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第205話 他者の力を使う獣

 地面に倒れた望月ちゃんを見て、大きな怪我がないことを確認。

 俺はすぐに体勢を立て直して竜乃に向けて叫んだ。


『竜乃! やるぞ!』


 しかし竜乃は戸惑っている様子だ。


『相手はTier0よ? 正気? ……逃げた方が……』


 今まで一度も勝ったことがないTier0が相手で、今回は前回とは違いラファエルやエマ、氷堂がいない。

 だからこそ、彼女はそう提案したんだろう。


『それが出来れば……苦労はしない……』


 けれど今まで通りなら、きっと逃げられはしない。

 審判の銀球だって針の指し示す値によっては逃げられなかった。


 それに俺が手も足も出なかったあの化け物だって、そうだ。

 それなら全く同じ雰囲気を出しているこいつから逃げることは、不可能だろう。


『腹を括れ! 俺達が倒すしかない!』


『ああもう! 分かったわよ!』


 頭の中で弾丸を込めて、回す。込めた数は8で、回した数は3。

 約一か月ぶりとなる紫電の発動に、体が違和感を訴えた。


 それが今まで戦場から離れていたことを嫌ということを分からせてきて、俺は奥歯を噛みしめた。

 地面を蹴り、風になる。


 四肢を全力で駆動させ、敵へと迫る。

 遠くから見たときにスールズに似ていると感じたが、こうして迫ってみると確かに似ている。


 大きさはスールズよりも大きいが、二足歩行で二本の腕の先には鋭い爪が生えている。

 けれど発する雰囲気は全くの別物。これまで出会ってきたどのモンスターとも違う、一線を画した存在感。


 今の俺が出せる最高速を乗せて、右の前脚を渾身の力で振るう。

 これまで数多の敵を倒してきた必殺の一撃。


 深層ボスを倒す際に成長したので、誰も止められないと思っていた一撃。


『GuraaaaaaaaAAA!!!』


 咆哮が聞こえると同時、奴の影がブレた。

 俺の目視を越える速度で動き、腕を振るって俺の爪に自らの爪を突き立ててきた。


 甲高い音が響き、衝撃派で全身の毛が遊ばれる感覚。


『っ!?』


 次の瞬間、俺は明確に力負けしたことを感じた。

 鋭く横に振るったはずが、奴の力に圧し負けて弾き飛ばされた。


 体ごと持っていかれるような力で振り払われ、俺は宙に投げ出される。

 探索者にとっては不利な空中。けれどそれは、今までの俺ならの話だ。


 空気を足場にして、後ろ足で触れる。

 ぐぐぐっと力を入れて、目標を目で定める。右前脚の感触を確認。


 行ける。一か月ほどブランクがあるが、彼女の一撃を再現できる。

 そう判断して、俺は後ろ脚を伸ばしきった。


 同時、右前脚を再び振り上げる。

 先ほどは防がれたが、次は氷堂の一撃を再現する。これなら、取れる筈。


 奴の胴体目がけて爪での一撃。

 日本一の探索者の技術を再現した一撃は、しかし、空を切る。


(なっ!?)


 驚くのも束の間。飛び上がった奴の姿を確認すると同時に紫のブレスが飛来。

 完璧なタイミングでの、竜乃の援護射撃。それを見て黒雷を放とうとしたときに。


 紫のブレスは奴に触れる前に、白銀のベールに妨げられた。

 まるで人工物のカーテンのような、輝くベールだった。


 空気を蹴る音が、聞こえた。


 右手を振り上げた奴の方が、俺が黒雷を放つよりも速かった。

 全身にピリピリとした感触が走り、俺は黒雷を撃つことを辞めて後ろに跳ぶ。


 それが正解だと気づいたのは、ほんの数秒後。

 さっきまで居た空間が、まるで柱でくりぬかれたように歪んだのを見てからだった。


 地面が抉れ、空気が歪んでいる様子を見て、その空間だけ重力が強く働いているのを悟った。


(なんだ……こいつっ!?)


 奴から距離を取りつつ、俺の頭は奴が行ったことに対して違和感を抱いていた。

 俺と同じく空気を蹴るのみならず、白銀のベールに、重力を操作する力。


 どれも奴の姿からは想像がつかないような能力だ。空気を蹴るのはまだいい。

 けれど奴の姿はスールズのような獣で、白銀のベールのような神聖な技はイメージに合わない。


 重力を操作した技に関しても、審判の銀球のようなモンスターが使うなら分からなくもないが、俺やこいつのような獣が使うのはどうもイメージが湧かなかった。

 技に問題があるわけではない。どこか合っていないような、そんな。


『Gururuuuuuuu……』


 右の手を左側に回し、奴は右足を踏み込んだ。

 強く強く踏み込み、震脚。ダンジョンの内部なのに僅かに地面が揺れる。


 何をしてくるのかが、奴の「構え」を見て分かってしまった。

 だからこそ、反応できた。どういうふうに攻撃してくるかは詳しく分からないけど、それが居合切りだとは分かったから。


 空気を蹴って地面に突っ込むように非難する。

 先ほどまで俺が飛んでいた場所を、奴と「斬撃」が素早く通り過ぎていった。


 剣など持っていないのに、間違いなく剣を持っていることが前提の技だった。

 それこそ探索者が持つシークレットスキルのような。


(こいつ……まさか!?)


