表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/214

第23話 チャレンジ、上層ボス

「竜乃ちゃん、虎太郎君、おはよう」


 聞き慣れた声に頭を上げれば、望月ちゃんの姿が目に入る。

 そしてその奥には、探索者用テントの壁が。


 普段はダンジョンの通路などで召喚されるが、今回は探索者用のテントの中で召喚されたらしい。

 それに望月ちゃんの挨拶からして今は朝なのだろう。


(これは……つまり……)


 これまでと違う望月ちゃんの雰囲気を感じ取り、俺は気を引き締めた。


「二人とも……今日はこのあと、上層のボスにチャレンジしようと思う」


 ボス討伐。それは探索者であれば誰もが目標とすることだ。

 そして望月ちゃんも、竜乃も上層のモンスターならば問題なく戦えるだけの強さは手にしている。


 加えて自分で言うのもなんだが望月ちゃんには俺という増えた手札がある。

 前衛で、かつ強力なカード。俺達が上手く戦えば上層のボスはそこまで苦戦するような相手ではない筈だ。


 そろそろのタイミングかと思っていたのだが、望月ちゃんも同じように考えていたようだ。


「説明するね」


 望月ちゃんは大きめのカバンから端末を取り出す。

 いつも使用しているポケットに入るような小型のものではなく、タブレットのような大きいものだ。


「まず、これが私達がこれから挑むこのダンジョンの上層ボス、アーマー・ベア」


 端末に移し出されたのは、白銀の甲冑に身を包み、片手に大剣を持った熊の姿。

 当然俺もこのダンジョンを攻略したことがあるために、戦ったことがある。


 アーマー・ベア。

 その名の通り、グリズリー・ベアと同じく熊型のモンスターだ。


 このダンジョンの上層にてグリズリー・ベアは脅威となるモンスターだ。

 それを余裕をもって倒せるようになった探索者がボスに挑んだ時に、こいつと出会う。


 そして未熟な探索者は油断してしまうのだ。

 こいつは所詮、グリズリー・ベアの進化系であると。


「私達が今まで倒してきたグリズリー・ベアと似てるよね。

 でもね二人とも、よく聞いて。これは全く別のモンスターなの。

 グリズリー・ベアよりも遥かに強い、私達の倒すべき強敵」


(望月ちゃん……)


 俺は最初、望月ちゃんが多くの探索者と同じように、アーマー・ベアを侮らないかと心配した。

 けれど、それは杞憂だったようだ。


 探索について勉強熱心な望月ちゃんが、上層のボスについて研究を重ねない筈がない。

 チラリと目線を向けてみれば、端末にはボスの写真以外にも様々なアプリが起動していた。


「まずはこれを見て欲しいの。

 これ、探索者との戦いの動画の一部なんだけど、大きさはグリズリー・ベアとは比較にならない。

 それに、このボスが繰り出す大剣の一撃はとっても重くて、戦士の人でも弾かれてる」


 望月ちゃんの言う通り、動画内では探索者パーティがアーマー・ベアに苦戦している様子が映っていた。

 探索者は3人パーティで、テイマー、魔導士、戦士の組み合わせらしい。


 このダンジョンの上層ボスの動画は数多くあると思うが、その中でも俺達に近い挑戦者の動画を探してきてくれたらしい。


(再生数……300か。きっといろんな動画を片っ端から見てくれたんだろうな)


