第203話 いつも通りに終わる予感がした日
穏やかな日々はずっと続いていく。
回数から計算するに、俺達が深層ボスを倒してから一か月以上は過ぎたのではないだろうか。
今日は配信をする日だ。
「うーん……久しぶりにやるから、ちょっと手こずってるところあるなぁ……」
これまでは毎日のように配信していたが、最近では多くて一週間に一回程度。
少ないときは二週間空いたときもあった。
それだけ時間が空けば配信ドローンの操作方法を楽々と思い出せないのか、望月ちゃんは少し手こずっている様子だ。
(配信頻度の低下と内容の変化も相まって、来てくれる人の数もかなり減ったしなぁ)
最盛期には激流のように流れていたコメントも、最近では余裕をもって目で追える程度になっている。
それでも一般的な探索者配信に比べれば十分に多いが。
内容に関しても俺達がだらだらしたり、質問に答えているだけなので代わり映えしないというのも理由の一つだろうか。
「これで良しと。竜乃ちゃん、虎太郎君、じゃあ配信始めるね」
『ああ』
『おっけー』
俺が望月ちゃんの右、竜乃が左といういつもの立ち位置だ。
配信ドローンの光の色が変わり、配信がスタートしたようだ。
ドローンのコメント欄に、ぽつぽつとコメントが流れ始めた。
“久しぶり!”
“一週間ぶりの虎太郎の旦那と竜乃の姉御キター!”
“モッチー元気?”
“いえーい。虎太郎の旦那見てるー?”
“一週間に一回竜乃の姉御のぬくぬくの様子を見なければ、落ち着かない体質になってしまった”
これだけ長いこと配信をやっているとコメントをくれる人もある程度覚えられる。
むしろそういった人達こそが固定ファンとして配信を見続けてくれているようだ。
“そういえばモッチー! 天元の華が明日下層ボスに挑むみたいだけど知ってる?”
「はい、愛花さんから聞いていますよ。4人ともレベルは十分に上がっていますし、多数相手の技や魔法を覚えていたので、勝率は十分だと思います。
この勢いだと、次の東京Tier1攻略者は愛花さん達になりそうですね」
“モッチー達が色々と情報をくれたからやで”
“何事も最初にやってくれた人っていうのは偉大。それが身に染みてわかる”
“もしモッチー達の情報がなければ、クエスト全部終わった段階で深海に行ってたって愛花さん達も言ってたからなぁ”
“行った後は帰ってこれないから、マジで準備大事よね”
“結果としてモッチー達は探索者の命を救っているようなもんやで、ほんま”
「さ、流石に言い過ぎだと思いますけどね……」
あははと苦笑いする望月ちゃん。畏れ多いとは俺も感じるが、コメントの言うことも一理ある。
中層のボスは撤退が出来たが、下層のボスはそれが出来ない。
その情報があるかないかだけで、今後の探索者達の突破率は大きく変わってくるだろう。
他にもボスの情報など、あの戦いからもたらされた内容は、探索者界隈に役立っている。
それはきっと、これから先深層ボスに挑むことになる愛花さん達を始めとする探索者達にとってもだ。
“で、今日はどうするん?”
“そうそう、質問とかは前回である程度やりきったし、なんかあるん?”
“個人的にはモッチー達がゆっくりしているところを見るのでもええで!”
「そうなんですよねぇ……明日が愛花さん達の探索だったので今週はしないつもりでしたが、流石に二週間空けるのは勘弁してくれと言われたので配信したは良いものの……特に考えてません」
悩んだように腕を組んで目を瞑る望月ちゃん。
以前の環境なら一週間は一回の配信で話しきれないほどの出来事が起こっていたが、最近は穏やかな日々を過ごしているために、何もない。
“いやいや、逆に配信してくれない方が困るわ!”
“どうする?とりあえずゆっくりする?”
“あるいは世間話するとか?他愛ない話でもええで”
“つーか最悪配信さえつけてくれてれば虎太郎の旦那や竜乃の姉御と遊んでで全然構わない”
“そそ、その様子を見れるだけで十分よ”
“そういえば、今は茨城のダンジョンにいるんだよね?そこって虎太郎の旦那と出会った場所?”
「あ、そうですよ。ここの上層が初めて出会った場所ですね」
“マジか! そこ見たいかも!”
“見たい!”
“私も! お願いします!”
「え……でも本当に何もない場所ですよ?」
俺と望月ちゃんが初めて出会った場所は俺が行き倒れていた場所なので本当に何もない。
ただの道の真ん中だ。そんなところに行って楽しいのかと思ったのだが。
“聖地にするんでお願いします!”
“いつかTier2ダンジョンに行けるようになった時に、聖地巡礼するんだ”
“推しの出会いの場所が分かるって、最高やで!”
“頼むモッチー!行ってくれ!”
コメント欄では熱望ともいえるくらいの声が上がっていた。
皆が皆俺達の出会いの場所を知りたがっているようだ。
「じゃ、じゃあ行きますか。そこまで遠いわけでもないですし、モンスターも強くないので」
“よっしゃー!!”
“キター!”
“いえい!”
“あー、でも配信の画面だけは消した方が良いかも。誰かが会いに来ちゃうかもしれないし”
“Tier1ならともかくTier2だとなぁ……”
「そうですね。じゃあ配信の画面だけ切って、音だけ乗せて行きますね」
配信ドローンを操作して、立ち上がる望月ちゃん。
こうして俺達は、初めて出会った場所に向けて足を進め始めた。
×××
東京のとあるホテルの裏口。
厳重に警備された場所で、イヤホンを耳に着けて配信を見ている女性が一人。
彼女の前に専用車が止まり、運転席から神宮が出てきた。
神宮の姿を確認し、配信を見ていた氷堂はイヤホンを外す。
「お疲れ様です、氷堂さん。今日はオンライン講義の録画になります」
「肯定。今日もよろしく」
京都のTier1ダンジョンを攻略してからというもの、氷堂は日本中を行ったり来たり。
特に関西と関東の行き来は多かった。
関西はこれまで通りに毛利に頼み、関東は手が比較的空いていて、かつ面識のある神宮に頼んでいた。
神宮は今も望月関連ですることはあるが、余裕は少しだけあるので快諾している。
そして今日は、探索者向けのオンライン講義のビデオ撮影だ。
ちなみにテイマー用の撮影は少し前に望月が経験している。
ふと、神宮は氷堂が両手で持っていた大きな端末に気づいた。
そこには真っ黒な画面が映っているが、横にはコメントも流れている。
「望月さんの配信ですか?」
「肯定。見逃さずに見ている。とはいえ撮影中は見ないので安心して欲しい」
「流石にそんなことはしないと知っているので大丈夫ですよ。
ただ、会場入りまでは少し時間があるので……ゆっくり運転しますね」
「流石神宮。貴女は話が分かる」
ニッコリと微笑んで神宮が語り掛ければ、無表情ながら氷堂は二回頷いた。
雰囲気も分かりやすく穏やかで、彼女は後部座席へと入っていく。
きっと中で集中して配信を見るためだろう。
例え探索をしなくなっても、彼女の中での一番は望月なのだ。
それが、神宮は嬉しかった。
「さて、安全運転で行きますかね」
運転席に乗り込み、ハンドルを握る。
今日もいつもの日常を過ごして、いつも通りに終わる。そんな気がしていた。
神宮も氷堂も、望月も竜乃も、そして虎太郎も。