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第31話 その黒い刀は

 前方には4体の蜘蛛型モンスター。

 赤く染まった体は返り血ではなく、元々そういう個体なのだ。


「レッド・スパイダーが4体! 来ます!」


 望月ちゃんが言うように、レッド・スパイダーは蜘蛛型のモンスターで、上層で遭遇したキリング・スパイダーの上位個体である。

 相手を冷静に分析する望月ちゃんの一方で、俺はチラリと後ろを伺った。


 正直、レッド・スパイダーがしてくることはキリング・スパイダーと大差ない。

 むしろそれ以上に気がかりなのは、今日参加した一人の探索者の少女。


「虎太郎君、竜乃ちゃんは右半分を、僕の方で左半分は受け持つよ!」


 優さんは俺達にそう指示を出し、先ほどのレイクホースとの戦いと同じように望月ちゃんの前に出る。

 前衛として探索していたらしく、ちゃんと後衛のケアの仕方も分かっているようだ。


(浅倉よりも遥かに戦闘慣れしてる……っていうかあれと比べるのはおこがましいってやつか)


 力の一辺倒だった浅倉と比べるのは優さんに失礼という奴だろう。


 さて、それではその力の方はどうか。

 先ほどのレイクホースの時は茫然自失だったために優さんを確認する余裕がなかったが、今回はその実力を知ることができるだろう。


 そんな彼女はダンジョンでのみ使用できる装備を取り出す。

 見事な曲線を描き、刃に美しい波紋を見せる日本の伝統工芸、刀だ。


(……あれ?)


 漆黒の柄に、紫の刃と白の波紋。

 特徴的なその刀を、俺は知っている。


『虎太郎! よそ見しないで!』


『悪い悪い』


 以前のパーティリーダーからの叱責を思い出し、俺は苦笑いしながら魔法を発動する。

 俺達とレッド・スパイダーを隔てるように展開したのは炎の壁。


 いや正確には炎の柱を横に敷き詰めることで出来た壁だ。


 レッド・スパイダーはキリング・スパイダーとほとんど変わらない。

 そして両者の共通の弱点は火だ。


 燃え上がる火の柱の向こうで、蜘蛛が足踏みをする滑稽な姿が映った。


(そこ!)


 この好機を逃すものかと、俺は身を炎の壁に投げる。

 だがそのまま突っ込んでは俺自身の火で燃えてしまう。


 だからこそ、その壁を。

 両方の前足で引っ掻いて、道を作り出す。


 俺がギリギリ通れるくらいの、やや大きな穴。

 そして炎の壁を抜けるその途中で、驚いたように脚を上げているレッド・スパイダーと目が合った気がした。


 唖然としているかのように、奴の口がゆっくりと開く。

 それがやけに人間っぽく思ったが。


 気にすることなくその背中に前足を振り下ろした。


 火の壁によって熱された赤い爪が奴の背中に当たる瞬間、ジュッ、という嫌な音と焦げ臭いにおいがした。

 レッド・スパイダーは俺の一撃を避けることも防ぐことも叶わずにぺしゃんこになる。


 確かな手ごたえと、敵の撃破を確認するのと同時に、体の右側の毛を風が撫でるのを感じた。

 間違いなく、彼女が来ている。


 俺の頭上から斜め下方向に火の奔流が発生する。

 斜め方向に打ち出されたのは俺を巻き込まないという事を律義に護っているからか。


 生じる炎は俺が作り出した火の壁よりも高い威力で、もう一匹のレッド・スパイダーを飲み込んだ。

 竜乃のドラゴンブレスの凄いところは威力だけではない。


 その持続力は魔法よりもはるかに長く、時間が経てば経つほどに敵は大きなダメージを受けていく。

 竜乃と圧倒的に相性が悪いレッド・スパイダーが耐えられる道理はなく、もう一体の死体が出来上がるのに時間はかからなかった。


『ナイス! 虎太郎!』


『あぁ、やったな』


 ここまでわずかな時間で撃破できたことも喜ばしいが、それ以上に竜乃とのコンビネーションを俺は心地よく感じていた。

 火の壁を作り出し、それに突っ込んだ瞬間には竜乃は羽ばたいて上昇し、壁を越えようとしてくれていたのだろう。


 俺が突進した方向を見てもう一匹に狙いを定めるのもありがたかった。

 まだ出会って日は浅いものの、かつてのパーティのリーダーと同じくらいの連携のしやすさを感じたくらいだ。


『さて、優さんは?』


 任せていたのは2体のレッド・スパイダーだが、下層を探索できるなら問題なく突破できるだろう。

 そう思って視線を向けてみると、優さんは望月ちゃんと共に最後のレッド・スパイダーと戦っている最中だった。


 蜘蛛が吐く糸を素早い動きで避け、その隙に彼女は駆ける。

 望月ちゃんの援護も相まって、刀の一撃が入るのを確信した。


 漆黒の刃ならば、レッド・スパイダーなどいとも簡単に倒せるのだが。


(???)


 混乱する俺を他所に、一閃。

 駆け抜けた優さんは的確に刀でレッド・スパイダーを捉え。


 その刀の力を借りて、撃破した。


 俺には優さん自身の力ではなく、武器の力を借りて勝利したように見えた。

 それ自体は悪い事ではないけれど。


(???)


 ますます混乱する。

 意味が分からない。


「竜乃ちゃん、虎太郎君、優さん、お疲れ様です。

 中層のモンスター相手ならば問題は無さそうですね!」


 当然知らない望月ちゃん。


“相変わらず虎太郎君は凄い”

“それについていってる竜乃ちゃんもなかなか”

“っていうか、やっぱ優さん下層探索者だけあって強いな。全然危なげなく勝ってたわ”


 コメントを見ている人たちも、知らないのだろう。

 実際刀のドロップ率はかなり低いし、それを主流武器として使っている人も少ないからだ。


 優さんの持つ刀の名前は、「黒夜こくや」だ。

 威力の高い刀で、文字通り黒い刀身をしたレアドロップ品である。


 そして黒夜を落とすのは、こことは別の「Tier2ダンジョン下層のフロアボス」である。


 つまり優さんは別のTier2ダンジョンを完全に攻略し、その先のTier1ダンジョンにだって行ったことがあるだろうということだ。

 だが、それにしては引っかかる。


(優さんは確かに望月ちゃんや竜乃よりは強い。でも……)


 彼女の実力はTier1ダンジョンで通用したり、下層ボスに敵うほど高くはないように俺の目には見受けられた。

 そのちぐはぐさが、不可解さが、気になってしまう。


 話を聞くことなどできないものの、優さんという少女が俺にはよく分からなくなっていた。


 結局この日、探索はいつも以上のペースで進んだ。

 被害も少なく、倒したモンスターの数は約1.5倍。


 成果としてみれば上々だ。

 けれどどれだけ観察しても、やはり優さんの実力はパーティを組んでこのTier2ダンジョンの下層でギリギリ通用するくらいだ。


 そして観察しているのがバレてしまったのか、優さんも俺の事をじっと見るようになってしまった。

 何かを探るような視線を送り、送られる。


 そんなやり取りに、少しの不安を俺は感じていた。


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