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第209話 宿命の相手

 ダンジョン内は静かだった。俺達が上層から下層に向かうまで何にも出会わなかった。

 探索者の姿はおろか、モンスターの姿すらない。


 探索者に出会わないのはよくあることなのでまだ分かる。

 けれど下層まで来て一匹のモンスターとも会わないのは、まるで何かを恐れて隠れているかのようだった。


 いや、きっとその考えで合っているのだろう。

 この下層のさらに奥、かつてクイーンのいたボス部屋にいる化け物の出す重圧が下層に着た瞬間に圧し掛かってきたのだから。


 重圧を感じながらも、俺達は下層ボスの巨大な扉の前まで来た。

 ここに来るまでに重圧は増し続け、扉の前の今では上層で実際に戦ったときと同じものを感じている。


 この扉の先にあいつがいる。

 竜乃を攫った敵。望月ちゃんのお父さんの仇。そして、俺が倒さねばならない強敵。


「…………」


『…………』


 一言も発することなく、望月ちゃんは扉に手をかけた。

 力任せに押して、開けばクイーンと死闘を繰り広げた戦場が再び目の前に現れる。


 暗闇に包まれた暗黒の闘技場。

 その真ん中に立つのはクイーンではなく、スールズに似た姿をした俺の宿敵。


 最後のTier0、地獄からの呼び声だ。


 そして黒い巨体のさらに向こうに、地面に倒れ伏した竜乃の姿もあった。

 気絶しているものの体が僅かに上下しているので、まだ生きている。


『……望月ちゃん、タイミングを見計らって竜乃を助け出して、回復してあげてくれ』


「……うん、分かったよ」


 目線を交わすことすらなく、いつもの相棒に告げるように唸れば、飼い主は俺の言葉を読み取ったかのように答えてくれた。

 これで竜乃は大丈夫。あとは目の前の敵に集中するだけだ。


『来たぞ』


『GruuuuuuUU!』


 声をかければ、うめき声が返ってくる。

 その声は俺が発するうめき声と似ていた。


 こいつと出会うのは今回で三回目だ。初めて会ったときだって、フランスで姿を見ただけ。

 けれど俺の体はこいつの事を知っている。きっと因縁のある相手だったのかもしれない。


 あるいは他のTier0全員と関係があったのかもしれない。

 俺がおかしくなったのは、いつも審判の銀球や似た姿をしたスールズが原因だったから。


 けどそれは今の俺とは関係のないことだ。

 俺にとってこいつは倒さなくてはならない敵でしかない。


 竜乃を攫い、望月ちゃんの大切な人を奪ったこいつを俺はここで何をしても仕留める。

 そう思い、目線が交差したままで俺達は右側へと歩いていく。


 瞬きも目線を外すこともない。ただじっと、お互いを見続けているだけ。


『…………』


『…………』


 頭の中に、弾丸を装填。5発分を一気に回し、体に紫電を纏う。

 出し惜しみなどするつもりはない。体内にはいつでも魔法が発動できるように膨大な魔力が渦を巻き、黒雷も体に纏っている。


 俺が今できることは全てやった。あとは全力をこいつにぶつけるだけ。

 奴も長い両腕を地面にたたきつけ、臨戦態勢。これまで感じていた重圧がさらに重くなる。


 対峙する俺と奴。二匹のTier0が、火花を散らす。


 音を聞いた。幻聴だったかもしれないが、水が落ちる音を確かに聞いた。

 きっとそれは奴も同じだったのだろう。俺達は全く同じタイミングで地面を蹴った。


 一瞬で互いの距離をゼロにして、奴は右腕での拳。

 それに対して俺はいつもの右前脚のひっかきで応戦した。


 互いにもはやどれだけの力が働いているかも分からない拳と爪は激突。

 これまで聞いたことがないような轟音を轟かせながら、互いに互いを弾く。


(全力で……ようやく互角っ!)


