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第206話 仇

 今まで、何度も見てきた。

 家のリビングでテレビにかじりつくように、何度も何度も。


 幼稚園から帰ってきた後も、小学校から帰ってきた後も。

 リビングで見ていると母が悲しそうな表情を浮かべるので、見る場所を自室に変えた。


 そして中学に上がってからも。高校に上がった時だって、たまに見ていた。

 モンスター相手に黒い雷を放つ、もういない父の姿を見続けていた。


 今は映像の中にしかいない父のことは、正直あまりよく覚えていない。


『理奈は賢い子だなぁ……それにお母さんに似て美人さんになるぞ』


 そう言って優しく撫でてくれたことは鮮明に記憶に残っているのに、父のその時の顔だけは光でよく見えない。

 穏やかに笑っていた筈だけど、思い出せない。


 だから望月は、映像を何度も何度も見なおした。

 黒雷も頭の中で完全に思い描けるくらいには、目に焼き付けていた。


 だから分かる。今見た黒雷こそが、父の使う黒雷だと。

 映像で見たものとは威力が大きく違うとしても、父のと同じ黒雷だと。


「なに……それ……」


 心が、黒く染まっていく。

 父の黒雷を使用するのは、大好きだった父ではなく、大好きな虎太郎を傷つける獰猛な獣。


 父とは似ても似つかない、異形の怪物。

 出会った探索者は誰も生き残れない、地獄からの呼び声。

 父が使えなかった多数の技を使用する、ダンジョンが生んだ災厄の頂。


 ――殺した人の、シークレットスキルが使えるんだ


 結論に望月が至るのに、時間はかからなかった。

 そしてそれは正解だと望月は確信していたし、事実、正解だった。


 だから、彼女は。


 ――殺してやる。パパを殺したあいつを、絶対に殺してやる


 生まれて初めて、心の中にどす黒い程の殺意を抱いた。

 抱いてしまった。





 ×××





 パラパラと、砂の落ちる音が耳に届く。

 体中は痛く、痺れている。自分の様子を確認しようと少しだけ思い返せば、気づいた。


(俺……あの化け物に……)


 奴に黒雷を放とうとした瞬間に、奴から黒雷をぶつけられた。

 自分でも混乱しているが、戦いから少し離れたからか、頭の中で思考が進んでいく。


 答えが出ていく。

 奴は探索者のシークレットスキルが使えるのではなく、殺した探索者のシークレットスキルが使えるのではないかと。


 だから奴は獣に似つかわしくない、人間が使うことが前提のシークレットスキルを使える。

 だから奴は、俺が今まで一つも見たことがないようなシークレットスキルを使える。


 だから奴は黒雷が使えた望月ちゃんのお父さんを殺して、それを使えるようになったのではないか。

 それに気づいた瞬間だった。


「……ろしてやる」


 地を這うほど低い声が耳に届き、それと同時。

 体内から、とても熱い何かが湧き上がってきた。


『ぐっ……』


 頭が赤く染まっていく。

 怒りという感情が増えていく。


(そう……だ……奴だ……奴が望月ちゃんのお父さんを殺した。

 それだけじゃない、沢山の探索者だって殺した。

 出会った探索者を殺して殺して、姿を見た人がいなくなるくらいに)


 許せるわけがない。あれは探索者の敵であり、望月ちゃんの仇だ。

 そして今は俺の大切なものを全て奪おうとする憎い獣だ。


(それに……あぁ……なんでか分からないけど、ムカつくなぁ……)


 奴がこれまでしてきたこととか、これからしようとしていることとか、そんなことは関係なくて。

 ただただ奴の存在そのものが癪に障る。


 余裕そうな立ち振る舞いも、オレを下に見たかのような表情も。

 オレと同じなのに、オレよりも上だと思っているのが、無性に腹が立つ。


(殺してやる……どっちが上か、決めようじゃねえか)


 傷む体に鞭を打って、オレは立ち上がる。

 頭の中で大量の弾丸を込め、全てを一気に回せば心地よい場所へと心を落としていける。


 さあ、決めよう。オレとオマエ、どっちが強いのかを。


『GuraaaaaAAAA!』


 咆哮を上げ、紫電も黒雷も身に纏って突撃。

 奴の息の根を止めるため、奴の旨そうな血を啜るために、衝動に任せて走る。


『GuraaaaAAAA!!』


 奴もまた雄たけびを上げ、何十もの黒い雷を落とす。

 その叫び声は、オレのものと似ていた。


「殺して!」


 心の中で火種が燃え上がる。視界が黒く染まり、オレはさらに落ちる。

 獣として、奴を倒す。


 そう思って跳びかかったところに、奴の手のひらが顔面に叩きつけられた。

 勢いそのままにオレの体は回転し、地面に叩きつけられる。


 背中に衝撃が走り、閉じられた口から空気が漏れたところで、奴の空いている左手が煌めいた。

 生命の危機を感じ、動物的な本能でそれから逃れようとする。


 四つの手足で奴の腕を、体をを引っ掻き、さらに紫電と黒雷を最大放出することで奴を遠ざけようとした。


『GuuU!?』


 けれど遅かったのか、奴の何らかの力を帯びた爪の突きが、横腹を掠った。

 いや、退避が遅かったせいで少し抉られた。


 痛みに怯んだ、次の瞬間。

 奴が空気を蹴ってオレに跳びかかってくる。さっきの俺と同じ、獣らしい襲撃。


「虎太郎君! 頑張って! そいつを……そいつを殺してぇ!!」


 体内から、さらに力が湧き出てくる。

 今まさに望んでいた黒くドロドロした力が、体を満たした。


『オチロ』


 沸き上がったすべての力を使って、オレは黒い雷を放った。

 黒い……いや、ドロドロに溶けた闇のような色をした雷撃は、跳びかかろうとした奴に見事に命中。


 奴の皮膚を、肉を焦がす音と香ばしい匂いを漂わせたままで、奴を吹き飛ばした。

 態勢を空中で立て直し、地面に着地する奴。


 効いていないことをアピールするように不気味な笑みを浮かべられ、オレの中に苛立ちが募る。

 そんなときだった。上空から、雷が降った。


 オレや奴が使う黒雷とは違う、あまりにも小さくて弱い魔法。

 奴もそれを受けたが、まるで効いている様子はない。


 当たり前だ。あの程度の攻撃で、オレ達を傷つけられるはずがない。


「パパのっ……仇っ!」


 聞こえたのは、女の声だった。

 怒りや恨みの感情が読み取れるが、オレと奴の戦いに入り込むのは無粋だ。


 ――ニンゲン風情が、手を出すな。


 オレと全く同じことを思ったのだろう。

 奴は腕を振り上げ、軽く払う。魔法でもない、特殊な力の込められた光の弾が高速で跳び、女を撃ち抜いた。


 ギリギリで回避しようとしていたみたいだが、避けきれずに宙を舞う女。


 ――ニンゲンが、出しゃばるからだ


 そうなって当然の自業自得の末路を辿る女。

 宙を舞い、そして。


 望月ちゃんが、地面に叩きつけられた。


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