第21話 最高のパーティ(1人と2体)
グリズリー・ベアはこのダンジョン上層に登場するモンスターの中では危険度の高い1体だ。
大きな体から分かる多い体力に、高い攻撃力。
爪によるひっかきは上層に挑む探索者の防御を崩すほどの威力。
毎年多くの怪我人を出しているのは言うまでもないだろう。
そのグリズリー・ベアが俺達の前に合計4体。
赤い目を光らせながら、こちらを威嚇している。
「さ、流石に上層も奥まで来たから……強敵が多いね……」
緊張した様子の望月ちゃん。
これまで数多くの上層モンスターと戦ってきた彼女でも、グリズリー・ベア4体に対しては気を引き締めすぎてしまうという事だろう。
望月ちゃんとダンジョンの上層の攻略を始めてから、今日で4回目。
日数にしては4日が経過したことになる。
その間、俺達はなるべく上層を広く探索し、さまざまなモンスターを討伐した。
実際の数値を聞くことはできないが、望月ちゃんのレベルも十分上がったのではないだろうか。
「虎太郎君、今回もお願い! 竜乃ちゃん、やるよ!」
『あぁ!』
『えぇ!』
望月ちゃんの声に答え、俺は前に出て駆ける。
先頭に立っていた1体のグリズリー・ベアに接近し、大きく息を吸った。
『止まれ!』
スールズ戦で駆使した咆哮を使い、グリズリー・ベアの動きを止める。
扇形に広がった音の波は目の前に居た敵のみならず、その背後の3体も飲み込んだ。
時間稼ぎとしては、十分。
俺の攻撃力なら目の前の一体を倒すことはできる。
しかしそれをせずに、右へと移動した。
狙いは今も動きを止めている背後のグリズリー・ベア。
自分が眼中にないと判断されたことで、今まで俺の目の前に居たグリズリー・ベアの顔が引きつるのが見えた。
同時に目玉が動き、脇を駆け抜けた俺を捉えたことも。
その視線と目を合わせ、別のグリズリー・ベアを力の限りに斬り裂いて経験値にすると同時に、ニヤリと笑った。
『見すぎだ、ばーか』
俺に注意を引き付けられていたグリズリー・ベアに火炎の玉が直撃し、さらに光の魔法、プリズム・ソードが突き刺さった。
望月ちゃんと竜乃の連携の前に大ダメージを負ったグリズリー・ベア。
そこでようやく俺以外にも敵が居ると思い出し、前を向いた。
けれど、もう遅い。
『どこ見てんのよ!』
竜乃が使用した風魔法、ウィンドカッターにより残りのHPを全て削られ、グリズリー・ベアは体を傾かせる。
地面に崩れる音を聞きながら、俺もプリズム・ソードの魔法を使い、行動不能から回復しつつある敵に放つ。
本気で放てばグリズリー・ベアを倒してしまう。
仮にパーティを組んでいたとしても、パーティメンバーが一人で倒してしまえば経験値はその人物にしか入らない。
だからこそ今までは倒しきらない威力で放っていた。
しかし俺の放ったプリズム・ソードはグリズリー・ベアの急所を的確に穿ち、HPを0にする。
それと同時、望月ちゃんのレベルが上がったのを感じた。
俺と望月ちゃんの関係は、テイムの関係だ。
テイムモンスターが一人で倒しても、経験値はテイマーにも入る。
『竜乃!』
『分かってる!』
口を大きく開き、竜乃は炎のブレスを放つ。
俺や望月ちゃんが使う魔法の中には存在しない、竜乃オリジナルのスキルだ。
先ほどの炎の玉と同じく、竜乃は竜乃だけの技がある。
炎の波は次々とグリズリー・ベアに殺到し、HPをじわじわと削っていく。
「これで……」
動きを竜乃のブレスで止めたことで余裕のできた望月ちゃんがとどめを刺す。
先ほど使ったプリズム・ソードをグリズリー・ベアの頭上に展開し、複数をまとめて一つの大きな剣へと変換する。
「終わり!」
彼女が勢いよく手を振り下ろせば、光の剣はグリズリー・ベアの脳天に突き刺さり、HPを削り切った。
仰向けに倒れ、経験値になっていく敵を見ながら、俺は納得のいく結果に頷く。
(竜乃も望月ちゃんも強くなった。ステータスだけじゃない、ちゃんと戦い方も分かっている。
やっぱり俺が全部倒すんじゃなくて、役割を分担したのは良かったな)
全ての敵を俺が倒すこともできるが、それでは望月ちゃんと竜乃のレベルは上がっても、探索者としての強さは上がらない。
望月ちゃんが目指すのはキャリーされてきた浅倉のような探索者ではなく、レベル相応、いやそれ以上の探索者だ。
そのためにどの戦闘でも竜乃と望月ちゃんが戦う状況を作り出したのだが、上手くいっているようだ。
「竜乃ちゃん! お疲れ様!」
今の実力ならば、望月ちゃんも竜乃もこのダンジョンの上層を攻略する探索者として申し分ない強さを持っている。
そのくらい俺達はこの4日間で多くの敵を倒してきたのだから。
「虎太郎君もありがとう! 浅倉さんと比べるとすっごく頼りになるよ! …………って、比べるのもおこがましいかな」
あはは、と笑う望月ちゃん。
どうやら彼女は隠し部屋の一件でかなり浅倉を嫌っているようだった。
俺自身もあいつに良い思い出はないので、それでいいと思った。
それよりも望月ちゃんに頼りになると言われた。やったぜ。
『本当、虎太郎が加わってくれたことで急激に強くなった気がするわ』
『実際、竜乃はここのモンスターと戦っても1対1なら十分戦えるくらいには強くなってるよ。
元探索者の俺が保証する』
『またその話? まぁでも、虎太郎に実力を認められるのはお姉さん嬉しいわ』
相変わらず竜乃は俺の話を聞き入れてはくれない。
けれど褒められること自体は嬉しいのか、翼を普段よりも少しだけ早く動かしていた。
ちなみに望月ちゃんは俺と竜乃が話しているときには黙って俺達を見ている。
毎回ニコニコしているのだが、俺と竜乃が会話しているのが嬉しくて仕方ないらしい。
こういうのを何というのだろうか。
親バカ? テイマーバカ? まあ、そういった素質が望月ちゃんにはあるのだろう。
「…………」
『……?』
と思ったら、急に望月ちゃんは真剣な表情になった。
何かを深く考えているらしい。一体何かあったのだろうか?
『望月ちゃんは何を悩んでいるんだ?』
『さあ? ダンジョン攻略は重要だし、リアルのことじゃないかしら』
リアルという言葉に俺はむむむっ、と悩む。
もう今更ダンジョンの外に興味はない。
この体になってからしばらく経つし、どうせ元の体には戻れないと割り切っている。
そうではなく、リアルの望月ちゃんの動向を探ることができないのが問題だった。
俺はダンジョンから出れないし、竜乃も同じくだ。
もし……もしもリアルで何か問題があったのなら。
『ま、まさか浅倉に……』
『さすがにそれはないんじゃない? すぐにブラックリストに放り込んでたし』
『そ、そうか……』
探索者ブラックリスト機能はパーティを組むことが出来なくなる機能だ。
また端末でのやり取りもできなくなる。
杞憂だったかと思い、もう一度望月ちゃんを見る。
「うーん……どうしようかなぁ……」
彼女の悩みが何なのかは分からないが、それが解決すれば良いなと願うばかりだ。