 その証拠に昨日までの望月ちゃんの目の下には隈があった。

 自分の配信が伸び悩んでいて眠れないのかと心配していたが、どうやら上層ボスに向けて準備をしていたためらしい。


「敵はこのボス一体だけだけど……見ての通りHPはかなり多めなの。

 この動画以外でも、討伐まで結構時間がかかってる。

 あと魔法、物理どっちが効きやすいとかはないみたい。弱点も、多分ないのかな?」


 すっかり目の下の隈が消えた望月ちゃんが説明を続ける。

 彼女の言う通り、ダンジョンのボスというのはレアケースを除いて弱点が設定されているものが少ない。


 それゆえに総力戦になるのも、常だった。

 逆に言えば、総合力で勝っていれば勝利を得やすいともいえるのだが。


「私達はいつも通り虎太郎君を前衛に、竜乃ちゃんを中衛、私を後衛にする。

 竜乃ちゃん、敵はかなりHPがあるだけじゃなくて、私達に届く攻撃も持ってるから注意しないといけない。

 そして虎太郎君……正直、虎太郎君が一番危険。どの動画でも、アーマー・ベアと戦うときには前衛の練度が大事だって言われてる。

 虎太郎君の強さなら問題ないとは思うけど、一緒に動画を見て攻撃パターンを勉強しよう」


『あ、あぁ……』


 あまりの熱量に、やや気おされてしまった。


(すごいな)


 この準備の量は、俺が探索者だったから頃から考えると普通だ。

 いや、やや不足しているともいえるだろう。


 けれどそれは、あくまで俺が属していたパーティが上位の探索者だったからだ。

 作戦立案や戦略を担当していたリーダーだって、Tier2ダンジョンの上層からこんなに調べていたわけじゃない。


 Tier2ダンジョンは平均よりも少し上の探索者が挑むダンジョンだ。

 だがその中でも上層ならば、平均程度の探索者があつまる。


 そして政府の集計を見たことがあるのだが、このTier2ダンジョンの上層までで、下から数えてほぼ8割の探索者が埋まることになる。

 こう言ってはなんだが、このダンジョンの上層くらいならば、パーティを組めばある程度歴のある探索者なら来れてしまうのである。


 それこそ、浅倉のように気楽に考えていても到達できるパーティも多数存在する。


(でもこの子は……多分Tier3ダンジョンからずっとそうして来たんだ)


 自分達の事を知り、ダンジョンの敵を知る。

 それが昨日今日で初めてやったことではないことは、提示された資料を見れば分かる。


「よし、じゃあ二人とも、まずは一緒に動画を見よう。

 今日はボス討伐が出来たらおしまいにしたいから、しっかりと準備するよ」


 望月ちゃんはそう言って端末を手にして立ち上がる。

 どうするのだろうかと思っていると、俺達の後ろに回り込んで腰を下ろした。


 そのまま俺と竜乃に見えるように端末を置いて、右手で操作をし始める。

 1人と2匹で端末の画面を見るということは、必然的に望月ちゃんと接近するという事で。


(ち、近い……)


 望月ちゃんが、触れられるくらいの距離に居ることで、少し緊張してしまう。


「じゃあ再生するね。一つ一つ、ゆっくりと確認していこう」


 端末で動画が流れ始める。

 アーマー・ベアによる大剣の攻撃や、脚を勢いよく振り下ろした震脚。


 さらには魔法による攻撃など、多数だ。

 その説明とよく考えられた対処法を説明する望月ちゃんの声を聞きながら、俺は探索者だった頃の記憶を失わなくて本当に良かったと思った。


「虎太郎君、これ。この攻撃。大ぶりの攻撃に見えるけど、実はフェイントなの。

 この後前衛の人は大剣の柄で攻撃されて体勢を崩しちゃう。

 大剣の振り下ろしと区別はつかないけど、どっちもあるって覚えておいてね」


(お……おぉ……)


 望月ちゃんに一つ物申したい。

 説明するときにテイムモンスターを撫でるのは辞めませんか。


 すべすべな手が優しく背中を撫でるから、言葉が右から左に流れてしまう。

 おかげさまで説明がほとんど頭に入っていません。


 あ、でもやっぱり辞めるのはなしで! キープでお願いします!


『……虎太郎、あんた理奈の話聞いてる?』


『ああ』


 クールにそう答えて端末に視線を向けているふりを継続する。


 探索者だった頃の記憶を失わなくて本当に良かった。

 申し訳ないけど、望月ちゃんの話はほとんど聞けていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