「……そう、ですよね」
(……ん?)
望月ちゃんの目的?
そんなものがあるとは初耳だ。
俺はてっきり、彼女がダンジョン探索とテイムモンスターが好きでダンジョンに潜っていると思っていた。
しかし、何か別の目的があったのか?
『竜乃、望月ちゃんの目的ってなんだ?』
『さぁ、聞いたことないわね』
どうやら竜乃も知らないらしい。
うーん、気になる。
「これまでのように、何か探索で役に立ちそうな情報があれば真っ先に教えるよ。
探索者を辞めるから、時間もできるだろうしね」
「……はい、ありがとうございます」
「うん……頑張ってね、望月ちゃん。ふぅ……最後のダンジョンだし、少しゆっくりしてから帰ろうかな」
「探索者テントでゆっくりするならいつでも歓迎なので来てください!」
「はは、たまにはそうさせてもらうよ」
真面目な話も終わり、楽しそうな雰囲気で会話をする二人を見ながら、ふと思う。
今の俺は、ダンジョンの中での望月ちゃんしか知らないことを。
彼女がダンジョンの外で、現実世界で、何を思い、何をして、そしてどんなことを経験してきたかを、経験しているかを、一切知らない。
別に全てを知りたいとまでは思わないけれど、知りたいことを聞くことすらできないのは少しもどかしい。
(望月ちゃんの……目的……)
それを教えてくれれば、何か協力できるかもしれないのに。
そんなことを、何も知らない俺は思ってしまった。