第32話 彼女の選択
「よっと!」
飛び上がることで刀を下から上に斬り上げ、最後に残ったモンスターを優さんが討伐する。
うめき声をあげて横向きに力なく倒れた狼型のモンスターは、経験値と素材へと姿を変えた。
「まぁ、こんなもんかな」
息を乱すこともなく、優さんはそう言って望月ちゃんに視線を向ける。
望月ちゃんも無傷で、疲れている様子はない。
望月ちゃんと優さんのコラボ2日目。
最初に望月ちゃんが言っていたのは土日という事だったので、今日が最終日という事になる。
優さんが加わったことで中層の攻略はだいぶ進み、目にしたことのないモンスターと遭遇することも少なくなってきた。
今すぐというわけにはいかないものの、もう少し攻略を進めて、かつレベルをさらに上げれば中層のボスと戦闘をすることもできるはずだ。
「お疲れさまでした、皆。今日はここらへんにしましょうか」
「そうだね、時間的にそろそろ帰らないとだし」
優さんとコラボしているということもあって、望月ちゃんは普段よりも探索に精を出していた。
今日もいつもよりも長い時間探索を行っているし、まだまだ探索し足りないという雰囲気を感じる。
少し名残惜しそうなのがその証拠だろう。
“お疲れ! かなり長い事探索したね!”
“優さんが加わったことでモッチーのテンションが上がって嬉しい”
“この勢いなら中層ボスもいけるんじゃね?”
望月ちゃんの配信も、同じように盛り上がっている。
視聴者数は30人程度まで増え、コメントの数も増えてきた。
優さんというコラボ相手に、攻略している階層が中層であること。
そして俺と竜乃という2体のモンスターをテイムしていること。
そう言った要素が、次第に望月ちゃんの知名度をほんの少しずつだが上げている。
「うーん、流石に中層ボスはもう少しレベルを上げてからかなぁ。
知っていると思うけど、ボスはその階層のモンスターよりも遥かに強いんだ。
だから皆も、気楽な気持ちでボスに挑んじゃいけないよ」
「しっかりと準備をして、万全の状態で……それでも勝てるかどうか怪しいですからね。
優さんの言うこと、よく分かります」
コメントに関して優さんが返事をし、望月ちゃんがうんうんと賛同している。
彼女は優さんを先輩として慕っているらしく、一緒に居られるのが嬉しいようだ。
女同士の先輩後輩の関係って、いいよね。
仲が良いようで、俺は見ているだけで十分です。
“優さんと、ソロで挑み続けたモッチーが言うと説得力あるな”
“まぁ、他の配信とかたまに見るけど、ボスは別格って感じよね”
“でも近いうちに中層ボスとハラハラした戦いを見せてくれることを期待してる”
浅倉と違い、確かな知識と経験を持つ優さんは視聴者たちにも受け入れられている。
そんな彼女は頷き、望月ちゃんを見た。
「そうだね。今のままだと不足しているけど、レベルを上げれば中層ボスにも……」
そう言った彼女は竜乃、そして俺へと視線を向け、言い淀んだ。
「うん。勝てる可能性は全然あるよ」
(?)
なんだろうか、今俺を見て少し思うところがあるような顔をしたような気が。
まぁ、それは一旦置いておくとしても優さんの言うことは正しい。
俺自身は体感的には中層ボスと戦えるが、望月ちゃんと竜乃はもう少し強くなる必要がある。
とはいえそれも、このペースならばそう遠くはない。
「さて、それじゃあ名残惜しいけど今日は終わりにしようか。
明日からはまた平日が始まるからね」
「平日が嫌なのは社会人の皆も学生の僕らも同じだけど、備えないといけないからね」
“はーい”
“楽しかった。ありがとう!”
“またコラボしてよね!”
望月ちゃんと優さんの言葉で、配信が終了する。
これで今日の探索は終了だ。
配信用の端末を弄り終えた望月ちゃんは、優さんに声をかけて出口へと歩き始める。
時間も時間だし、今日は探索者用のテントで休むことはなさそうだ。
「優さん、二日間ありがとうございました」
「こちらこそ。とはいえ虎太郎君が強かったお陰で、役に立ったことはほとんどないんだけどね」
「そんなことありません!
そうだ、良ければこれからもパーティを組みませんか!?」
望月ちゃんがそう言うであろうことはなんとなく察していた。
彼女が優さんを慕っているのは態度の節々から現れていたからだ。
「…………」
けれどそんな望月ちゃんの申し出に対して、優さんは押し黙った。
それは何かを考えるのではなく、何かを堪えているかのような、そんな。
(?)
優さんと、視線が合った。
彼女が何を言いたいのかは分からなかったけれど。
「ちょっと、考えさせてほしいかな」
「……? は、はい、分かりました」
望月ちゃんも優さんの態度がおかしいことに気づいたのか、あまり深くは追及しなかった。
その日は過ぎて、そして望月ちゃんとの探索を二回行って。
そしてその次の探索の日、目を覚ますと目の前には望月ちゃんと優さんが居た。
優さんが望月ちゃんとパーティを組むのか、そう思ったものの望月ちゃんは戸惑っているようだった。
優さんは息を大きく吸って、俺に視線を合わせる。
「望月ちゃん、パーティの件だけど、本当に申し訳ないんだけど断らせてほしい。
僕はもう、探索者を辞めようと思っているんだ」
「……え?」
望月ちゃんの小さな声が、ダンジョン内で響いた。