 間髪を入れず奴の左のストレートが飛んでくる。

 身を屈めて避けるもスピードが速いために回避はギリギリで、頭を少し掠った。


 そうして始まる俺と奴の殴り合い。

 奴は両方の腕を俺は両方の前脚を存分に使って重い一撃を振るいあう。


 俺は所々に氷堂の一撃の再現も仕込むものの奴には届かず、奴の防御を崩すことも叶わない。

 一方で奴は常に武闘系統のシークレットスキルを発動しているのか、俺の全力を常に発揮している。


 防ぐのは命取りになる。避けるしかない。

 固く、重い奴と、素早く軽い俺。攻撃力はほぼ同じでも受け方は全く異なっていた。


(っ……あぶねっ!)


 左前脚を出そうとしたところで奴がこれまでとは全く違う構えをしたことに気づき、手を止めた。

 俺が大ダメージを負い、戦闘不能になる黒雷を受けるきっかけになったカウンター技。


 もしも止めずに攻撃していたら、あの時と同じように地面に伏していただろう。

 けれど。


『ぐっ!』


 止めたことでそれが明確な隙となり、奴の下から掬い上げる拳に捕まった。

 顎を打ち抜かれたところで背中に強い衝撃が走る。上に打ち上げられた後に振り下ろされた拳により地面に叩きつけられた後で。


『GruuuuuUUU!』


 咆哮と共に、奴の肩からのタックル。

 モロに受けた俺は吹き飛ばされ空を滑る。途中で轟音を聞いた。


 その音が、奴がシークレットスキルを使用して一気に俺との距離を詰めたときの音だと気づいたのは、顔面を強く殴られたときだった。

 脳を揺らすほどの衝撃を受けて、さらに速度を増して吹き飛ばされる俺。


 このままでは追撃で殺されると感じ、必死に前方に魔法を放った。

 風の超級魔法、ストリームホロウ。奴が突っ込んでくれればダメージを期待できると思ったのだが。


『!』


 ストリームホロウに当たる直前で奴は驚異的な力で後ろに跳び、激突を回避した。

 俺の体内の魔力をほとんど使って作成した風の魔法が、不発に終わった。


 内心で舌打ちをしながら地面に着地する。

 息を吐けば、咳き込み血が地面を濡らした。フラフラする視界で、それでも奴を睨みつける。


(まずい……ダメージレースが不利すぎる……)


 奴にある程度ダメージを与えることは出来る。

 けれど奴はその数倍ものダメージをたった一度で俺に与えることが出来る。


 奴の攻撃を10回避けて10回全力で攻撃をしても、たった一つのミスで一発食らえば、俺が与えたダメージなど比べ物にならないほどの報復を受ける。


 単純に生物としてのステージが違う。

 どれだけ獰猛な犬でも百獣の王ライオンには勝てない様に、奴と俺と間には確固たる差がある。


 同じTier0の筈なのにどうしてここまで差があるのか、そんなのは明白だ。


(俺が……まだそのステージに立ってないからだ……)


 今の俺は成長を繰り返し、生物としてのステージを限りなくTier0へと上げた。

 けれど深層ボスと戦ったときの大きさから考慮すると、今ようやく俺の思う化け物になった程度だ。


 きっと、あの時出会った本物の強さにはあと一歩及んでいない。

 深層ボスが再現したときの化け物に追いつくだけじゃダメだ。


 もっと先の、この体の本当の強さに追いついて、そしてそれを越えないといけない。

 そうしなければ奴には勝てない。今のステージでは勝てず、同じステージでも勝てない。


 ――頭の中に弾丸を入れて、回す。


 奴に勝てるようになるには……いや、『勝つ』には。


 ――頭の中に弾丸を入れて、回す。回し続ける。

 例え視界が黒く染まったとしても、ひたすら込めて回し続ける


 世界一の探索者、リース・ナイトリバーの言葉が蘇る。


 ――頭の中に弾丸を入れて、回す。回し続ける。

 これ以上回したらダメだと本能が訴えても回し続ける。


【何をしても、最後には勝つということだ】


 ――頭の中に弾丸を入れて、回す。機構が火花を散らしても回し続ける。

 自分の意志でその線を跳び越える。深淵へと身を投げる。


(出来ることを……全部するしかないんだろ! これで終わったとしても奴を倒すために!)


 ――頭の中に弾丸を入れて、回す。これで壊れても構わないと回し続ける。

 もう戻ってこれなくてもいい。奴を倒せるなら、望月ちゃんと竜乃を救えるなら、それでいい。


 回しきり、俺は意識を闇へと落とした。


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