第27話 彼女が配信をする理由
体毛が白から黒になるという大きな進化から一日。
俺は望月ちゃんのテントの中で、伏せて休んでいた。
俺の姿が少し変わったものの、それで何かが変わるわけではない。
上層のボスをソロで倒したのだから、中層のモンスターだってそこまで苦戦はしなかった。
俺の気持ち的にもそこまで変化はない。
そもそもこの体があの化け物のものなのではないかというのは、前からなんとなく気づいていたことでもある。
(でもそうなると、俺と化け物が入れ替わって、そんで化け物は俺の体の中に入って死んだってことか?
マジで夢物語みたいな展開だな)
そもそもダンジョンという場所そのものが常識に縛られない世界ではある。
とはいえ精神が入れ替わるなんて、夢にも思ってなかったことで。
(まぁ、でも望月ちゃんと一緒に居るからなんでもいいや)
化け物になったばかりの頃なら取り乱したのかもしれないが、今の俺はもう割り切っている。
推しの近くに居る立派な飼い獣として、これから先ずっと生きていくのだ。
望月ちゃんの側にいるから、覚悟がそこら辺のモンスターとは違いますよ。ええ。
「…………」
そんないつもの俺の横では、望月ちゃんが床に座り込んで大きな端末をじっと見ていた。
彼女の勉強熱心さはもちろん変わらず、先ほども中層の攻略情報を見ていた。
今も中層の情報を見ているのだろう、そう思い視線を向ける。
(……あれ?)
端末に映っているのはダンジョンを攻略する動画だ。
けれどそこには白い竜――つまり竜乃が映っていた。
(望月ちゃんの配信アーカイブ?)
今までテントの中で自分の配信を見返していたことはなかった筈だが、どうしたのだろうか。
じっと見ていると、望月ちゃんが俺に気づき、着けていたイヤホンを外す。
何かを言うこともなく、自然な動きで端末を操作し、スピーカーモードにしてくれた。
(……これは)
当然だが、モンスターである俺は望月ちゃんの配信を見るのは初めてである。
だから見逃さないようにじっくりと、黙って見続けた。
(……どうなんだ?)
そして半分くらいまで見たときに出てきた感想がこれだった。
望月ちゃんと竜乃を知っている俺ならばそれなりには楽しめる配信ではある。
一方で、配信の視聴者数は10人、コメントをくれた人は1人だけのようだった。
そのコメントも、途中まではコメントされていたが、切り上げたかのように止まっている。
つまり、全然人気が出ていない。
その理由はいくつかあると思うが、真っ先に思ったことが一つあった。
(竜乃しか映ってない……)
半分くらい見たが竜乃が9割、望月ちゃんが1割くらいの登場頻度なのである。
望月ちゃんは発言がやや多めであるものの、無理をして発言をしている感じがある。
にもかかわらず映らないので、よく分からないことになっていた。
悪い事はそれだけではない。
(戦い方がめちゃくちゃだ)
当然配信に俺は出ていないので、竜乃と望月ちゃんの2人で戦うことになる。
竜乃が前衛で望月ちゃんが中衛。昔行っていた陣形だ。
とはいえ今俺達は3人で戦い、俺が前衛、竜乃が中衛、望月ちゃんが後衛という立場で戦っている。
その癖が至る所で出ていて、ちぐはぐな感じが凄いのである。
竜乃がメインなので、天使である望月ちゃんへの固定ファンがつかない。
戦い方がちぐはぐなので、動画から得られることがない。
(そりゃあ……人気は出ないか)
俺が思うところを直したところで人気が出るかどうかは分からない。
けれど今のままでは、人気は低迷したままだろう。
望月ちゃんもそれを気にしているのかもしれない。
そう思って彼女を見上げた時。
(……え?)
彼女は、望月ちゃんは驚くくらいまっすぐな目で動画を見つめていた。
そこには昨日までうっすらと感じ取れた疲れや不安といったものはまるで見えなかった。
むしろ何かを決心したような、そんな強い目だ。
俺の視線に気づいた望月ちゃんは配信のアーカイブを止めて、俺と向き合った。
まっすぐな目に、眼鏡越しの彼女の瞳に、吸い込まれそうになる。
「虎太郎君、よく聞いて欲しいの。分からないかもしれないけど、聞いて欲しい」
『…………』
こくりと一回頷く。
「私、上層のボスの時、焦っていたの。
虎太郎君に前衛を任せて、私と竜乃ちゃんで支援する。
その戦いの中で、私は竜乃ちゃんに指示を出していた。
無意識だけどなんでそうしたのかは……きっとこのままじゃ虎太郎君無しで戦えなくなるって心のどこかで気づいていたからだと思う」
確かにあの指示は望月ちゃんらしくなかったが。
「自分のしたいことのために竜乃ちゃんと配信をして、でも伸びなくて……色々悩んで、試してみて……でも違ったの。
私がしないといけないのは、そんなことじゃなかった。もっと大切なことだったんだ」
望月ちゃんの小さな手のひらが、俺の頭を撫でる。
竜乃から望月ちゃんの配信が伸び悩んでいるのは聞いていた。
普段の探索には影響ないように振舞っていたが、それもまた不安だった。
だって、そういう風に見せかけているという事はそれだけ負担になっているってことだから。
「私が配信を始めたのは……したかったのは、竜乃ちゃんのためなの」
(……え?)
望月ちゃんの普段の言動と配信をするということがズレているようにはずっと感じていた。
そんな彼女の目的は、竜乃のため?
混乱する自分を他所に、望月ちゃんは話を続ける。
「私は他の人に、竜乃ちゃんを見て欲しい。
私のテイムモンスターはこんなに凄いんだよ。かっこいいんだよ。強いんだよって。
それで竜乃ちゃんが皆に愛されて、人気になって、そうなって欲しかったの」
(あぁ……)
望月ちゃんは、どこまで行っても望月ちゃんだった。
彼女は自分のために配信をしているんじゃない。竜乃のためにしているのだ。
自分の愛するテイムモンスターを他の人にも褒めてもらいたいから。
「でもね……気づいたの。私が他の人に見て欲しい子は、私のテイムモンスターは、竜乃ちゃんだけじゃないって」
それが誰を指すかなんて、言うまでもない。
「私、ずっと虎太郎君に甘えてた。関係性が特殊だから、なんだか力を借りているような感じで、竜乃ちゃんとは少し違う関係だと、どこかで思ってたんだ。
でも、違うんだよね。虎太郎君は、最初からずっと私のテイムモンスターだったんだよね」
『そうだ……そうだよ』
俺は最初からそのつもりだった。
けれど望月ちゃんはそうじゃなかったようだ。
でも彼女は自分で気づいた。
彼女は気づいて、そしてたった今、歩み寄ったんだ。
「虎太郎君、お願い。一緒に配信に出て欲しい。嫌だと思うけど、私の夢のため……竜乃ちゃんと虎太郎君の凄さを、強さを、カッコよさを、可愛さを、いろんな人に伝える為に。
私と、一緒に戦ってください」
力を借りるではなく、一緒に戦う。
その言葉に、望月ちゃんの気持ちが痛いほど籠っている気がした。
『……あぁ』
小さく呻いて、俺はゆっくりと、しっかりと頷く。
もう配信用カメラを壊すなんて真似はしない。
俺と竜乃と望月ちゃん。
三人で力を合わせて、俺たち自身を人気にする。