 最悪の想定が俺の頭を過ぎる。

 あまりにもミスマッチな技の数々に、そのいずれもが人が使うことを想定したような技。


 ――こいつまさか、探索者のシークレットスキルを


 考えられたのは、そこまで。

 超加速で、一瞬で懐に入ってきたやつは拳を振るい、俺の横腹を正確にとらえる。


 その部分から何重もの衝撃が襲い掛かり、俺の体を突き抜ける。

 内臓をかき混ぜられるような最悪な気分を感じたときには、宙に投げられていた。


 世界が回り、地面に叩きつけられる。転がり、四つの手足を必死に動かして体勢を立て直した。


(くそ……やろう!)


 吐きそうになるのを必死に堪えながら、俺は確信する。

 こいつは探索者のシークレットスキルが使えると。


 さっきのは素早い動きはともかくとして、パンチは格闘職のシークレットスキルとしか思えなかった。

 そうでなければ、スールズと同じ姿の奴が爪を引っ込めて殴ってなど来るものか。


『竜乃! 蒼の炎はダメだ! こいつは探索者のシークレットスキルが使える!

 真似されたくない!』


『分かったわ! 赤い方で援護する!』


 探索者のシークレットスキルが使えるならば、竜乃のだって使える可能性が高い。

 どこかで盗んだのか知らないが、蒼い炎を見せるのは危険だ。


 俺の黒雷だって、真似される可能性すらある。

 この二つを封印した状態で、勝負を決めるここぞというときに使う。それしか手はなかった。


『蒼いブレスと魔法が使えなくても!!』


 叫び、さっきからずっと用意していた魔法を使用する。

 体内に満ちる膨大な魔力。それらを全て使用して、一つの魔法を完成させる。


 この場全てを飲み込むほど巨大な、津波を。


『行くぞ!』


 水の超級魔法、グランドウェイブ。

 背後から迫る水を感じながら、俺も地面を蹴る。


 頭の中で紫電の弾丸を可能な限り込めて、3発回す。

 進行方向を変え、右へ。そんな俺に追いついた津波に、飛び乗った。


(行ける! 空気がいけたなら、水だって足場に出来る!)


 荒れ狂う激流の中に隠れるように、サーフィンするように一体化する。

 しぶきを上げる水の流れに乗り、奴に目を向けたとき。


(なんだ……あれ!?)


 目に入ったのは、両方の手のひらをくっつける奴の姿。

 そしてその後ろにいくつも浮かぶ、真っ白な光の玉たち。


(あれも……シークレットスキルだっていうのか……?)


 言葉に答えたのは、白い球から一斉に射出された純白の光線だった。

 魔力は感じないので魔法ではない。ならば答えはシークレットスキルだろう。


(俺が知らないだけで、こんなにシークレットスキルはあるのか!?)


 白い光に打ち抜かれ形を崩していくグランドウェイブの上で、俺は内心で叫ぶ。

 こんな強力なシークレットスキルは見たことがない。


 それだけではない。居合切りも、重力の操作も、純白のベールも、見たことがない。

 それこそ、世界の最上位探索者が持っていてもおかしくないくらい強力なものばかりなのに。


 多数の光に貫かれ、津波は形を崩していく。

 崩壊するように、何mもの水が、重力に従って落ちる。


(ここだ!)


『竜乃ぉ!!』


 声の限りに、上空にいる相棒に呼びかける。

 今の俺からは激流のせいで奴の姿は見えない。


 けれど遥か高みから様子を見ていた彼女は、俺と奴の位置関係が分かっている。

 だから、教えてくれる。竜乃しか使えないシークレットスキルで。


 飛来した蒼いブレスは俺の斜め左下を撃ち抜き、グランドウェイブの一部をかき消した。

 そして蒼い炎が消えたその向こうには奴の姿。


『食らえ!』


 口を開き、最大火力で黒雷を撃とうとする。

 けれど、タイミングが少しだけ遅れた。流石にぶっつけ本番で津波の上を駆け抜け、ちょうどのタイミングで奴に奇襲をかけるのは難しすぎた。


 鏡合わせのように、奴が口を開いた。

 分かってしまった。奴の方が、少し早いと。


 だがそれでも、どんなシークレットスキルを撃たれても黒雷を放つつもりだった。

 例え自分の体がボロボロになろうとも、奴の知らない攻撃を放つと、決めていた。


 そんな俺の強い強い決意は。


『――!?』


 奴の口から放たれた攻撃によって、いとも容易く打ち砕かれた。

 攻撃が思ったよりも強大だったとか、そういうことではない。


 奴は本当に、俺と鏡合わせのようだった。

 口を開くタイミングも同じで、攻撃を放つタイミングもほぼ同じ。


 そして選択した攻撃も、同じだったのだから。


 俺しか使えない筈のシークレットスキル、黒雷を全身に浴び、俺の視界は回転、吹き飛ばされた。


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