最終話 誓いを、果たしに来た
~数年後、とあるTier1ダンジョンの深層ボス部屋~
その日も、俺は固い寝床に蹲って眠りについていた。
ここに来てからどれだけの時間が過ぎたのか分からない。
気づいたときにここに居た俺は、下へ下へと進むことにした。
敵の強さはどれもこれも相手にならなかった。ただ強さ的にはTier1ダンジョンのように思えた。
だから襲い掛かるモンスター達を蹴散らしながら、ボスを倒して下の層を目指した。
合計2体のボスを倒し、最後に訪れたのがここだった。
部屋全体を氷で囲まれた、ボス部屋。ここがTier1ダンジョンなら、深層のボス部屋だろう。
そこに鎮座していた氷のゴーレムのような相手を倒して、俺はここに棲みついた。
深層ボスを倒したことでダンジョンが俺を認めたのか、きっと今の俺はここのボスということになっているのだろう。
ここから下に続く道はなければ、どこか他に行き場があるわけでもない。
そんな風に思って腰を落ち着けたのがどれくらい前なのか、もう考えることもやめた。
そのくらい長い時間が経っていたから。
(……暇だ。誰も来ないし)
俺が移動してきたTier1ダンジョンはまだ未発見なのかもしれない。
あるいは国内の攻略が進んでいなくて、ここまで来れる探索者がいないのかもしれない。
かなり長い時間が過ぎたが、俺の元まで来た探索者は一人もいなかった。
望月ちゃんと別れてからというもの、人間にすら会っていない。
(まあでも、その方が平和でいいのかもな)
俺が戦えば、並の探索者は殺してしまうだろう。
今の俺はダンジョンにボスであることを定義されている。手を抜いて戦うことは出来そうにもない。
それなら誰も来ない場所で、ぬくぬくと過ごしているのも悪くはない。
(思い出も……沢山あるしな)
獣の体だからか、記憶力は抜群に良かった。
思い返そうと思えば、望月ちゃんと出会ってから別れるまでの思い出が鮮明に頭を過ぎった。
そんな過去を沿っていくのが、どれだけ時間が過ぎても楽しみの一つだったのだ。
今日もまた、過去の幸せを辿るつもりだった。
(昨日はどこまで思い出したんだっけ――)
そう思ったときだった。
今まで一度も開かなかった扉が、開いた。
(――――)
その向こうから歩いてきた人影を見て、俺は目を開き、思わず立ち上がる。
「肯定。やはりここに居た。人に迷惑をかけたくない君なら、必然的に探索者のいないTier1ダンジョンに居ると思った。でもまさか南極とは」
懐かしい声に、体が痺れる。
短かった髪はミドル程度の長さになり、けれど身長は小柄で、そして相変わらず無表情な彼女が立っていた。
氷堂心愛。かつて再戦を、そして一人にしないと誓い合った相手。
『ここ、寒いんだけど……よくあんたこんなところに居れるわね。あんたは体毛しっかりしてるから寒くないかもしれないけどさ』
その後ろをふわふわと浮遊してくるのは、ボス部屋の扉ギリギリの巨体を持つ純白の竜。
俺よりもはるかに大きいその姿に似合わず、表情は微笑んでいて、瞳は優しく俺を見つめている。
『待たせたわね虎太郎。来たわよ、迎えに』
竜乃。かつて俺と轡を並べて戦った相棒。
そして彼女がいるということは、もちろんあの子も。
「本当に、待たせちゃったね」
声を聞いて、俺の魂が震えた気がした。ずっとずっと、待っていた人が部屋へと入ってくる。
彼女は大人になっていた。低かった身長は伸び、髪はロングヘアーとなっている。
その姿は、かつての須王のような凛々しさすら感じさせた。
眼鏡は外しているものの、表情は俺がよく知る彼女そのものだった。
左手首には古びたシルバーの腕輪が嵌っているし、右手の指輪もあの時のままだ。
そしてなによりも、愛おしいモノを見る目が。
温かな雰囲気が、彼女そのものだった。
「迎えに来たよ。虎太郎君」
望月理奈。かつての俺の飼い主にして、俺を救ってくれた人。
俺が恩を返し続け、恩を貰い続けた人。
『望月……ちゃん……』
ダンジョンのボスという制約に縛られ、戦闘態勢へと移行しようとするこの体が、今は恨めしい。
なんとか少しでも自分の思い通りにしようと力を入れて。
「虎太郎君、いいよ。見せるから。私達が君を倒すところを」
望月ちゃんの言葉に、俺は抵抗するための力を抜いた。
もうしばらく会っていないのに、思うよりも前に体が自然に動いた。
離れていても、長いこと会っていなくても、テイムの絆が無くなっても。
俺は、彼女のテイムモンスターなんだと、しみじみと思った。
目を瞑り深く息を吐くいつもの癖をして、望月ちゃんは全員に号令をかける。
「心愛さん、竜乃ちゃん、前線お願い! 後ろから全力でサポートするから、虎太郎君に勝つよ!」
『ええ!』
「肯定」
竜乃が咆哮して、部屋中に重圧が満ちる。
氷堂の頭上に虹色に光り輝くひし形のオブジェが展開し、煌めくばかりの力を放つ。
どちらも、俺が最後に見た時とは次元が異なると言えるほどの力を秘めていた。
そしてそれは、彼女も同じ。
竜乃と氷堂を、白銀の光が優しく包む。
力を与えるとかそういったものではなく、存在のステージを上げるほどの光。
かつて感じていたのと同じ、彼女の、望月ちゃんの温かい光。
「行くよ虎太郎君! 君を……テイムする!」
まっすぐな、何の迷いもない、けれど温かい目で彼女は俺に宣言する。
今この瞬間、俺は最強の敵であり、それでいて最高の人と対面する。
なら元探索者として、彼女の元テイムモンスターとして。
いや、これから先に彼女のテイムモンスターであるために俺が出来ることは。
『来い!』
俺の咆哮で、戦いの幕は切って落とされる。
Tier0の俺と、力を付けた望月ちゃん達の戦いがどのようにして展開され、そしてどのように終わりを迎えたのか。
そしてそのあと俺がどうなったのか、それはここでは書かないけれど。
それはきっと、誰もが思うような幸せな結末だ。
以上で完結となります!
約半年以上もの間、読んで頂きありがとうございました!
正直、人でない主人公の戦いに関しては一生分は書いたかなと感じています。
終わり方に関しては最初から決めてまして、むしろ最初はそこしか無かったくらいです。
ですが形にできて良かったですね。
さて、今後ですが実は以前から投稿している『呪いの旅路』という作品をしばらく更新しようかなと思っています。
こちらの作品も面白くなっていますので、宜しければ読んでいただけますと嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n2178ig/
また次回作に関してもプロットはもう出来ているのでそのうち投稿する予定です。
公開した暁にはこちらも楽しんでいただけるかなと思います
以上です。ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
紗沙




