第22話 配信者デビュー、しかし上手くいかないようで
事件はすぐに起こった。望月ちゃんが悩んでいた翌日。
目を覚ましたときに、彼女の横に何かが浮かんでいるのが見えた。
竜乃ではない。だが、見覚えがある。
あれは、配信用のカメラドローンだ。
――イラッ
「あぁ! こ、虎太郎君!?」
望月ちゃんの悲鳴に我を取り戻すと、目の前には壊れて地面に落ちたカメラドローンの残骸。
どうやら配信カメラに対して怒りを抱いて壊してしまったらしい。
いくらモンスターになってるとはいえ、怒りやすすぎないか、俺よ。
『何してんのよ、虎太郎』
『わ、悪い……ちょっと配信に良い思い出がなくてな』
正確には良い思い出が全て悪い思い出になったのだが、詳しいことは説明しても信じてもらえないだろう。
それよりも、いくらなんでも望月ちゃんのものを壊すなんて言語道断だ。
二度とこんなことがないように深く頭を下げて謝罪の意を示す。
(怒るようなことじゃないだろう、俺)
配信に関係するとはいえ、たかがドローンではないか。
こんなに簡単に我を失ってはダメだと思っていると、ポンッと頭に手が触れた。
「ごめんね虎太郎君、嫌だったよね」
『いや、そんなことは……』
「竜乃ちゃんも聞いて欲しいんだ。
実はずっと前から友達にダンチューバーをやってみたらどうかと言われててね。
ちょっと悩んでたんだけど、今回やってみようかなって思ったんだ」
(悩んでたのは、このことだったのか)
とりあえずリアルでのトラブルではなかったようでほっとする。
(にしても……配信者か)
配信者……ダンチューバーは昔から続く人気コンテンツだ。
星の数ほどの配信者がダンジョンでの活躍を全世界に流している。
もちろんあの女のように人気になれるのは一握り。
それに企業に属するのではなく、個人としてやっていくのならばさらに狭い門となるだろう。
(意外だな)
てっきり望月ちゃんは注目を浴びるのが嫌なタイプかと思っていたが、そうでもないらしい。
まあ、誰だって人から注目されたいと思うだろう。
望月ちゃんくらいの年齢なら、人気ダンチューバーに憧れていてもおかしくはない。
「それでとりあえず配信? をしようと思ったんだけど、竜乃ちゃんと二人でやってみるね。
あ、もちろん普段の探索は虎太郎君と三人でやるから!」
『あ、いや……』
『虎太郎、無理しないの。無意識に壊しちゃうくらい嫌なんでしょ?
ここは理奈の言葉に従っておきなさいな』
『うん……』
煮え切らない気持ちではあるが、配信に出たいかと言われると強い気持ちがあるわけではない。
出てもいいし、出なくても良いというスタンスだ。
けれどカメラドローンを無意識に破壊してしまったところを外から見たら、配信が嫌と思われるのも仕方ない事だろう。
配信が嫌なのではなく、ある特定の配信者が嫌なだけなのだが。
(……まぁ、普通に探索はしてくれるらしいし、いいか)
望月ちゃんに伝えられるわけでもないし、身振りで無理やり伝えるまでもないだろう。
そう思い、俺は配信には出ないという結論で、この話は終了となった。
×××
それからというもの、しばらくは上層の探索が続いた。
上層のモンスターと戦えるようになっても、すぐに上層ボスと戦って勝つのは難しい。
どのダンジョンも、どの階層もそうだが、階層ボスは階層モンスターとは比べ物にならないほど強い。
そのために、望月ちゃんと竜乃の強化にはもう少しだけ時間が必要だった。
そのため7日ほど上層での探索を行っていたのだが。
『なんか……望月ちゃん元気なくない?』
ちらりと後ろを見て、竜乃に声をかける。
望月ちゃんはどこか落胆しているような雰囲気だった。
探索には集中しているので影響は出ていないものの、どこか気になる。
ふわふわと浮遊していた竜乃は視線を望月ちゃんに向け、『あぁ』と呟いた。
『配信がね……あんまり上手くいってないみたい』
『……そうなのか』
そう言いつつも、望月ちゃんは配信を始めてからまだ一週間しか経っていない。
そんなに早く人気になるとは到底思えないのだが。
人気のダンチューバーの輝かしい姿を見て実際にやってみると、全然見てくれなくてショックを受ける、というのは聞いたことがある。
そういうことなのだろうか。
(俺は配信をしたこともないし、パーティメンバーもやったことある奴は居なかったな。
あいつは最初から企業所属だったし……)
忌々しい姫を思い出し、俺は内心で舌打ちをした。
思い出さなくていい奴を思い出してしまった。憂鬱だ。
意識を切り替えて前を向き、望月ちゃんの事を再び考える。
俺自身配信を見ていた側の人間だったので、どういった人物が人気になるのかはなんとなく分かっている。
ダンジョン探索者で人気の配信者は強さやトークの面白さ、あるいは探索について様々な知識を分かりやすく提供できるなどの武器を持っていることが多い。
もちろんそう言った武器をどれだけ持っていても人気になるかどうかは運もあるのだが。
(望月ちゃんは人気が出そうなビジュアルをしているし、竜乃もテイムモンスターとしては珍しいドラゴンだけど、実力がってことなのかな?)
Tier2ダンジョンの上層に挑んでいるという現段階では上位者とはとても言えない。
ソロのテイマーや竜乃、そして望月ちゃんのビジュアルは目を惹く要素ではあるが、そういったものを持っている配信者は星の数ほどいる。
人気に火がつきにくいという事だろうか。
(……どんな配信してるんだろう?)
テイマーはダンジョンを探索する際にテイムモンスターを召還するかどうかを選ぶことができる。
そのため普段の探索では俺と竜乃を呼び出していたが、配信の時は竜乃だけを呼び出しているそうだ。
望月ちゃんは俺が配信を嫌っていると思ってしまっているので、参加させる気はなさそうである。
(望月ちゃんの配信が見れれば、ちょっとした改善点は分かるかもしれないけどなぁ)
それをしたところで一視聴者としての意見でしかないが、今の俺では配信を見る事すらもできない。
なんせ端末を所持していないテイムモンスターだからだ。
(……まだ始めたばかりだし、これからちょっとでも見てくれる人が増えて、望月ちゃんが元気になればいいんだが)
そう思う俺の希望的な意見とは反して、その後も望月ちゃんの配信は伸び悩むことになった。