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第213話 またね

 あぁ、またここなのか。そんなことを、俺はふと思っていた。

 右も左も上も下も真っ白な世界。あの時と同じ、俺の中にある世界。


 今となっては化け物もいなくて、俺しかいない。姿は虎太郎の時のままだ。


『結局、別れは告げられなかったか……』


 なんとなく歩き始めながら、俺は最後の最後に時間がなかったことを悔やんだ。

 覚えているのは宿敵である地獄からの呼び声を倒したところまで。


 その後で望月ちゃんに別れを告げようとしたものの、その前にこの世界に来てしまったらしい。

 最後までままならないなぁ、なんて思いながら俺は歩き続ける。


『俺は……ダンジョンのモンスターになったか……』


 以前望月ちゃんから聞かれていたリースの予想。

 それが正しければ、俺はただのモンスターになったということだ。


 全くランダムなダンジョンのモンスターになるらしいが、なるべく探索者に迷惑をかけない存在になればと思わずにはいられない。


『それにしても……退屈だなぁ……』


 先ほどから歩いても歩いても、何もない。

 ずっと白しかないし、誰もいない。これならこの前のように化け物がいてくれた方がまだ良かった。


 このままずっとこの世界を彷徨うかと思うと、ぞっとした。


『おい! 誰かいないのか!』


 叫んでみても、返ってくる声はない。


『おい! 誰か! おい!』


 何度か叫んでも、やはり返答はなかった。


『おい……マジか……嘘だろ?』


 ここに来てようやく、俺の中に寂しさが湧き上がってくる。

 今まで、ずっとそばに望月ちゃんと竜乃が居てくれた。


 だから寂しくなんてなかったのに、今はたった一人だ。

 それに、これから先もずっとそうだ。そう考えると気が狂いそうだった。


 彼女達のために自分を犠牲にしてもいいと、そう思っていた。

 けれど。


『これは……きっついなぁ……』


 蹲り、両腕の間に頭をうずめる。

 死んで無になるならまだ良かったかもしれない。けれど誰もいない世界でただ一人漂うのは、あまりにも辛いことだ。


(耐えられるのか? この状況に。この世界に。誰もいない中で、俺はただ居るだけの存在で。そんな状況に、俺は――)


