第28話 小さな、けれど確かな一歩
早く動くのが吉という探索者の格言に習い、望月ちゃんは翌日には1人+2匹での配信を行うことにした。
俺との探索と、竜乃との配信で分ける必要がなくなったために最初から配信をつけるようだ。
これまで二重で取っていた探索の時間が減るのは良い事であるし、これで望月ちゃんの負担も減るだろう。そう思っていたのだが。
「……こ、虎太郎君、準備は良い?」
当の本人は何故か初めて配信に映る俺以上に緊張していた。
配信を準備する手は震えているし、下手すれば上層のボスに挑む時よりも心臓の鼓動が速いのではないだろうか。
少しでも安心させるようにこくりと一回頷く。
望月ちゃんは緊張で唇を軽く噛み、恐る恐る配信開始ボタンを押した。
「えっと……今日からはダンジョンの中層を探索していきます。
あとメンバーが増えたので紹介します、虎太郎君です!」
『よろしく!』
配信カメラドローンに向かって軽く吠える。
カメラドローンが表示している数字は0なので、視聴している人は居ない。
けれどそれは今居ないというだけだ。
配信はアーカイブという形で巻き戻して見ることもできるので、挨拶はしっかりと行う。
「そして今回も竜乃ちゃんは一緒です」
『今日も頑張るわー』
バサバサと翼を羽ばたかせる竜乃を見ながら、ふと思う。
配信を通せば他の探索者のテイムモンスターにも言葉が届くのだろうかと。
まあ、それが出来たところでテイムモンスター同士の会話しかできないのだが。
「さて、それじゃあ探索を――」
挨拶を切り上げようとする望月ちゃんの雰囲気を感じ取り、俺は彼女に近づく。
後ろに回り込んで、彼女の太ももを後ろから転ばない程度に押した。
「え? こ、虎太郎君?」
俺に急かされるかのように望月ちゃんは前に歩き始める。
そしてカメラドローンの撮影位置に入ったことを確認して、押すのを辞めた。
望月ちゃんは俺とカメラドローンを何度か今後に見た後に、困ったように苦笑いした。
「そ、そうだね。私も自己紹介しないとだよね。
えっと……望月理奈です。テイマーで、この子たちと一緒に探索してます」
頬を掻きながらの困った仕草も最高にキュートだ。
よし、これで準備は上々。早速探索に向かうとしよう。
……ちょくちょく望月ちゃんもカメラドローンに映るように誘導しないとな。
×××
巨大な黒いサソリ型のモンスター、スコーピウス。
尻尾の針は鋭いだけでなく、猛毒を有し、探索者に深刻な毒のバッドステータスを与える。
『燃えちゃいなさい!』
竜乃のブレスが直撃し、敵のHPをじわじわと削っていく。
けれど硬い殻で覆われたために、倒しきるまではいかないようだ。
テイマーとしてのレベルが上がった望月ちゃんに比例して、竜乃も強くなっている。
彼女の所持するスキル、ドラゴンブレスもこの中層では十分通用するだろう。
だが今回は相手が少しだけ悪かった。
スコーピウスは炎に包まれながらも、尻尾の毒針を飛ばしてきた。
標的は、最も近くに居た俺。
『当たらねえよ』
背後に望月ちゃんも竜乃も居ない事を確認し、一直線に向かってくる毒針をあっさりと避けることに成功する。
体は大きくなる一方だが、それに似合わぬ素早さも手に入れ始めているようだ。
まぁ、あの化け物の足元にも及んでいない現状だが。
「そこ!」
望月ちゃんの鋭い声が響き、スコーピウスの頭上に小さな雷が落ちる。
俺自身も使える雷の初級魔法、ライトニングだ。
以前から火と風の魔法をメインで使っていたために、つい先日習得したらしい。
とはいえ、今日はライトニングをほぼ使っているが、気に入ったのだろうか。
(雷……まぁ、俺にとっては因縁って感じか)
この体になって分かったことがあるが、ずば抜けた魔法の適性の中でもおそらく雷が一番高い。
行きつく果てのあの化け物も常に帯電していたことを考えると、間違いないだろう。
(これで……終わりっと)
考え事をしつつも余裕があるので、そのままスコーピウスに接近して頭目がけて前足を振り下ろす。
力を入れた爪の一撃は硬い殻を突き破り、スコーピウスの頭を粉砕した。
当然HPは一気に0になり、スコーピウスはダンジョンへと還っていく。
「よし、二人ともお疲れ様!」
望月ちゃんもそれを確認して上機嫌だ。
相手はスコーピウス一体だったために苦戦することもないのだが、それでも勝利が嬉しいのは俺も同じだ。
戦利品を回収して次の敵を探すかと思ったところで、望月ちゃんが気付いた。
「あ、コメント来てる!」
どうやら配信に動きがあったらしい。
先ほどまでは2人が見ていてくれたが、誰もコメントはしなかった。
見ている人数は相変わらず2人だけだが、どちらかがコメントをしてくれたのだろうか。
ちらりとカメラドローンが表示してくれるコメントを盗み見る。
“2体のモンスターをテイムしているんですか?”
「2体のモンスターをテイムしているんですか……はい、そうですね。
竜乃ちゃんと虎太郎君です」
コメントを読み上げ、右手を広げて俺と竜乃を示す望月ちゃん。
どこか誇らしげな様子にほっこりとしていると、再びコメントが投稿された。
“特別なスキルか何かですか?”
どうやらコメントを残してくれた人は今も見てくれていたらしい。
「あー、そんなものですね」
少しだけ望月ちゃんの動きが止まったが、何と答えようか迷ったのだろう。
まさか俺とはテイムしているけど普通とはちょっと違うテイムの関係とは言えまい。
するとPCから閲覧しているのか、すぐにコメントが返ってきた。
“そうなんですね。羨ましいです。先ほどの戦いは見事でした。暇なときに配信見させてもらいますね”
「本当ですか!? 竜乃ちゃん、虎太郎君、見てくれるって。良かったぁ」
安心したように笑顔で俺達にそういう望月ちゃん。
自分で喜ぶのではなく、俺達に真っ先に言うところが実に彼女らしいなと思った。
「よし、竜乃ちゃん、虎太郎君、次行こう!」
コメントでテンションが上がったのか、望月ちゃんは次を急かしてくる。
断る理由もないが、嬉しそうな彼女を見ているとこちらも気分が高揚する。
竜乃も同じ気持ちのようで、顔を見合わせて微笑んだくらいだ。
この日の配信は俺達の中層探索が終わるまで続いた。
最大の同接人数は5人。コメントをくれた人は2人も居た。
まだまだ人気とはとても言えないけれど、この日の望月ちゃんはとても嬉しそうだった。
小さな一歩を踏み出せたことが、一番の収穫なのかもしれない。
そんな事を思った一日だった。