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第202話 穏やかな日々

「虎太郎君、いい天気だねー」


 茨城のTier2ダンジョン中層。そこで俺達は平原に横になっている。

 望月ちゃんは天気が良いと言っているが、ここはダンジョンなので天気の変化はない。


 俺達が探索者を引退してから、3週間くらいが経っただろうか。

 拠点としていた東京ではなく、望月ちゃんの実家である茨城県の方に場所を移していた。


 とはいえそれは活動場所ということではなく、本当にゆっくりとしているだけの場所だ。

 深層ボスを倒したあの日以来、俺達はダンジョンでこのようにゆったりとしている。


(生活が大きく変わったな……)


 平原に吹く風を感じながら、俺は目を瞑る。

 モンスターと激戦を繰り広げたあの日々が懐かしいくらいに、俺達は穏やかな日々を過ごしていた。


 ここはTier2ダンジョンの中層で、出現するモンスターのレベルは低すぎる。

 後衛である望月ちゃんですら何発も使える中級魔法で、一撃で倒せるくらいだ。


 外部からの脅威は全くないので、のびのびと過ごせている。


「あ、見て見て。心愛さんがインタビュー受けてる」


 差し出された端末の画面を、竜乃と一緒に覗き込む。

 そこには一対一でインタビューを受ける氷堂の姿があった。


 大きくて柔らかそうな椅子はやや高いのか、氷堂は少しだけ足を床から浮かせた状態。

 その容姿は整っていて人形のようであるが、いつもの無表情だ。


「このインタビュー、SNSで言われてたんだけど、心愛さんの事を初めて見る人もいて、怖いってコメントもあったんだ。うーん、私はそうは思わないんだけどなぁ……」


 そう言って様々な角度から端末を見る望月ちゃん。

 右に左に体を動かし、少し上体を逸らして遠くから見たりしている。


 ただ思うのだが、端末の液晶に対して見る角度を変えても、そこまで氷堂の見え方は変わらないのではないだろうか。

 望月ちゃんの言う通り、端末に映る氷堂はいつもの無表情だが、雰囲気は穏やかだ。


 長い付き合いがあると、今の彼女がどちらかと言うとインタビューを楽しみにしているように見えるのだが、初見の人からすると彼女に対する恐怖の方が先に来るのだろう。


(……今になって思うと、随分と難儀な体質というか……まあ本人はそこまで気にしていないみたいだしいいか)


 氷堂本人も今は望月ちゃんが居るので問題ないと言っていたので、大丈夫だろう。

 そう思って氷堂を映し出すカメラが切り替わったときに、俺はおや、と思った。


(あれ? 神宮さん?)


 氷堂に対してインタビューをしているのは神宮さんだった。

 彼女は関東支部の職員の筈だが、そうなると氷堂は今東京のスタジオに居るということだろうか。


「ふんふん……へー。あー……ふふふっ」


 氷堂と神宮さんのインタビューを見ながら、望月ちゃんは微笑む。

 インタビューは神宮さんが尋ねて氷堂が答えるという形式。


 それに対して氷堂はいつものように「肯定」「否定」での返答が主だ。

 時折補足説明をしているが、それも頻度はかなり少ない。


「心愛さん……緊張しているなぁ……」


 いつもよりも口数が少ないのは、彼女が緊張しているからだ。

 それを俺達はよく分かっているし、インタビューアーの神宮さんもある程度の付き合いがあるので分かっているが、コメント欄は氷堂を怖がるものもある。


 本当、損をする体質だなと感じてしまった。


「あ、そうなんだよね。愛花さん達、下層ボスに挑戦しているんだよね」


 インタビューの内容は東京の探索者パーティ「天元の華」へと移る。

 京都では氷堂が、東京では俺達が深層をクリアしたが、その後に続く探索者パーティで一番攻略が進んでいるのは、実は東京の方なのだ。


 愛花さん達は下層で受注できるクエストを全て完了させ、中ボスを倒せるだけ倒した。

 そして次に挑むのが下層ボスである「幻想の起源」。


 強大なボス撃破に向けて、俺達の配信を見直し続けているらしい。

 そんなことを言う神宮に対して、氷堂は一度頷いて口を開いた。


『肯定。彼らとは一度会ったが、全員がこれから先成長できる逸材だと感じた。

 下層ボスはもちろんの事、その先の深層ボスにも、時間をかければ届くと考えている』


『ありがたいお言葉です。関東の探索者の代わりにお礼申し上げます』


『否定。探索者に関東も関西もない。皆仲間』


 珍しく口数が多い氷堂と彼女が発した内容にコメント欄の流れが変わる。

 これまでは彼女を怖がっていたものが多かったが、今では好意的に見ているコメントが多めだ。


「流石心愛さん……本当、有名探索者のお手本って感じだね」


『……これ、自分が長文で話したことに気づいてちょっと照れてる?』


『竜乃も気づくようになったか。その通りだ』


『流石に長いこと一緒に居るとね。にしてもなるほどねぇ……雰囲気で読むのね』


 竜乃の言う通り氷堂の表情は一切変わらないものの、やや雰囲気は張り詰めていて、さらに足のつま先の動くスピードがやや速い。

 これは彼女が照れているときの様子だ。


 自分で説明していて、どんだけ細かいんだと思わなくもないが。

 ちなみに彼女がさらに照れた場合には顔を真っ赤にして顔を背ける。


 俺達も一度しか見たことはない。けどきっと望月ちゃんは何度か見てるはず。

 この二人、びっくりするほど仲良いし。お兄さん感動だよ。


「そう言えば、エルピスの皆も下層に到達したって。なんか皆がどんどん活躍してて凄いね」


『……そうなのか』


 俺が在籍していた時はTier1中層で詰まっていたエルピス。

 俺が抜けて、代わりに朝霧さんが入った今、ついにかつての場所を越えて新しい場所へと到達したようだ。


 朝霧さんは俺なんかよりもはるかに才能が有り、俺が脱退してからかなりの時間が経っている。

 こうなるのも当然なのだが、少し物寂しいというか、なんというか。


 まあそれでもエルピスが下層到達パーティの一つになったのは嬉しいことだ。

 下手したら天元の華の次の強さのパーティとかになるのではないだろうか。


(いつか、天元の華やエルピスや、他の探索者パーティがダンジョンを攻略して、俺達も追い抜いていくのかもな)


 かつて探索者だったころの俺が今こうして追い抜かれたように、今の俺達も、いつの日か。


(でも、それでもいいのかもしれないな)


 探索者だった頃には感じなかった感傷に浸る。

 あの時との違うのは、自分が行けるところまで来たからだろう。


 それに、そばで同じように立ち止まってくれた人が居るからだろう。


(あの時だって、須王や響に弱音を吐けばよかったんだよな。自分の実力に悩んで、誰にも打ち明けられなくて……馬鹿だな、俺は)


 風を感じて、俺は再び目を瞑る。

 あの時の自分の間違いに気づいて、けれど今はなにも間違っていないことを信じて。


 吹き付ける風は、とても気持ちがよかった。


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