 気が狂いそうな状況に絶望していた時。

 懐かしい温かさを感じた。間違えるわけのない温かさを感じた。


『望……月……ちゃん……』


 頭をあげれば、白い世界の中でもはっきりと見えるくらい輝く糸があった。

 間違える筈もない。望月ちゃんとの間にあったテイムの絆の糸。


 それに触れようとして、手のひらが触れた瞬間に。

 糸は薄くなって消えてしまう。


『っ!』


 掴まなくてはならない。そう本能で感じて、俺は走り出す。

 糸を追いかければ次第に糸は消えていく。

 けれど、どれだけ走っても目の前に糸は見えている。


 追いかける。追いかける。追いかけ続ける。

 そうやって追いかけ続けて。いつからか視界はぼやけ初め、耳も遠くなっていった。


 それがこの世界から出る合図だということに俺は気づかなかった。

 だって、目の前には望月ちゃんとの絆が常に見えていたのだから。





 ×××






 ゆっくりと、目を覚ます。

 まず目に入ってきたのは、目を見開いた望月ちゃんの姿だった。


 驚き、涙で潤んだその様子に何があったのかと慌てる前に、自分の状況に気づいた。

 腕を振り上げていた。まるで望月ちゃんを害そうとするかのように。


 ゆっくりと腕を下ろす。

 そうして辺りを見渡して初めて状況に気づいた。


 倒れた状態ながらも俺を睨む竜乃と、腕の力でなんとか立ち上がろうとしている氷堂。

 なぜ氷堂の姿がここに、と思ったものの、この場所がまだ下層のボス部屋だということに気づいて合点がいった。


 きっと俺は、あいつを倒した後にそのままモンスターになったのだ。

 なんとなく別のダンジョンに転送されるのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。


 モンスターになった俺は暴れまわり、竜乃と駆けつけた氷堂が止めようとしてくれたということか。


「こ……たろう……くん……」


 そしてきっと望月ちゃんが最後の最後にテイムしようとしてくれたのだろう。

 彼女は手を伸ばしているし、テイムの絆は結ばれていないけれど俺と絆を結ぼうとしているのはよく分かった。


「……虎太郎君……もう一度、行くね」


 彼女はもう一度手を伸ばし、テイムの絆を結ぼうとする。

 手のひらから伸びた白い糸。


 しかしそれは、俺に触れる前に弾かれて消えてしまった。

 唖然とする望月ちゃんと俺。もちろん俺は望月ちゃんからのテイムを拒絶するつもりなんて全くない。


 それを彼女自身もよく分かっているのか、力なく笑った。

 今にも泣きそうな、無理やり作った笑顔だった。


「やっぱり……ダメだね。私が弱いから……もう、虎太郎君とは……」


 俺と望月ちゃんの間にある確固たる差が、テイムを妨げている。

 その事実に、望月ちゃんは悔しそうに奥歯を噛みしめ俯く。

 彼女の両方の拳は固く握られて、震えていた。


『っ』


 体がざわつき始める。

 まるでここにいること自体が間違いだと、訴えてくる。


 ここはTier2ダンジョン。

 きっと、ここにいられる時間もあと少し。


『望月ちゃん』


 俯く彼女に声をかけ、顔を上げさせる。彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。


『もうそろそろ時間みたいだ。最後に望月ちゃんに会えて良かった。

 伝えたいことがあったから。

 俺はこのダンジョンで君に出会って、君のテイムモンスターになって救われた。

 この姿になってからずっと一人だったけど、君や竜乃と一緒にいれて幸せだった』


「こ……たろう……くん……」


 言葉が伝わっているのか、ますます瞳から涙をあふれさせる望月ちゃん。

 彼女を泣かせるつもりはなかったけど、今回ばかりは許してほしい。


『俺にとって、竜乃は最高の相棒だし、望月ちゃんは最高の飼い主だ。

 あの日君に救われて、そしてここまで一緒に駆け抜けてきて、良い思い出しか浮かばないよ』


「うん……うん……私も……私もだよ……」


『望月ちゃんがくれたテイムの絆も、虎太郎という名前も、俺の宝物だ。

 ありがとう。全てを失っていた俺に色々なものをくれて……本当にありがとう』


「私も……虎太郎君と一緒にいれて幸せだった。竜乃ちゃんと虎太郎君と一緒にいられて、幸せだったよ。ありがとう虎太郎君。私といっしょにいてくれてありがとう。私に力を貸してくれてありがとう。お父さんの仇を討ってくれてありがとう。私のために、全部……全部……本当に、ありがっ……とうっ」


 袖で涙を拭う望月ちゃん。

 その様子に仕方ないなぁと思いながら、右前脚を持ち上げて頭を撫でる。


 彼女から手を下ろし、別れの挨拶をする。

 最後は、笑顔で。


『望月ちゃん、それじゃ――』


「絶対に迎えに行くから!!」


 これまでに聞いたことがないほど大きな声を聞いて、俺は目を見開いた。


「私、これから強くなる! 誰よりも強くなって、虎太郎君を迎えに行く!

 次に会ったときは、絶対に……絶対にテイムするから!」


『望月ちゃん……』


『なに二人で勝手に終わらせようとしてんのよ!!』


 驚いて顔を動かせば、宙に浮いた竜乃が俺に吠えていた。

 体はボロボロで飛んでいるだけでもギリギリそうなのに、目には怒りの火が宿っていた。


『いい?私と理奈は一心同体なの。だから私だって迎えに行くわ。

 今回はボコボコにされたけど、次は私がボコボコにしてやるんだから。覚悟しときなさいよ!』


『ははっ……それは怖いな……』


 彼女ならばやりそうだ。

 いつだって強気で、いつだって俺を困らせてくれた彼女なら。


『だから……』


『竜乃?』


 少しだけ目を伏せた竜乃。しかし次にまっすぐに俺の目を見たときは、澄んだ迷いのない眼差しだった。


『だから、待ってなさい虎太郎。すぐに、追いついてやるから』


 その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。

 ずっと言ってくれていたことを、彼女はまだ言ってくれるのかと。


『……あぁ、お前が来るの、待ってるからな。相棒』


 そう言って俺は右の前脚を挙げる。

 間髪を入れずに、そこに竜乃の翼が撃ちつけられた。


 誓いを立てた。彼女とまた相棒になるという、誓いを。


「私も、次はキミに勝つ」


 左に顔を動かせば、足を引きずった氷堂の姿があった。

 目はまっすぐに俺を貫き、いつもの無表情はどこへやら、微笑んでいた。


「今回は負けたけど、次は絶対に勝つ。その時までに理奈と、竜乃ちゃんと強くなるから。

 だから、時間はかかるかもしれないけど、待っててね」


『氷堂……』


 まさか日本最強の探索者である彼女とこんな関係になるなんて思っていなかった。

 遥かなる高みだと思っていた彼女を、いつの間にか俺は越えていたようだ。


 覚えていないのが悔しいが、それでも再戦を望んでくれているのは嬉しかった。


『あぁ、次に戦う時を楽しみにしている』


「……うん。そして戦いが終わったら、仲間」


『あぁ、仲間だな……そうだな』


「肯定。だから、そうしたら……独りじゃないよ」


『……そう……だな……』


 彼女はきっとわかっている。俺が寂しさを感じていたことを。

 きっと彼女は俺に似ている。同じ人に惹かれたのだって、そのためだろう。


 誓いを立てた。彼女とまた仲間になるという、誓いを。


 そして、そんな同じ人である望月ちゃん。


「虎太郎君……絶対にテイムするからね。虎太郎君に勝って、またテイムする。

 今度こそずっと一緒に居てもらうよ。それが約束を破った虎太郎君への罰だから」


『あぁ……そうだな……約束破ったからな』


 明確に交わしたわけではないけれど、心の中では誰もが思っていた事だった。

 ずっと一緒にいるという、約束を立てていた。それを破った罰が一緒にいる事なんだから、優しすぎる。


 首を横に振って、望月ちゃんは微笑む。


「私が約束を破るきっかけだから、私も罰を受けるの。

 虎太郎君とずっと一緒にいるっていう――」


 言葉を切って、息を吐いて。


「罰じゃなくて、そんな幸せを」


『…………』


 あぁ、彼女はどこまでも、どこまでも俺に甘くて、優しい。


『また、望月ちゃんのテイムモンスターになる。絶対に』


「うん、虎太郎君をテイムモンスターにする。絶対に」


 互いに頷き合う。

 誓いを立てた。彼女とまたこの関係になるという、誓いを。


 三人に見送られて、俺は消えていく。

 このダンジョンとは違う、別のダンジョンへと送られていく。


 これから先、また一人になるのに、不思議と寂しさはなかった。

 だっていつの日か、必ず望月ちゃん達が来てくれると信じているから。


 だからその日まで少しのお別れだ。


『またな、皆』


「『「またね、虎太郎くん」』」


 その言葉を最後に、俺は茨城のTier2ダンジョンを離れた。

 もっと遠い場所へと、旅立った。

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